16 / 29
第2章 受諾者と守護者
◆1 藍色の瞳がもたらすもの①
しおりを挟むラグナとの話が色々衝撃的だったせい……というか何というか。イリヤは危うく授業に遅刻しそうになってしまった。
後方の扉から慌てて教室に飛び込んだ時には、担当の教授が前から入ってくるのと同時という、危ういタイミング。
現れたのは民俗学のヨシノ教授だ。
銀髪まじりの長い黒髪を後ろでひとつにまとめた壮年の女性で、銀色の縁飾りがある黒い長衣を身に纏い、ゆったりとした仕草で教壇に立つ。
いつも静かな空気を漂わせている彼女から、厳しい視線を向けられた。
「イリヤ・ディアスレイ……いつも真面目な貴方が珍しく遅刻ギリギリね。気を付けなさい」
「はい……!すみません」
怒られてしまい、周りからクスクスと笑いが起きる。
けれど、教授の視線はふっと優しく緩んで、少しだけ微笑みを見せてくれた。前の授業を休んでしまったので、もしかして心配されていたのかもしれない。
イリヤはぺこりと頭を下げてから座席に向かった。
いつもは最前列に陣取るのだが、今日はそういう訳にもいかず、手前から奥へと緩やかな階段上になっている座席の最後列にそっと座る。
(……フィルはいつもの定位置にいるな)
一年生は全員お揃いの、紺色に金の縁取りが入った長衣を纏っている。同じ服装の後ろ姿がずらりと並ぶ中、フィルの姿を前方に見つけた。明るい色の癖っ毛なので、すぐに目に飛び込んでくる。
久しぶりの授業だった。
ユウリ・ヨシノ教授は厳しいけれど話がとても面白くて、イリヤはこの民俗学の講義が大好きだ。
アストライアに限らず、世界であまり知られていない少数民族の文化や風習を教えてくれる貴重な授業で、わくわくするし視野が広がって……とても為になる。
教科書をまとめていた革紐のベルトを解き、気合いを入れてノートを広げる。
(さてと、頑張って遅れを取り戻さなくちゃ!)
フィルほどではないが、イリヤも成績は上位の方だ。
両親のためにも、ここでしっかりと知識と技術を身に付けて、何処へ行っても生きていける力を習得しなくては。そういう覚悟で此処に来ているのだから、成績が悪くてはお話にならない。
勉強は好きだがフィルのように閃きが鋭い訳でもなく、自分の頭の良さは普通だとイリヤは思っている。だからいつも人より時間をかけて努力する。そうして何とか良い成績を保つ。
「真面目な努力は自分を裏切らない」
それがイリヤの座右の銘、だった。
だが今は、真面目なだけでは生きていけない場合もあるのだと……そんな苦い思いも感じるようになっている。
この国立学院に通おうと決めた理由――それは奨学金の制度があるのはここだけだったからだ。自分が生きていく術を得る為なら、皇室と関わりが深いこの学院だろうが何だろうが利用しなければ。
イリヤはそう思って聖セラフィムで学んでいる。
羽根ペンとインク瓶を取り出した。
イリヤはノートをとるのに昔ながらのこの道具を使うが、近頃は「硬質炭素ペン」が徐々に主流になりつつある。
硬くて細い炭の棒を薄い木の板で挟み、それをまた細く切り分けた最新の筆記道具だ。インクを使わないし、軽くて持ち運びに便利だと大人気らしい。
あれは特許を取っていて製作方法は極秘らしいが、多分大地の精霊の力で大きな炭素石の塊を作り上げ、それを最新の技術で細く切り分けて作っているのではないだろうか。
大きくて特別なものを作るのは精霊の力を借り、細かくて繊細な作業は、機械技術を操り人間がやる。
これも「精霊憑き」……スピリット・ガイドと呼ばれる人たちが活躍し始めたからこその発明品だった。
だが、イリヤは未だに羽根ペンの方が慣れていて好きだった。間違えてしまうと消すために専用の魔術道具が必要だし、不便なこともあるが、慣れてしまえばどうという事はない。
何より、書く人によって個性が出やすく綺麗に見える所が気に入っている。
そしてこの「字が綺麗」という特技で、生徒会の書記に推薦されたのだから、古めかしいこだわりも時には悪くないと思った。
「――では、授業を始める。今日は南方の騎馬民族、まつろわぬ民……征服されざる者と呼ばれたサイード族の歴史について話そうと思う」
サラサラと教授の言葉を書き取っていた手の動きが少し鈍る。
サイード族――確か、ラグナのお母さんはその一族出身だったはずだ。
……ついさっきまでの、2人だけの時間を思い出してしまう。
胸元に触れた指先。
その熱の温度。
自分を見詰める藍色の瞳……
一瞬、我を忘れてペン先が止まっていた。
インクが滲み、ノートにじわりと黒い染みを作っていく。
(あっ)
しまった。
ラグナの事を考えると勝手に心臓が跳ね上がって、気持ちが落ち着かない。
10
あなたにおすすめの小説
たとえ運命じゃなくても、僕は
mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。
たとえ運命から背を背けようとも」
音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。
努力家の先輩αと、
運命の番だと告げられた天才α。
運命か、愛情か――
選ぶのは、僕自身だ。
※直接的な描写はありません。
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい!
蘇鉄
BL
「俺は誰とも関わりたくないんだけどなあ、おかしいなあ?」
『回答。ユーザー様の行動が微妙に裏目に出ています。シミュレーション通りにならず当システムは困惑しております( ゚Д゚)』
平和な学生生活を手に入れるために生活サポートAIシュレディンガーと共に色々と先回りして行動していたらいつの間にか風紀委員やら生徒会やらに追い回される羽目になっていた物部戯藍。
街を牛耳る二大不良チームも加わる中、執着される理由がわからず困惑しつつも彼は平穏な生活の為に逃げ回る。
彼は愛も恋も信じない。それはとても不確かなものだから。バカバカしいまやかしだと決めつけて。
※ 不定期更新です
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。
キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。
あらすじ
「第二王子カイル、お前を廃嫡する」
傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。
絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。
「もう二度と、他人任せにはしない」
前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。
「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」
落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。
すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。
全8話。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
シリアスはほとんどないです
不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる