時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十八節「疑念の都 真実を求め空へ 崩日凋落」

~SIDE心輝-05 ヒートダウン~

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 再び時は遡り……
 現在時刻 日本時間19:03......

 福留から受け渡された情報の一つ……それは魔剣技研の在り処。
 目的地は埼玉県和浦かずうら市のとある一区画。
 そこに在るのは国立大学付属の研究施設であった。

 施設がある場所を高所から眺め見る一人の人影。

 次の瞬間、その人影は赤い炎を纏い……その身を高く空へ舞わせたのだった。










 広大な土地を有するその場所、表向きは未来科学技術研究施設。

 しかしてその裏側は……非公式施設、魔剣技術開発研究所。
 
 秘密裏に設立されたその研究所は地下に存在し、小嶋政府の支援の下で魔剣に関する研究を行っている。
 だがその内容と言えば、魔剣を造ろうとした国連の研究機関と異なり……非人道・非合法的な事を含めた、最も効率よく魔剣を使う事の出来る方法を研究するというものであった。

 そして生まれたのが魔剣兵。

 僅か二年だけであったが、彼等の進歩は飛躍するかの如く速かった。
 その二年で遂に魔剣兵を完成にこじつけたのである。

 それを導いたのは……魔剣技研所長、マルコ=ノルチェデフ。
 彼は性格に難があるものの、生体技術に関しては天才的な頭脳を持つ。
 ただその性格こそが問題であり、学界から追放されたという経歴を持つ老人だ。
 猟奇的にも近い生命観は、世界から彼を孤立させるに至る程。
 だがそんな彼だからこそ生み出せたのだ……生体サイボーグとも言える魔剣兵を。

 その様な人間が死体を弄るなど……何の抵抗もありはしないのだろう。



 研究所施設内部地下の一室。
 広い空間に培養槽が幾つも並び立つ。
 そのほとんどは中身も無い空の容器であったが、中には魔者と思しき生物の一部や人間らしい部位の一部が培養液に浸されて納められていた。

 そして端に人一人が収まる程に大きい銀色の細長いカプセルの様な収納器ポッドが幾つか並べられている。
 いずれも開き、中身は無い。
 もはやもぬけの殻か……そんな場所にマルコはいた。

「さぁて後はぁ……これを持ってけばいい……イッヒヒ」

 全体的に細身長身で面長、白髪でウェーブが掛かった髪は無造作に跳ね上がり、身だしなみなど全く気にしている様には見えない。
 白衣を身に着けている所は研究者らしいと言える。

 彼が大事そうに抱き着き撫でまわすのもまた横になったカプセルポッド。
 中身は見えないよう全身が銀色に包まれている。
 筐体そのものに車輪が備えており、運搬に適した形状を誇っていた。

 マルコもまた退散の準備を整えていた様だ。
 研究に使われたであろうパソコンにはもうデータは残っていない。
 彼に背負われた鞄に全てが収まっていた。

 研究成果を持ち、を運べば計画は全て完了。
 で、また新しい研究が待っている……そう思うだけで彼は喜び打ち震えるだろう。
 マルコはそういう人種なのである。





ズゴゴゴゴゴ……!!





 その時、凄まじい衝撃が施設内を激しく揺らした。
 たちまち周囲に捨て置かれた容器が弾け飛び、けたたましい音を鳴り響かせながら砕け散っていく。
 並んだ空のカプセルポッドも途端に地面へ転がり、金属のたわむ様な金鳴音を何度も鳴り響かせた。

 立つ事すら困難な程の揺れに、ポッドに抱き着いていたマルコが思わずズレ落ち尻餅を突く。

 間も無く揺れは収まり、再び周囲を静けさが包む。
 聞こえてくるのは微かに籠る電子音のみ。
 何があったのかと思わず周囲を見回すが……何も無い様で、ほっと胸を撫で下ろす様を見せていた。

「さてさて……行こうか行こうか……」

 そう呟きながら立ち上がった時……再び彼の耳に異音が届く。
 そして彼は気付いたのだ。



 何も無かったのではない……これから起きるのだという事に。



「ンオッホホホォーーーーーー!!」

 その時マルコはただひたすらに、喜びから来る笑いを高々と上げていた。
 これから起きる事にただ期待していたのである。

 何故なら目の前で起きていた事がただただ信じられなかったから。



 天井が赤熱化し、まるでボウルの様な形に歪み沈んでいたのだ。



 この場所は特殊施設である。
 あらゆる事態に備えて築かれたシェルター的な側面も持つ場所なのである。
 そこは核攻撃に耐えうる事すら可能なであった。

 だがその限界温度すらをも越えて熱し、歪ませる……なんという圧倒的な熱量か。

 だからこそ興味があったのだ。
 太陽が如き熱量を誇る何かが迫り来る……それが何なのか楽しみでしょうがなかったのだ。



 余りの熱量にも関わらず、何故かマルコに熱は届かない。
 だがドンドンと沈みゆく天井は、まさに融解赤化メルトダウン状態……。

 その時、途端にその中央が崩壊に耐え切れず、どろりと溶け始めていく。
 それを皮切りに、溶けた天井がまるで零れた水の様にばしゃりと床へと飛び散った。
 たちまち周囲に焼けこげる異臭が立ち込め、床から煙が一瞬にして舞い上がっていく。

