テイル・オブ・テール

ハシバ柾

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第二話 ナヴァドゥルール物語

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 おしおき小屋の中は、暗く、湿っぽい。日が暮れたばかりで、ゆるんだ扉の隙間から差し込んでくる外光にも、まだ日暮れの気配が残っている。

 キーリは、小屋の隅でひざを抱えて、自分のしっぽをいじっていた。お気に入りのかぎしっぽは、キーリ自身と同じように、元気をなくして、しゅんとしている。

 小屋の中には、がらくたが詰まった木箱がいくつも置いてある。他の子どもたちよりも多くの時間をこの小屋で過ごしてきたキーリは、木箱の中身をおおかた知っていた。入っているのは、木切れや、壊れたカンテラの一部、かびた毛布などの、行くあてのない不用品ばかりだ。ときどき、この集落で使っているのとは異なる文字で書かれた本が出てくることもあったが、キーリは、そういった本もすべて読みつくしてしまっていた。

 狭くて退屈な小屋の中で、キーリをなぐさめてくれるものといえば、自身のしっぽくらいのものだった。しっぽの毛づくろいをしながら、キーリは、もう何度目かもわからないため息をついた。

 白犬に〈名付け〉の力を使った罰として、キーリは、一晩中おしおき小屋で反省しているよう言い渡された。もちろん、夕食も抜きだ。

 昼に出会った旅芸人は、集落の皆が集まって客人をむかえる、特別な夕食の席で芸を披露したことだろう。おきてをやぶったキーリには、彼の芸を見ることも許されなかった。他の子どもたちは、夕食を食べながら、あの旅芸人の芸を楽しんだに違いない。そのことが、キーリをいっそうみじめにさせた。

 白犬に〈名付け〉の力を使ってしまったのは、どうにもならない事情のためだ。それなのに、どうしてぼくだけ、こんな目にあわなければいけないんだろう? 考えれば考えるほどにくやしさがこみあげてきて、キーリは泣きたくなった。〈名付け〉の力を使わなければ、大事なしっぽをかじられていたかもしれないのだ。他にどんな手があっただろう。

 キーリは、気持ちを落ち着けようと、何度も自分のしっぽをなでる。けれども、しゅんとしたしっぽの相手をすることで、さらに情けない気持ちになることに気がついて、なにもかもいやになってしまった。
 そんなとき、ふと、おしおき小屋の扉がノックされた。

「キーリ? いるかい?」

 扉の向こうから聞こえてきたのは、あの旅芸人の声だった。
 キーリが返事をすると、閂をはずす音がして、扉が開く。やわらかな夜の外光とともに、大きな影が、板張りの床に落ちてきた。
 キーリは、あわててしっぽから手をはなした。自分のしっぽをつかむなんて、幼い子どもがすることだった。とはいえ、暗いところにいたり、いやなことを考えているときは、不安でしっぽをさわりたくなるものだ。

「こんばんは、しっぽのすてきな君。お腹は空いているかい? ちょっとした差し入れを持ってきたんだが。ああ、しっぽはつかんだままでいいよ。気にしないから」

 男はそう言って微笑んでから、そっと小屋の中に身をすべらせる。彼は、その言葉通り、〈しっぽ人〉の主食である芋をすりつぶして薄く焼いたものに、豚肉と野菜を包んで甘ずっぱいソースをかけた、タファパという料理をたずさえていた。貴重な豚をつぶしたとき、すなわち、集落にとって重要な客人が訪れたときなどの、特別な日にしか食べられないごちそうだ。

 キーリは、旅芸人の言葉に甘えて、しっぽを拾い上げた。子どもっぽい行動だとわかってはいても、自分のしっぽをさわっていると落ち着くのだった。

「そういえば、名乗っていなかったね。私はユエン。バードと言って伝わるかな。しがない、旅の歌うたいさ。お近づきのしるしに、夕飯……は抜きなんだったか。それじゃあ、遅めのおやつということにでもしておこうかな。どうぞ、召し上がれ」

