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第1章 恋するホストは苦悩する
◆6 心の檻に触れられる
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「俺はお前の、そういう気の強い所を気に入っているんだが――この店に来てからはずっと猫を被っている気がしてならない」
「猫……!?俺が?そんな演技ができるような性格だと思います?」
意外なことを言われて、声が大きくなってしまう。
「どうだかな。新宿にいた時とは別人みたいだと、聞いているぞ」
「――俺が直接話した以上のこと、誰かから聞いたんですね?」
以前にも言われて気になっていた。
オブリビオンに移った時に、前の店で揉めたことや、辞めた理由をちゃんと伝えている。その上で、高城さんは俺を入れることに拒否反応を示したスタッフを説得してくれた、と聞いてもいた。
だが、その頃の俺がどんな風だったかまでは、直接見ていないし知らない筈。
それなのに――
「悪いが、お前がいた店の内情くらい、俺は隣の家のことみたいに把握してる。この業界に長くいれば、新宿だろうと横浜だろうと関係なく、色んな人脈で繋がっているからな」
当たり前のように笑う。
俺は肩を竦めて苦笑するしかなかった。
高城さんの手にかかれば、他店のホストの月の売り上げまで、1円単位で分かってしまいそうだ。
「……怖い人だなぁ」
「だから、お前がここでは本気になれていないことくらい、分かっている。他人と揉めたくない……特に俺と揉めるのを避けたいと思っていたんだろう」
「それは――……」
ズバリと言い当てられた。
確かに――この人に嫌われたら、この業界では二度と働けなくなるだろうな、と思ったこともある。そんな感情が裏目にでて中途半端な仕事になってしまい、かえってこの人の怒りを煽っていると。薄々、気付いていながら。
「あなたは時々、俺に絡んでましたよね」
「俺は、そんな腑抜けた状態のお前が面白くないと思っていたし、ずっと腹が立っていた。だから、簡単に辞めさせるのも癪に障る。それが本音だ」
「皇、さん……」
「新宿の『メテオ』にいた頃の『連夜』は、群れからはぐれた一匹狼みたいだったんだろう?その時の牙はどうした?」
「ううっ……!それ、俺には黒歴史なんですって……」
痛い所を突かれて、思わず胸を押さえる。
ホストになりたてで、とにかく稼げればいいと思っていた頃。
実力だけが物を言う世界だろ?と嘯いて、先輩ホストの客だろうが何だろうが、水を向けられれば誰からの誘いも断らなかった。色恋営業も普通に仕掛けていた自分。
「早くこの世界で売れて、とにかく稼いで……不自由から解放されたかったんですよね……俺、世の中はなんて不公平なんだーってずっと腹を立てていて。ホストとして自分で自分の身体を売り物にする仕事なら、何をしようと自己責任だろって思ってましたから」
そう。シングルマザーの母親に捨てられて、俺は親戚の家を転々としたこともあるし、最終的には施設で育った。
だから、早く自立したくて――誰にも何も奪われない自由が欲しくて。居場所が欲しくて。
自分で自分の生き方を決められる暮らしが、一刻も早くしたかった。
「最低で……ほんっとにガキでした」
「……この世界の人間なら、多かれ少なかれ、似たような事情はある。それに『メテオ』の知り合いに訊いたら、揉め事の原因は客の方にもあったらしいじゃないか」
「はい――」
「もう過去のことだ。いつまでも引き摺るなんて、らしくないな」
「……確かにそうなんですけど」
はぁ、と溜息を吐いた。
「もっと貪欲で、負けず嫌いなお前の本性が俺は見たい」
「……っ」
顎を掬い上げられて、顔を覗き込まれる。
高城さんの言葉に、胸の奥の傷痕が騒めいた……
絶対トップになってやる、とか。誰にも負けたくないとか、がむしゃらな情熱しか持ち合わせていなかった頃の気持ち。馬鹿だったけど、一日一日の密度は濃く、毎日必死に生きていた。
上の人間には盾突きながらも、横の繋がりは大事にしていたつもりだった。それなのに、信じていた同僚に裏切られて、先輩の客を寝取ったと濡れ衣を着せられた過去。
新宿にいたくなくて、夜の街を彷徨って――気付いたら何故か横浜で、朝を迎えていた。何処にも居場所がないように感じていたその時に、あてもなく歩いた夜明けの運河沿いで、たった1軒。
朝早くからやっているカフェがあった。
――そうして泉水さんに出逢ったのだ。
どんな相手だろうと、店に来てくれるお客には出来うる限りのもてなしをしたいという気持ち。そんな純粋な接客に触れて、ひび割れ、乾ききった心に一滴の清水を落とされたような瞬間の記憶……
暗く重たい濃紺の空を薄紅色に染めていく朝陽と共に、俺の心を奪った笑顔。
あの時以来、俺は。
以前の自分に戻ってしまうことを、何より恐れているのかもしれない。
隠したい気持ち。醜い感情。泉水さんに相応しくないネガティブな自分。
