迷い猫系年下男の甘い誘惑がとまらない

はなたろう

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1話 雪の日の拾い物

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「拾ってくれたら、お礼はたっぷり身体で返すよ」


雪の中にしゃがみこんでいた青年は、まるで迷子のネコみたいな潤んだ瞳で俺を見た。


可愛い顔をした悪魔の誘惑。
その声は、降りしきる雪の中でさえ、甘くクリアに響いた。


やがて、俺の静かな日常は、甘くて危険な“同居生活”に変わった。


まだ恋じゃないはずなのに、彼の笑顔を見るたび、理性という名の雪壁が、音もなく少しずつ溶けていく――。



◆◆◆



「じゃあね、圭人くん」


「ありがとうございました、お気をつけて」


最後の客を送り出し、俺は静かに夜空を見上げた。

ヒラリと雪が舞い降りる、寒い夜だった。


予報どおりの雪は、わずか30分足らずで積もりだした。ラジオでは、たった数cmの積雪で都心が混乱していることを伝えている。

しかし、それは雑然とした人の波やけたたましいクラクションの音で構成された混乱だ。
今、俺のいる場所は、その喧騒から切り離されていた。


「客なんて来ないよな」


カフェのBGMを止め、木製のドアに『CLOSED』の札を下げる。
カラン、とドアベルが鳴るのは、静かに一日の終わりを告げる合図だ。


駅から徒歩10分、繁華街のはずれにある小さな5階建てのビル。
通りに面した1階が俺のカフェ『POCHITTO《ポチット》』だ。
26歳の俺、圭人にとって、この店は唯一の城だった。


自宅は3階。
通勤時間は、階段を上がるだけのわずか30秒。


悪天候の首都圏の大混乱も、俺には無縁――そう、無縁のはずだった。


白い息を吐きながら空を見上げる。
ふわふわと舞う雪は、街灯の光を受けて銀色の粒のように見えた。
車の通りも、まるで深い雪に吸い込まれたかのように少ない。


俺の帰宅ルートである、ビルの裏手にある鉄格子の外階段。
屋根のないそこには、すでにうっすらと雪が積もっていた。
明日の朝は、雪かきをしないと階下に行けないだろう。


そんなことを考え、滑らないように慎重に、一段ずつ鉄の階段を上っていた、そのときだ。


「えっ!」


視線の先の、次の踊り場に、フードを深くかぶった人物がぐったりと雪に沈んでいた。
雪は容赦なくその細い肩に降り積もっている。


「ちょっと、大丈夫ですか!」


声をかけると、かすかなうめき声が返ってきた。
良かった、生きてる。
安堵と同時に、厄介なものに遭遇した焦燥が押し寄せる。


困ったな。酔っ払いか、あるいはどこかの店の関係者か?


しかし、ここを通らないと俺は家に帰れない。
守るべき日常のすぐそばに、異物が紛れ込んでいた。
そして何より、このまま雪の中に放置していたら、明日の朝には凍死した死体が転がっていることになりかねない。


「救急車、呼びましょうか?」


いや、それとも警察だろうか。


こんな雪の日に通報したら、おまわりさんも迷惑だろうが仕方ない。
緊急事態だ。
後ろポケットからスマホを取り出したそのとき、か細い声が響いた。


「誰も、呼ばないで……」


ハスキーでありながら、どこか甘さを含んだ声。


「え、でもこのままじゃ……」


華奢な体つきに一瞬「女か」と思ったが――、違う。
喉仏の気配で、男だと知る。
だが、その中性的な美しさに言葉を失った。


フードがずれ、ビルの隙間から差し込む月明かりに顔がさらされる。


……俺の息が、止まった。


濡れた白磁のように透き通る肌、粉雪が積もりそうなほど長いまつ毛、細い首筋から覗く鋭い鎖骨。

吐息で濡れた唇は、寒さに震えているはずなのに、妙に色っぽく艶めいていた。
まるで、熱を知っているかのように。


「お兄さん、少しだけ、手を貸してもらえます?」


白い指先が震えて宙を彷徨った。


その弱々しさに抗えず、俺が差し出した手を、彼はそっと握る。

ひやりとした感触が電撃のように、手から頭のてっぺんまで突き抜ける。その冷たさが、現実感を伴って俺の思考を凍らせた。


彼はふらりと立ち上がると、髪に積もった雪を払うように振るい落とす。

肩の辺りまで伸びた黒髪が、月光の下で濡れた光を反射した。


「ご迷惑ついでに……、お願いがあるんだけど」


顔を上げた青年の瞳は、薄いグレーだった。
雪よりも淡く澄んでいて、底が見えない。


どこかで見たことのある瞳の色――その視線。絡んだ瞬間、背筋にぞくりと、寒気と熱が同時に走る。


「行くところがないんだ。僕のこと、拾ってくれない?ちゃんと、お礼はするから」


雪の中に鳴る鈴の音のような言葉。冷たい外気とは裏腹に、その声は甘い毒のように感じた。

なぜか、どうしようもなく心臓が高鳴った。


助けるべきか?


いや。関わるべきじゃないだろう――俺の中の理性が、激しい警鐘を鳴らす。


このとき、すでに俺の心は完全に奪われていた。
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