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第四幕 ―― 裂帛激闘

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「一体、何を!?」

 依夜が叫ぶ。それがトリガーとなったかのようにエアナートは幾つもの〝パーツ〟に分解し、レコテルンを覆うように、頭に、肩に、腕に、胴体に、腰に、脚に装着されていく。

『こ、これは、融合?』

 実況者が叫ぶのが詞御たちの耳に否が応にも届く。実況者の声は、詞御の昂輝刃を見たとき以上の声だった。

『これが、このパートナーの意味よ』

 国王の静かな宣言が、詞御たちに重くのしかかる。瞬く間に融合は完了し、甲冑を着たレコテルンがその場に佇んでいた。

〔噂では聞いたことがあります。血縁者同士で、尚且つ波長が合う者同士がそれぞれの倶纏を融合させて、一つにできると。まさか、実際眼にするとは思いませんでした。ある意味では私たちの上位・甲型よりも希少種です。実況者が驚かれるのも無理はありません〕
〔あの時から持っていたのか、この国にきて発露したのか分からないが、確かに厄介だな。階位も大分上がったな。同等以上か?〕

「さあ、続きと行こうじゃないか」
「いきます」

 リインベル兄妹、二人の声が重なる。甲冑をその身に纏ったレコテルンが猛スピードで突っ込んでくる。

「二人で操っているのか?」
「言っただろう、〝兄妹なら話は別〟だと。俺のダメージも大分緩和されているぞ」

 詞御の疑問に、セブラルは答える。瞬く間に、レコテルンと詞御たちの間合いが埋まる。

〔挟撃するぞ、依夜!〕
〔は、はい!〕

 融合したレコテルンが突っ込んでくる寸前、詞御たちと依夜たちは別方向に別れる。片や、詞御は跳び上がり高密度の昂輝と消滅波が籠められた昂輝刃で。片や、ルアーハは右腕を戦斧に変態させ莫大な雷の力を上乗せさせて、レコテルンを挟み撃ちするように両脇から攻撃を仕掛けた。だが――

「無駄だ。フィアナ!」
「はい、お兄様!」

 ――レコテルンの甲冑が変態する。左腕に重力を纏わせた盾を。右手にも重力を纏わせたハンマーを出現させて詞御たちの攻撃を受けきった!

『これは凄い! 両者の攻撃を受け止めたリインベル兄妹選手の融合倶纏は凄まじい物があります! 特に倶纏使いとしては上位の力と同等の力を持つ詞御選手の昂輝刃を受け止めているあの重力を纏わせた盾は凄まじい!!』

 実況者の大きな声が、闘技場内に反響する。

(ここまで力が上がる物なのか!?)

 詞御は内心驚いていた。と同時に、少し感嘆する。まさかこれを受け止められる者がいようとは思ってもいなかったからだ。闘いを少しばかり楽しい、と思ってしまうくらいに。詞御はすぐさま着地をすると、レコテルンと距離をとった。ルアーハもすぐさま離脱し、距離をとる。

〔詞御さん、どうします? このままでは〕

 依夜のある意味不安がっている声が聞こえてくる。依夜の言いたいことは詞御には分かっている。このままではこちらが圧倒的に不利だ。闘いが長引けば、こちらの敗北は濃厚になる。
 どうにかして一気に勝負を決めなければいけない状況だった。

〔依夜、ルアーハ。少しだけで良い、時間を稼げるか?〕
〔どうする気じゃ? 何か策でもあるというのか?〕
〔ああ、試したいことがある。けど、この技は発動までに時間が掛かる。その瞬間は、自分たちは無防備になってしまう〕
〔まだ、更にあるというのですか? ……分かりました。詞御さんたちを信じます。ルアーハ、行きますよ!〕
〔しょうがないのう。信じておるぞ、高天殿、セフィア殿〕

 片腕だけでなく、両腕を斧に変態させ、かつ全身に莫大な雷と深紅の昂輝を纏ったルアーハがレコテルンに突っ込んでいく。その姿を視界に入れながら、詞御は昂輝刃を発生させている柄から左手を離す。そして、昂輝刃を発生させたまま左腰に持っていき鞘に〝納刀〟すると、精神の集中に入る。昂輝刃の威力は保ったまま、左手を鞘に添える。

〔セフィア、いくぞ。辛いと思うが――〕
〔――大丈夫です詞御。貴方を信じていますから〕

 詞御の全身を纏っている白銀の昂輝が最低限の輝きを残し、昂輝刃に集中する。あわせて、刀身に添えていた左手は、まるで何かを押さえつけるかのようにきつく握る。柄頭にある虹色の宝玉がこれまでにないくらい光り輝く!