折り合いをつけ飼い慣らし、秘密の小部屋に閉じ込めた獰猛な獣。
この人は、その閉じた扉に容赦なくナイフを突き立ててくる――
「皇さん……」
「猫……!?俺が?そんな演技ができるような性格だと思います?」
意外なことを言われて、声が大きくなってしまう。
「どうだかな。新宿にいた時とは別人みたいだと、聞いているぞ」
「――俺が直接話した以上のこと、誰かから聞いたんですね?」
以前にも言われて気になっていた。
オブリビオンに移った時に、前の店で揉めたことや、辞めた理由をちゃんと伝えている。その上で、高城さんは俺を入れることに拒否反応を示したスタッフを説得してくれた、と聞いてもいた。
だが、その頃の俺がどんな風だったかまでは、直接見ていないし知らない筈。
それなのに――
「悪いが、お前がいた店の内情くらい、俺は隣の家のことみたいに把握してる。この業界に長くいれば、新宿だろうと横浜だろうと関係なく、色んな人脈で繋がっているからな」
当たり前のように笑う。
俺は肩を竦めて苦笑するしかなかった。
高城さんの手にかかれば、他店のホストの月の売り上げまで、1円単位で分かってしまいそうだ。
「……怖い人だなぁ」
「だから、お前がここでは本気になれていないことくらい、分かっている。他人と揉めたくない……特に俺と揉めるのを避けたいと思っていたんだろう」
「それは――……」
ズバリと言い当てられた。
確かに――この人に嫌われたら、この業界では二度と働けなくなるだろうな、と思ったこともある。そんな感情が裏目にでて中途半端な仕事になってしまい、かえってこの人の怒りを煽っていると。薄々、気付いていながら。
「あなたは時々、俺に絡んでましたよね」
「俺は、そんな腑抜けた状態のお前が面白くないと思っていたし、ずっと腹が立っていた。だから、簡単に辞めさせるのも癪に障る。それが本音だ」
「皇、さん……」
「新宿の『メテオ』にいた頃の『連夜』は、群れからはぐれた一匹狼みたいだったんだろう?その時の牙はどうした?」
「ううっ……!それ、俺には黒歴史なんですって……」
痛い所を突かれて、思わず胸を押さえる。
ホストになりたてで、とにかく稼げればいいと思っていた頃。
実力だけが物を言う世界だろ?と嘯いて、先輩ホストの客だろうが何だろうが、水を向けられれば誰からの誘いも断らなかった。色恋営業も普通に仕掛けていた自分。
「早くこの世界で売れて、とにかく稼いで……不自由から解放されたかったんですよね……俺、世の中はなんて不公平なんだーってずっと腹を立てていて。ホストとして自分で自分の身体を売り物にする仕事なら、何をしようと自己責任だろって思ってましたから」
そう。シングルマザーの母親に捨てられて、俺は親戚の家を転々としたこともあるし、最終的には施設で育った。
だから、早く自立したくて――誰にも何も奪われない自由が欲しくて。居場所が欲しくて。
自分で自分の生き方を決められる暮らしが、一刻も早くしたかった。
「最低で……ほんっとにガキでした」
「……この世界の人間なら、多かれ少なかれ、似たような事情はある。それに『メテオ』の知り合いに訊いたら、揉め事の原因は客の方にもあったらしいじゃないか」
「はい――」
「もう過去のことだ。いつまでも引き摺るなんて、らしくないな」
「……確かにそうなんですけど」
はぁ、と溜息を吐いた。
「もっと貪欲で、負けず嫌いなお前の本性が俺は見たい」
「……っ」
顎を掬い上げられて、顔を覗き込まれる。
高城さんの言葉に、胸の奥の傷痕が騒めいた……
絶対トップになってやる、とか。誰にも負けたくないとか、がむしゃらな情熱しか持ち合わせていなかった頃の気持ち。馬鹿だったけど、一日一日の密度は濃く、毎日必死に生きていた。
上の人間には盾突きながらも、横の繋がりは大事にしていたつもりだった。それなのに、信じていた同僚に裏切られて、先輩の客を寝取ったと濡れ衣を着せられた過去。
新宿にいたくなくて、夜の街を彷徨って――気付いたら何故か横浜で、朝を迎えていた。何処にも居場所がないように感じていたその時に、あてもなく歩いた夜明けの運河沿いで、たった1軒。
朝早くからやっているカフェがあった。
――そうして泉水さんに出逢ったのだ。
どんな相手だろうと、店に来てくれるお客には出来うる限りのもてなしをしたいという気持ち。そんな純粋な接客に触れて、ひび割れ、乾ききった心に一滴の清水を落とされたような瞬間の記憶……
暗く重たい濃紺の空を薄紅色に染めていく朝陽と共に、俺の心を奪った笑顔。
あの時以来、俺は。
以前の自分に戻ってしまうことを、何より恐れているのかもしれない。
隠したい気持ち。醜い感情。泉水さんに相応しくないネガティブな自分。
折り合いをつけ飼い慣らし、秘密の小部屋に閉じ込めた獰猛な獣。
この人は、その閉じた扉に容赦なくナイフを突き立ててくる――
「皇さん……」
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