「おおッ!! おおおおおッ!! しゅごいいい!!」

 マルコの歓喜の様はもはや危機感の一つありはしない。
 何が起きるのか……その期待だけに集中する。

 どろりと溶けた天井から、溶解した金属がドロドロと溶け落ちていく。
 その中央、そこに膝を突いて着地を果たした者が居た。

 それこそ……誰でもない、心輝であった。

 自身の焼いた溶解金属にすら焼かれる事無く、平然と立ち上がる姿は地獄の使者の如く。
 獄炎を身に纏い、近くにあった容器などは漏れなく溶けて蒸発していった。

「アンタが……魔剣技研のマルコだな……?」

 心輝は福留から受け取った情報から、魔剣兵を開発したのが彼である事を知った。
 彼こそが……自身の妹の体を弄り回し、利用し、道具にしようとした張本人であるという事を。

「イヒヒッ……話は聞いてるよぉ園部心輝……さすがだねぇ~……!! 僕の研究の実験台になってくれると嬉しいんだけどどうかなぁ!?」

 まともな答えは返らない。
 心輝がマルコへ鋭い目を向ける。
 そんな事などとっくに理解していたのだろう……マルコは明らかに普通ではない人間なのだから。
 
「何だったら僕のパートナーでもいいッ!! むしろそれがイイッ!! 小嶋由子はさあ、結果を求めるけど過程は見ないんだ……魔剣兵は過程が大事だっていうのにさぁ!!」

 なお熱く語り続けるマルコを前に、心輝は視線をぶつけ続ける。
 だがマルコの目はまるで彼の顔など見ようとしない。
 それどころか両手を張り上げ、己の全てを曝け出すかの様に高々と声を上げた。

「小嶋由子はきっと魔剣がなんたるかを何も知らない!! こんなに楽しいのになんでかなぁ!? 君なら知ってるでしょぉ!? ほら、肉が湧きたつっていうのかな、そんな感じしない? ねぇ?」

「……るせぇ……」

 止まらない。
 究極にまで高められた好奇心は、留まる所を知らない。
 異常なまでの好奇心が相対する者の心にドス黒い感情を呼び起こさせる。

「素体は皆言うよ!! 体のお肉がぐちゃぐちゃになるって!! でもきっとそれは楽しみなんだよ!! 皆その楽しみが待ち遠しいから僕にんだよねってェ!!」

「うるせぇって言ってるんだよォーーーーーー!!!!!」



ドッバァオゥッ!!



 その瞬間、マルコの張り上げられた両手に強い衝撃が走り、彼の体ごと後方の壁へと叩き付けられた。



「ぎょわっ!?」

 しかし彼の体は落下しない。
 その腕を括りつけるかの様に、炎の楔が彼の腕を壁に打ち付けていたのだから。
 不思議と熱は感じない様だった。
 溶解した天井と同様に、命力が炎の物理干渉をコントロールしているのだろう。

 だがそれまでもがマルコの興味を多大に惹いた。

「すごぉい!! これはすごぃ!! どうなってるんだこの仕組みは!! 明らかに物理現象を無視した放熱現象だ!! 赤色という事は命力が可燃性ガスの様な役割を果たしているのか? 何故温度を感じない!! 人の体に命力を滞留させて熱力伝達を―――」

 叫びの様な歓喜の声、もはや心輝は聞く耳など持ちはしない。
 「バシャッバシャッ」と溶解した床を踏み越え、徐々に貼り付けとなったマルコへと近づいていく。
 大きく口角を下げた、鬼気迫る表情を浮かべたまま。

 彼の顔に陰りが生まれ、その怒りを体現するかのよう。
 その歩みは一歩一歩が感情を乗せて床へ刻み込むかの如く。



「もう黙れよ……お前の声、もう言葉じゃねェよ」



 助けを請う訳でも無く、悪態を付いた訳でも無い。
 自身の正しさを証明しようとしている訳でも無く、悪びれた風でも無い。

 それはただ、自身の知識を並べただけの、ただの声。

 そこに想いは乗っていない。
 乗っているのは……ただの酸素と二酸化炭素。



 一歩一歩近づく心輝を前に、マルコの学説を垂れ続けた口が突然止まる。
 だが虚空を見つめる瞳はどこか虚ろでありながら……何かを待つかの様に輝きを潜めていた。

「つまり君が言いたいのは……命力が籠っていなければ声と認識しないって事かね?」

 聞いていない様で聞いていたのだろう。
 まるで言葉を返す口ぶりに、思わず心輝が歩みを止める。

「という事は……声はもう要らないなァ……不便でしょうがないもんねぇ……?」



 その一言が放たれた時……一人立つ心輝の背後へ、六つの黒影が同時に襲い掛かった。



 それは敵意を向けた魔剣兵。
 何かの合図だったのか。
 それとも声ならぬ指示を送ったのか。
 打ち合わせたかの如く飛び掛かり、心輝へ刃を突き立てようとしていた。



 だがもう、彼も



 その瞬間、周囲が炎の光に包まれた。

 たったその瞬間、たったその一瞬で―――





 ―――全ての魔剣兵は灰へと昇華した。





 その身を一つ動かす事無く、彼自身から放射された熱エネルギーが背後だけを焼き尽くしたのである。

 卓越した彼にとって、戦い方を知っても慣れぬ魔剣兵の動きなど……手に取ってわかる程度だった。
 そしてシェルターすら蒸発させる熱量を誇るのだ……人間の体など一瞬で消し炭である。
 敵意を剥けば、彼の炎はこの様に容赦無く全てを焼き尽くすだろう。


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