紅の宝玉と二人の守護者

凍星

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第2章 受諾者と守護者

◆1 藍色の瞳がもたらすもの①

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ラグナとの話が色々衝撃的だったせい……というか何というか。イリヤは危うく授業に遅刻しそうになってしまった。

後方の扉から慌てて教室に飛び込んだ時には、担当の教授が前から入ってくるのと同時という、危ういタイミング。
現れたのは民俗学のヨシノ教授だ。
銀髪まじりの長い黒髪を後ろでひとつにまとめた壮年の女性で、銀色の縁飾りがある黒い長衣ローブを身に纏い、ゆったりとした仕草で教壇に立つ。
いつも静かな空気を漂わせている彼女から、厳しい視線を向けられた。

「イリヤ・ディアスレイ……いつも真面目な貴方が珍しく遅刻ギリギリね。気を付けなさい」
「はい……!すみません」

怒られてしまい、周りからクスクスと笑いが起きる。
けれど、教授の視線はふっと優しく緩んで、少しだけ微笑みを見せてくれた。前の授業を休んでしまったので、もしかして心配されていたのかもしれない。
イリヤはぺこりと頭を下げてから座席に向かった。

いつもは最前列に陣取るのだが、今日はそういう訳にもいかず、手前から奥へと緩やかな階段上になっている座席の最後列にそっと座る。

(……フィルはいつもの定位置にいるな)

一年生は全員お揃いの、紺色に金の縁取りが入った長衣ローブを纏っている。同じ服装の後ろ姿がずらりと並ぶ中、フィルの姿を前方に見つけた。明るい色の癖っ毛なので、すぐに目に飛び込んでくる。

久しぶりの授業だった。
ユウリ・ヨシノ教授は厳しいけれど話がとても面白くて、イリヤはこの民俗学の講義が大好きだ。
アストライアに限らず、世界であまり知られていない少数民族の文化や風習を教えてくれる貴重な授業で、わくわくするし視野が広がって……とても為になる。
教科書をまとめていた革紐のベルトを解き、気合いを入れてノートを広げる。

(さてと、頑張って遅れを取り戻さなくちゃ!)

フィルほどではないが、イリヤも成績は上位の方だ。
両親のためにも、ここでしっかりと知識と技術を身に付けて、何処へ行っても生きていける力を習得しなくては。そういう覚悟で此処に来ているのだから、成績が悪くてはお話にならない。

勉強は好きだがフィルのように閃きが鋭い訳でもなく、自分の頭の良さは普通だとイリヤは思っている。だからいつも人より時間をかけて努力する。そうして何とか良い成績を保つ。

「真面目な努力は自分を裏切らない」

それがイリヤの座右の銘、だった。
だが今は、真面目なだけでは生きていけない場合もあるのだと……そんな苦い思いも感じるようになっている。

この国立学院に通おうと決めた理由――それは奨学金の制度があるのはここだけだったからだ。自分が生きていく術を得る為なら、皇室と関わりが深いこの学院だろうが何だろうが利用しなければ。
イリヤはそう思って聖セラフィムで学んでいる。

羽根ペンとインク瓶を取り出した。
イリヤはノートをとるのに昔ながらのこの道具を使うが、近頃は「硬質炭素ペン」が徐々に主流になりつつある。

硬くて細い炭の棒を薄い木の板で挟み、それをまた細く切り分けた最新の筆記道具だ。インクを使わないし、軽くて持ち運びに便利だと大人気らしい。
あれは特許を取っていて製作方法は極秘らしいが、多分大地の精霊の力で大きな炭素石の塊を作り上げ、それを最新の技術で細く切り分けて作っているのではないだろうか。

大きくて特別なものを作るのは精霊の力を借り、細かくて繊細な作業は、機械技術を操り人間がやる。
これも「精霊憑き」……スピリット・ガイドと呼ばれる人たちが活躍し始めたからこその発明品だった。

だが、イリヤは未だに羽根ペンの方が慣れていて好きだった。間違えてしまうと消すために専用の魔術道具が必要だし、不便なこともあるが、慣れてしまえばどうという事はない。
何より、書く人によって個性が出やすく綺麗に見える所が気に入っている。

そしてこの「字が綺麗」という特技で、生徒会の書記に推薦されたのだから、古めかしいこだわりも時には悪くないと思った。

「――では、授業を始める。今日は南方の騎馬民族、まつろわぬ民……征服されざる者と呼ばれたサイード族の歴史について話そうと思う」

サラサラと教授の言葉を書き取っていた手の動きが少し鈍る。
サイード族――確か、ラグナのお母さんはその一族出身だったはずだ。

……ついさっきまでの、2人だけの時間を思い出してしまう。
胸元に触れた指先。
その熱の温度。
自分を見詰める藍色の瞳……

一瞬、我を忘れてペン先が止まっていた。
インクが滲み、ノートにじわりと黒い染みを作っていく。

(あっ)

しまった。
ラグナの事を考えると勝手に心臓が跳ね上がって、気持ちが落ち着かない。


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