 バードの男――ユエンは、人好きのする笑みとともに、手土産のタファパを差し出した。
 言いつけを守らずに、こっそり夕飯を食べてしまったことがばれたら、さらに叱られてしまうかもしれない。キーリは一瞬迷ったが、結局、ユエンの好意に甘えることにした。ユエンなら、キーリが言いつけを守らなかったことを告げ口したりしないだろうし、何より、食事を目の前にして、キーリの腹の虫が鳴いたのだ。

「うそをつくのはいけないことだけど……。もらっちゃおうかな。ありがとう、ユエン」

「外から人間がやってくるのはめずらしいだろう? そんな日に、こんな場所ですごさなくてはならないのだから、せめて、おいしいものくらいは食べないとね。なに、言いつけを守らなかったと叱られそうになったら、私がどうにかしよう。気に病むことはないさ」

 ユエンはそう言って、キーリにタファパを手渡す。すっかり腹ぺこだったキーリは、タファパを受け取るなり、思いきりかぶりついた。甘ずっぱいソースの絡んだ肉のうまみと、野菜の歯ごたえ、それらを包み込む、すり芋の薄焼きのもちもちとした食感。キーリは、久々のごちそうの味に、うっとりした。

 一方、キーリに食事を手渡したユエンは、背負っていた大きな包みを下ろし、中にあった楽器を取り出した。鶏の卵を縦に半分にしたような胴体の上部に、短いネックがのびている。ネックの先、かくんと折れたヘッドが印象的だ。リュートの一種のようだが、キーリが知っているリュートとは、どこか雰囲気が違っている。
 楽器をじっと見つめているキーリに気がついたのか、ユエンが説明してくれた。

「古いリュートでね。弦は11本、ボディはほんの少しだけ縦に短いんだ。弾いてもかまわないかな?」

 タファパを口いっぱいに頬張ったキーリがうなずくと、ユエンはリュートを抱え上げる。少し間を置いて、キーリの気持ちがリュートの方に引き寄せられたのをたしかめてから、彼は弦に指をそえた。

 リュートの音色は、はででないが、独特な存在感を持っていた。その音色が、ユエンの指の動きに合わせて、転がるように行き来するトーンに乗り、キーリのそばを飛び回る。
 明るく弾むリュートの音は、手を伸ばせばつかまえられそうなほど、はっきりとした形を持っているように思われた。キーリは、リュートの奏でるメロディーに包まれて、ゆったりとしっぽを動かした。

 そうして、ユエンが一曲弾き終えたころには、ささくれ立っていたキーリの気持ちも、すっかりおだやかになっていた。ちょうどタファパを食べきったキーリは、ソースのついた指を舐めながら、ユエンに向かって問いかける。

「ユエンはどこからきたの? 旅芸人なんだから、いろんなところを旅したりしたんでしょう? いいなあ」

「なに、それほどいいものでもないさ。おもしろいものももちろんあるけれど、それと同じだけ、おそろしいものもたくさんあるのだから。とくに、君のようなおちびさんには厳しいだろう」

 ユエンのからかうような言い方に、キーリはむっとしてしまった。
 ユエンが知っているかどうかはわからないが、〈しっぽ人〉の子どもは、人間の子どもよりも長い間、母親のお腹の中にいる。時間をかけて、よりじょうぶな体をつくってから、生まれてくるのだ。そのため、生まれてくる数こそ少ないものの、子どもだから貧弱だということはなかった。
 〈しっぽ人〉、とくに子どもの体はたしかに小さいが、そのぶん俊敏で、じょうぶだ。病気ひとつしたことがないキーリもまた、自分の頑丈さには自信があった。キーリは、挑みかかるような調子で、ユエンに尋ねる。

「恐ろしいもの? たとえば、どんな?」

「人間」

 キーリは頬を膨らませた。それならなおさら、負ける気はしない。人間には、速い足も、するどい牙もない。何より、言葉が通じるのだから、話をすればわかりあえるはずだ。
 リュートを包み直しながら、ユエンがつぶやく。

「さっき、村の子どもたちに会ってきたけれど、君のような子はいなかったな。冒険譚はおもしろがっても、自分がこの集落を出てみたいとは思わないようだった」

 それは、キーリも、常々ふしぎに思っていたことだった。キーリ自身も、なにがキーリを広い世界へと駆り立てるのか、わからなかったのだ。とはいえ、集落の外にあこがれたきっかけのひとつは、この小屋にあるのだが。
 キーリは、がらくたが詰まった木箱から、外の文字で書かれた本をいくつか探し出して、ユエンに手渡した。

