倶(とも)に纏(まと)いし、纏われし ―〔新たなる一歩〕―

緋村 真実

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第二幕 ―― 超越再臨

2-6

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 扉が開き、暗がりの奥からゼナが現れる。ゆっくりと自信に溢れた歩調と、隠すつもりの無い大きな倶纏の気配をその身に纏いながら。

「これは重畳な事。しっかりと、十分な実力を発揮してくれたまえ。某の力に、少しは耐え奮闘してもらわねばならぬからな。でなければ、理事長や依夜様、それに某の弟子たち、そしてこの試合を観ている者たちは満足せん。某の闘いをしっかりと示さなければ充分な修行にはならぬからな。その為には、貴君が少しでも多くの時間抗ってくれなければ話にならぬ!!」

 柔軟をしている詞御の姿を見て、奴がどう捉えるのかと思っていたら、何とも自信たっぷり、言われてしまった。質実剛健な性格の裏に隠れている不遜さが滲み出ている事に、詞御は気付く。充分な対策を取ってきた証左だと感じ取った。

「貴君と違って、某の方はもう準備万端。貴君が万全の状態になるまで待ってやる。でないと、周囲は満足せんからな。某は慈悲深い、貴君の準備が終わるまで開始時間を延ばしても良いのだぞ?」

〔今朝の目覚めた時の私でしたら、もうこれ以上関わりあうのすら嫌になる所。しかし、今は違います。毛ほどの隙も私にはありません。詞御、いつ始めても構いません!〕
〔(変に焚き付けてしまったかな……。妙な方向にスイッチ入ってないか?)早く始める事には問題ないのだが……いえ、始めさせていただきます〕

 セフィアから無言の圧力が強まったのを察し、詞御は口調を改めた。

〔そうです、ついでに〝この条件〟をあいつと理事長に提案してください。後で、勝敗に難癖付けられても困りますから〕

 難癖付けられなくする、という事自体は良い考えだと思う。けれど、セフィアの提案を聞いて、詞御は心の中でげんなりしてしまった。やはり心根では嫌っているのか、と。
 セフィアが提案しているのは、要は徹底的に叩きのめすという事に他ならない。そして、間違いなくゼナが怒るだろう、という事も分かってしまうから。

「始めるにあたって、こちらから一つ提案したい事があります。いいですか? 理事長、そしてゼナ先輩」
「高天さん?」
「何だ? 貴君からの提案とは珍しい。訊くのもまた強者の務め。言ってみろ」

 二人の異なる視線を浴びる中、詞御はセフィアに提案された事を言う。

「勝敗の取り決めは試験準拠と聞きましたが、壁や天井への接触、いわゆる〝場外〟という物を外して欲しい。場外負けで勝負が決まるのは興ざめすることこの上ないだろうから。それと、さっきの開始時間うんぬんだけど、こちらも準備は終わっているから何時でも始めてもらって構わない。もっとも、ゼナ〝先輩〟。貴方に受け入れる勇気と覚悟があれば、の話になりますが。それと、理事長が許可して頂けるか、もですね。検討願います」

 詞御の言葉に、ゼナ、そして理事長は半ば絶句の表情を作る。
 どちらにとっても意外な言葉だったのは表情から見ても想像がついた。それぞれの感情の違いはあれども。

「片方の意見ばかり取り入れては不公平になりますね。ここは詞御さんの意見も入れるべきです、理事長。そして、貴方も宜しいですね?」

 娘の思いもかけない言葉に、最初は真意を測りかねていた理事長だが、依夜の目が真剣だった事もあってか、少しの逡巡の後、許可をしてくれた。

〔皇女様に感謝ですね。今となっては、朝に話せた事は良かったです〕

 ちらっと、依夜に視線を向けると、片目を瞑られた。これで良いですか? と。
 詞御も一瞬だけ笑みを返す。これで十分に彼女に伝わったはずだ。
 後は、ゼナの言葉を待つだけ。今度はしっかりと視線を向けると、ばっちりと目が合う。

 ゼナの眼は、まるで視線だけで射殺さんとばかりの眼光を放っていた。
 尤も、それは正面に立った詞御にだけ分かる事。周囲から見れば気を引き締めたくらいにしか取られない。事実、傍目にはキリッとした視線は彼の弟子には好意的に映ったらしい。観客席からゼナには感嘆の、詞御には侮蔑の視線が注がれる。その視線には詞御が覚えがあった。ゼナの取り巻きの十勇士のものだ。序列の順番までは分からないが、あながちゼナの実力は〝ある意味〟では、本物なのだろ。等と詞御が思案していると、

「そこまでの決着が望みなら良いだろう! 受けてやる! だが、それは貴君の驕りに過ぎない! 【】は、【】は貴君が思っているほど甘い場所や地位ではないと知れ!!」

 ゼナの言葉に会場内の雰囲気が沸き立つ。
 言葉こそ丁寧だが、言葉に込められた感情は怒りだと詞御の直感は訴えている。ゼナからしてみればプライドを傷つけられた形だ。怒らない訳がない。

「それは、試合が終わった時に分かるだろうさ」
「その戯言を吐く口が、いつまで保つのか存分に試させて貰おう……!」

 今にも噛み付きそうな顔をしているゼナを見ながら、詞御はきっぱりと言い放った。

「良いでしょう。双方、合意とみなします。他は試験準拠という事で良いですね? では、私たちが所定の場所に移動するまで、両名はその場で待機していてください」

 詞御とゼナが頷くのを確認すると、理事長は依夜と護衛を連れて闘技場から出て行く。そして、その場に残ったのは、当事者たる詞御たちのみ。
 理事長が去ってから、まだ始まってもいないのに、ゼナの殺気は迸るように詞御に向かって放たれていた。

〔これで威圧のつもりなのでしょうか? 昨日の編入試験で、威圧の〝意〟すら放ってなかった皇女様よりも格段に劣ります。いや、微風にも負けますね、彼の殺気は〕
〔そこまでだ。心では思ってなくても、言葉にすれば油断に繋がる。多分じゃなく、絶対に自分を殺すつもりで掛かってくる。〝浄化屋〟として敵と対峙していると思え〕

 分かってます、と言ったきりセフィアは黙る。これ以上、ゼナの事で互いに話す事はない、と詞御とセフィア、双方が理解しているから。
 今の詞御たちは、浄化屋として凶悪犯に対峙している時の空気をその身に纏っていた。
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