紅の宝玉と二人の守護者

凍星

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第1章 焔の精霊

◆序章 燃え上がる夜

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大気が揺れている――
世界を震わせる大いなる力によって。

たけきもの、その焔の翼にて、総てを覆い尽くす”

古い伝承の詩では、それは吉凶入り乱れた物語として語られる。
焔から生まれるものが紡ぐ新たな詩が、どのような色彩を帯びるのかは誰にも分からなかった。

……これは、くれないの宝玉に眠る、翼ある精霊の物語。

そして、精霊を降ろす「受諾者レシピエント」と、
それを護る「守護者ガーディアン」との、運命の物語――……




***




「はっ、はあ、っ……」


息が切れる。
急にドッと疲れが襲ってきて、イリヤは膝をついた。
全身に鉛の鎧を纏った様に、身体が重い。

熱を孕んだ空気は、屈折水晶レンズのように世界の風景を歪ませていた。
さっきまで、視界の全てが昼間の様に明るく明快で、何処までも見渡せそうな全能感に満ちていたのに。

今は夜の闇の中だ。
自分の周りの、ごく僅かな空間しか見えない。

熱気に包まれて、額から吹き出した汗が顎を伝って落ちていく。いや、熱いのは自分を取り巻く世界じゃない。
自分自身の身体だ。
焔を噴き上げ燃えていたのは自分自身……
急に恐ろしく感じられて、思わず自らの肩を抱く。

消えかけている焔の障壁。
その熱源の輪の中心に――自分はいる。
取り囲むようにして燃え上がっていた焔の壁は、次第に勢いを失い、鎮まっていく……

……どうしてこんな事になっているんだっけ、と。
ぼうっとした頭で考えた。
この現象を起こしているのが自分だと、イリヤはまだ信じられずにいる。

ヒリヒリとした熱さは感じるが、衣服や身体が焼けた気配はない。揺らめいていた紅の焔は、内側にいる自分達には害を為さないらしい。

この熱の中にいるのは自分と、あともう二人。
自分を見詰めている人間が、二人いた。
ああ、そうだった。
僕はこの二人と共に、戦ったのだ……

夢や幻ではない証しが、この胸にある。
どくどくと脈打ち、未だに強い熱をもつ痣。
胸に刻まれた緋色の紋章、と。
そして首にかけた、紅の宝玉が輝く首飾り。
指で触れれば、しゃらりと繊細な細工が音を立てた。

この首飾りに宿る「焔の精霊」を、僕はこの身に降ろしたんだ――……



ドン!ヒュルル……パァン!



突然の音に、身体がビクリと強張った。
夜空に、大きな火花が散っている。
紅、碧、蒼……
彩り鮮やかな、光の華……

祭を祝う花火が上がったのだ。

何度も繰り返される発射音と破裂音。
生まれては消える光。
わあっと重なる人々の歓声。
祭りを、花火を見るために集まった人、人、人……

この高台からは全てが良く見渡せた。
暗い夜空を、美しく彩る華を背景にして。

「お前は、どちらを選ぶ――?」

不意に、そう問いかける声。
差し伸べられる手――

僕を間に挟んで立つ、二人。
光の明滅に浮かび上がる、対照的な容姿。
宵闇の中でも際立つ、凛々しい立ち姿。

漆黒の髪に青金石ラピスラズリの瞳。恵まれた体躯で武力に秀でていて、密かに憧れていた幼馴染と。
白金の髪に紫水晶アメジストの瞳。精霊そのもののように魔術を操る美しい皇子殿下……

僕は、二人のうちどちらかを……選ばなければならない。

それは、僕自身の未来だけではなく、この国の未来をも変えてしまうかもしれない――大きな意味を持つ、決断。

だけど。
僕の中には、もっと個人的で、どうしようもない感情が渦巻いていた。

国の未来よりも何よりも――

僕が手を取る相手は……公私共に僕のパートナーになるという事実。

彼らはそれを承知で好きな方を選べと言い、いま、こうして決断を迫られている。

「僕が――選ぶのは……」

宝石みたいな二人の瞳の輝きに、僕はごくりと息を呑む。

どちらをより好きか、なんて。
どちらを、自分の守護者ガーディアンにしたいか――だなんて。
そんな身の程知らずな、大それたことを――迫られるなんて。

僕にこんな運命が訪れることを、一体誰が予想しただろう?
本当に、今すぐ、答えを口にしなくちゃいけないのか……?

緊張と、祭りの熱気と。
それだけが理由じゃない、身体の火照り。
掌には汗が滲む。

夏の熱気と同じように、制御出来ない自分の体温が、どんどん上がっていく。
二人に見詰められて頬が熱くて、息苦しさで眩暈もする。

そう。
自分でも抑えられないんだ。
この想いは……

――ああ。
どうしたらいい?


思い返せば、あの日から、
全ては始まったんだっけ…………





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