「これは、また……。いいものが出てきたな」

「ユエンもこれを読んだことがあるの? 人間が、巨人を退治する話なんだけど……。あっ、こっちにも、もう一冊あった。これは、人間が海を渡って、誰も知らない大陸を見つける話。他にも何冊かあるよ。でも、埋もれちゃって……ううん、どこに行ったかな」

 外の文字で書かれた本は、少なくとも、十はここにあったはずだ。キーリは次々と本を掘り起こし、ユエンに見せてやった。
 ユエンは、昔の友と再会したかのような面持ちで、本をながめている。

「どれも、読んだことのある話だ。なつかしいものだな。ああ、そうだ。キーリはあの話を知っているかい? 『ナヴァドゥルール物語』といって、人間の子どもが、いろいろな冒険をしながら、世界のもっとも東にあるといわれる、〈世界のはじまり〉を目指す話。人間たちの中では、とても有名な話なのだけれど」

「題名が同じかはわからないけど、同じような話は読んだことがあるよ。ここにある本の中では、あの話がいちばん好きなんだ。たしか、このあたりにあったと思うんだけど……」

 キーリが探していた本は、すみに置かれた木箱の、さらにいちばん底にかくれていた。その本を受け取ったユエンが、ふしぎそうな顔をする。

「第三巻、『ナヴァドゥルール、東へ行く』か。他の巻はないのかな?」

「えっ、他の巻があるの? これで全部だと思ってた」

「この巻には、主人公のナヴァドゥルールが、大陸をたって海を渡り、〈世界のはじまり〉にたどりつく場面しか載っていない。本当のナヴァドゥルールは、もっとたくさんの冒険をしてきたんだよ」

 もっとたくさんの冒険。ユエンの言葉に、キーリは、期待と喜びがこみ上げてくるのを感じた。キーリの知らない巻が、キーリの知らない冒険が、まだ眠っていたのだ。
 キーリは、ユエンから『ナヴァドゥルール、東へ行く』を受け取ると、古びた表紙をなでた。

「この本、誰かが外から持ってきたものだと思うんだ。使われているのが、ここの文字じゃないから。絵を見ながら何度も読んだから、なんとなく意味はわかるけど……。実は、ナヴァドゥルールって名前も、今はじめて知ったんだ。名前の文字が読めなくて」

 ずっと、キーリにとってのナヴァドゥルールは、名無しの主人公だった。挿絵を追って、なんとか理解した内容も、どこまで正しいかわからない。
 それでも、キーリはナヴァドゥルールに寄りそい、広い世界に夢を見てきた。ナヴァドゥルールは、このおしおき小屋でひざを抱えてばかりだったキーリに、希望をくれたのだ。

「この本を持ってきた人のこととか、この本のことをたずねても、おとなは誰も教えてくれない。外のことについて話すのを、みんながいやがるんだ。ぼく以外の子どもたちも、どうせ一生ここで暮らしていくんだから、外のことなんか知らなくてもいいって……。出てみたこともないのに、どうしてそんなことがわかるんだろう?」

 キーリは、ぶ厚い『ナヴァドゥルール、東へ行く』を胸に抱いて、ほこりの積もった床を見つめた。ほこりは、暗い小屋の中でも、白くかがやいているように見える。

「ぼくは、外に出てみたい。怖いものもあるかもしれないけど、おもしろいことの方が、たくさんあると思うんだ。怖がることを怖がるなんて、ばかみたいだよ。だから、いつかきっと、旅に出るんだ。ナヴァドゥルールみたいに、東を目指して……。太陽が生まれて、新しい一日が作られる場所、〈世界のはじまり〉を目指して」