〔依夜、ルアーハ、待たせたな。離れてくれ!!〕
〔し、詞御さん、そのお構えは――〕
〔――後で話す。それよりもよく保ってくれた。後は任せろ!〕

 詞御の言葉を受けてルアーハがレコテルンから飛び離れる。

「詞御、貴様、まさかその構えは? そして、その〝力〟の高まりは何だ!?」

 セブラルが、まるで信じられない物を見たかのように叫ぶ。

〔奴に動揺が見られます。仕掛けるならいまです!!〕

 セフィアの意思を受けて、詞御は駆け出す。こちらを呆然と見ているリインベル兄妹の融合倶纏――レコテルンに向かって。
 普段のリインベル兄妹なら何らかの対処が出来たかもしれない。だが、セブラルの一瞬の迷いが、その可能性を消した。そして、その好機を逃す詞御たちではない。

 神速で間合いを埋めた詞御は、攻撃の瞬間、左足を地面に踏み込ませ、左手をまるで引き絞った弓を放つように鞘から離し右手一本での抜刀術に移行する。抜き放つ瞬間、力が解放される。昂輝刃には、納刀する前とは比べ物にならないくらいの数十倍に圧縮された昂輝と消滅の力が込められ、刀身には光り輝く幾何学模様が浮かび上がっている!

 その技の名は――!!
 
 ――高天防人流、剣術・奥義! 九天崩壊エクステンス・ブレイクっ!!
 
 咄嗟に我に返ったリインベル兄妹は、レコルテンで今出来る高密度の重力と昂輝を纏った盾を積層に正面に展開させる。だが、それは紙の如く脆くも消滅。右切り上げで抜刀された昂輝刃は銀色の軌跡を伴って、リインベル兄妹の融合倶纏――レコテルンを襲う!

 分厚い剣閃がレコルテンの纏っている甲冑を破壊し、内側にある本体に刻まれる。そして、その衝撃は巨大なレコルテンを頭上高く弾き飛ばした! 結果、空中高くに設置されているフィールドの天井にレコルテンは激突!! そのまま、自由落下して、ズズンと闘技場に激突してピクリとも動かない。会場が短くは無い時間、静けさに覆われる。

 この会場に居る者の誰もが、何が起こったのかわからない、という様相だった。静寂を打ち破ったのは、いち早く我に返った戦況を解説していた実況者の叫びに近い声だった。

『つ、ついに決着ーーっ! 激闘に次ぐ激闘!! 何と言う幕引き!! 〝闘いの儀〟を制したのは、倶纏東養成機関!! 特に高天選手の最後の一撃は見事としか言いようがありません!!』

 最初はまばらだった拍手がだんだん大きくなっていく。

『よくやりました! 依夜、高天さん!』
『リインベル兄妹もよく奮戦した。誇ってよいぞ』

 実況者と女王と国王の言葉に、会場が沸き立つ。鳴り止まぬ拍手や声援、口笛など様々な音が会場全体を包み込む。
 それを聞いて、詞御は力を解く。右手に持っていた刀身は消え、柄だけが残っていた。

 レコテルンも甲冑ごと姿を消し、そこにはフィアナに肩を担がれたセブラル、リインベル兄妹の姿があった。どうやら、ダメージは全部セブラルが受けおったのが彼らの状態から見て取れた。妹のフィアナにはまったくダメージらしきものがなかったからだ。

「……まったくあんな奥の手を隠していたとはな、素直に参ったよ。しょうがない、後七年半待つよ。一族のみんなも納得してくれるだろうよ」
「凄かったです、詞御様。わたくしも参りました。詞御様に出会わなければ、あの不毛の地で一生を過ごさなければいけなかったことを考えれば現状でも満足です。七年半待つ事になんら不自由はありません」

 兄妹にそう言われて、少し照れくさがっていた詞御の元に、依夜が駆け寄ってくる。その右肩には小型サイズのルアーハが乗っていた。

「詞御さん、凄かったです! まさかあんな力と技を持っていたなんて!!」
「依夜たちが時間を稼いでくれなきゃ出来なかったさ。まだ物にしてないんだよ、発動までに時間がかかるんだ」

 この〝刀〟の秘密は門外不出と言われているから依夜たちにも真実は言えないが、実はこの〝鞘〟も〝柄〟と併せて一つの武具なのだ。〝鞘〟の特性は『持ち主の昂輝と倶纏の特性の貯蔵』と『貯蔵したものを昂輝刃に上乗せ威力を増すこと』。何もしなくても持っているだけも自動的に貯蔵されていく。

 また、意図的に注ぎ込む事でその量を増やす事も出来ると言う。そして、その貯蔵量には限界が無い。ただ、一定の量を超えてしまうと、使い手に反動が来るという物騒な代物。だから、詞御は、どの程度の量を解き放てばいいのかを調整していたのだ。発動まで時間が掛かったのはそのせいだ。

「それでも、凄いです!」

 しきりにほめてくる依夜に苦笑しながらも、もう一体の立役者にも礼を言う。

「ルアーハも良く凌いでくれた。ありがとう」
「それは、こちらの台詞じゃて。まっこと、凄い物を見せてもらったからのう。儂らも、もっと鍛錬を積まねばな、依夜」
「はい、ルアーハ。頑張りましょう」

 こうして、東西養成機関名物、〝闘いの儀レクシオンン〟は無事に終わった。
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