 キーリがそこまで言い終えると、小屋はしんと静まりかえった。すきま風の音さえうるさく聞こえる静けさのあと、ユエンがふと、こんなことを言った。

「あのね、キーリ。〈世界のはじまり〉はとても遠い……海の向こうにあるから、まだ誰もたどり着いたことのない場所なんだよ。とてもとても、遠いところにあるんだ」

「ユエンも行ったことがないの?」

「もちろん、ないさ。行きたいと思ったことはあるけれどね」

 ユエンの答えに、キーリはおどろいた。自由なバードなら、〈世界のはじまり〉にも行ったことがあるものだと、かってに思いこんでいたのだ。
 だが、行ったことがない一方で、行きたいと思ったことはあるという。キーリは、集落から連れ出してもらういい機会だと思って、こう提案した。

「じゃあ、一緒に行こうよ! 東に!」

「君がナヴァドゥルールだったら、一緒に行くかもしれないな」

 うまい提案だと思っていたキーリは、ユエンにかわされてしまい、しょんぼりした。
 とても遠い、まだ誰もたどりついたことのない場所。その言葉を口の中でくり返すほどに、キーリの集落の外へのあこがれは強まった。
 自分がナヴァドゥルールだったら、冒険物語の主人公だったら……。あれこれ想像したキーリは、どうして外に出てはいけないんだろうと、またため息をついた。



 人間たちの間で、〈赤い宝石〉と呼ばれる果実がある。その正体は、この集落にしか生えていない、アーリャカバボという植物の実だ。
 アーリャカバボという名前には、「天の恵み」という意味があるが、この集落では、短く、アーリャの実と呼ぶことが多い。アーリャは、もともとは温かい地域に生えていた種が、この集落に持ち込まれ、変異して根付いたものだという。
 幹に直接実がつく様子は少し不気味だが、二層になったその実の外側はワインなどの加工品に、内側は干しアーリャとして、高値で取引される。

 だが、そんな事実も、アーリャの実をもぐ仕事を言いつけられたキーリにはかかわりのない話だ。アーリャの葉っぱにふれると手がかゆくなるため、キーリはこの仕事が好きではなかった。
 とはいえ、今日は、そう悪い気分でもない。なぜなら、ユエンが木のそばに台を引っ張ってきて、『ナヴァドゥルール物語』を頭から語りきかせてくれているのだ。

「『ナヴァドゥルールは、鼻のきく敵から逃れ、木の実の山にもぐりこんだ。匂いの強い木の実だ。息をひそめるナヴァドゥルール。相手の足音が、すぐそばまで近づいてきている。荒い鼻息と、よだれのしたたる音、木の実の匂いが、ナヴァドゥルールの頭の中でうずを巻く。ぐるぐるとね。そんなナヴァドゥルールを探すのは太く、長い鼻の先。なまぐさい鼻先は、彼のすぐそばの木の実にふれ』……。あはは、手が止まっているぞ」

 ユエンは、もう何度目になるかわからない指摘をしながら、からからと笑った。ただでさえおもしろい物語だが、ユエンが語りきかせると、さらにおもしろく感じられるのだからふしぎだ。

「仕事をしてるんだから、あんまりおもしろくしないでよ!」

「おっと、そうきたか。できるかぎり、おもしろおかしく語りきかせるのが、私の仕事なのだけれど」

 キーリの苦情に、ユエンは、弦を軽くはじきながら答えた。キーリは鼻を鳴らし、アーリャの実をもぐ作業に戻る。
 キーリの腕や頬は、アーリャの葉にふれて、ところどころかゆくなっていた。仕事が終われば、かゆみ止めの薬がもらえるだろうが、それまで耐えなければならないというのもつらいものだった。

「君がはたらいてくれないと、われわれも出発できないから、なんとかがんばってもらわないとね。明日の朝までには、よろしく頼むよ。その実を持って帰ることが、われわれにとってのいちばんの目的なんだから。まあ、私は歌えるならどこでもいいのだけれど」

 ユエンの言葉に、キーリは思わず、持っていたアーリャの実を取り落としてしまった。
 商人たちの滞在期間がそれほど長くないのは知っていたが、ユエンと仲良くなってしまったせいで、自然と、もっと長居をしてくれるものだと思いこんでいたのだ。

「明日の朝って……。もう行っちゃうの?」

「それは君の作業次第だな。もっとゆっくりはたらいてもらったほうがいいかな?」

 ユエンは冗談でそう言ったが、キーリは、本当に作業の手を遅くしてしまいたくなった。
 もっと『ナヴァドゥルール物語』を語ってほしいし、リュートの音色だって聞かせてほしい。けれども、客人を足止めするのは礼儀に反することだと教わっていた。キーリは、さみしいのをごまかすようにつぶやいた。

「急いでいるなら、ユエンも手伝ってくれればいいのに」

「職業柄、手がかゆいと困るんだ」

 ユエンはそう言うと、鼻歌を歌いはじめた。
 ユエンの返事に、キーリは首をかしげた。キーリは今日、一度もかゆいと言っていないのだ。それなのに、どうしてユエンは、アーリャの葉にふれるとかゆくなることを知っているのだろうか?

「ユエンって、アーリャの木にさわったことがあるの?」

 ユエンの鼻歌が止まる。彼は、キーリの問いには答えずに、じっとキーリを見つめた。探るようなまなざしに、キーリはいごこちの悪さを感じた。
 やがて、ユエンは、ふいと視線をそらす。

「昔、この集落を出たという人に会ったことがある。君たちのように体が小さくて、長いしっぽを持っていた」

 この話は、アーリャの木と彼のかかわりよりも、キーリの興味を引いた。キーリは目をまるくして、声を上げる。

「ここを出た人がいるの? 本当に?」

「本当さ。とは言っても、あるとき彼はしっぽをなくしてしまったから、きみたちにしてみれば、同族ではなくなった、というところかな。彼は、もう帰れないと言っていたよ。帰っても居場所はないと」

 しっぽをなくしたと聞いて、キーリはぎょっとした。しっぽだって、体の一部だ。しっぽがなくなるとは、それこそ、手足がなくなるのと同じくらい、いいや、〈しっぽ人〉の考え方からすれば、手足がなくなる以上の大ごとなのだ。

「その人、どうしてしっぽをなくしてしまったの?」

「ふふ、さっきから質問ばかりだな。どうだったかな……。ああ、たしか、道ばたで眠っていた犬のしっぽを踏んだせいで、自分のしっぽをかじられたんだ。外の世界には危険がいっぱいなのさ」

 ユエンは歌うようにそう言うと、キーリから顔をそむけた。ユエンの言ったことが本当なのかどうか、キーリには判断しようがなかった。
 気のせいだろうか。このバードは、外の世界のおそろしさだけをキーリに教えようとしているように見える。まるで、キーリが集落を出ないことを望んでいるかのようだ。
 外の世界は、本当におそろしいばかりなのだろうか? キーリは、自分の目で確かめなくてはならないと思った。

「ねえ、ユエン。やっぱり、ぼくも連れていってよ」

 ユエンは片眉を上げただけで、返事をしなかった。かわりに、リュートを抱え直し『ナヴァドゥルール物語』の続きを語りはじめた。



 翌朝早く、まだあたりが暗がりに包まれているころ。キーリは、荷馬車に積みこまれる木箱が置かれている、集落東側の倉庫にやってきた。

 ここまで木箱を運ぶ手伝いをさせられたキーリは、アーリャの実を詰めこんだ木箱を、必要な数よりもひとつ多く用意していた。木箱は、キーリが体を丸めてかくれるのには、ちょうどいい大きさをしている。

 キーリは、周囲に誰もいないことをたしかめてから、ある木箱のふたを開けた。中には、ほんの少しだけアーリャの実が入っている。キーリは木箱の中にもぐり、お尻の下にあるアーリャの実をならしてから、木箱のふたを閉めた。意外にも、それほど息苦しくはなかった。

 アーリャの実とともに木箱にもぐったキーリは、木の実の山にかくれて敵をやりすごすナヴァドゥルールになったような気持ちでいた。実はほどよくやわらかいし、木箱の板どうしの間には隙間が空いていて、じゅうぶん外の様子も見える。
 木箱にかくれ、アーリャの実が詰まった他の木箱とともに、荷馬車で集落を出る。あとは、適当な町で、木箱から出ればいい。キーリは、自分の立てた完璧な計画が誇らしかった。

 木箱の中は狭くて、ほとんど身動きが取れないが、今のキーリにはどうでもいいことだった。少しがまんすれば、外の世界に出られるのだ。ナヴァドゥルールが旅した――冒険に満ちあふれた、広い世界に。
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