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第三十五節「消失の大地 革新の地にて 相反する二つの意思」
~せっかくだからちょっと付き合いなさいよ~
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勇の父親が魔導技術開発ルームで働いていたという事実が浮き彫りとなった。
それだけではなく、同伴組の人々がとうとう自分達が出来る事を始めたというのだ。
聞けば既に居住区は大きな様変わりをしているのだとか。
その情報は堪らず勇の心を浮つかせ、現場へと向かう足取りを軽くしていた。
そして居住区へ辿り着いた時―――思わず絶句する事となる。
「これは……!?」
その変わり様が、勇が想像していた以上に煌びやかだったのだから。
以前は白い壁と屋根が連なるだけの質素な空間で。
精々花を飾った鉢植えが植えてあったり、衣類が干してあったり。
各家庭でコーディネイトした内装や外装が見える程度だった。
だが今は違う。
そこかしこに手作りの看板やネオン看板が置かれ。
そうでない家にも、居住区内店舗を示す様な案内紙が貼られていたり。
店でなくとも、家人が作った飾りものを展示するスペースまで設けられていて。
既に利用客も居る様で、店舗と化した建屋から人が出入りする姿が見受けられる所は活気十分。
もうここはただ人が住む場所では無く。
彼等なりに見つけた手段を講じて賑わいを彩らせる『街』へと変わっていたのだ。
言うなればそこは〝居住街〟。
まさに人が住む為に最適化された小さな街へと進化を果たしていたのである。
勇が変わりに変わった居住区を歩き進む。
一つ一つの家を眺め観ながら。
時折屋内から存在に気付いた住民が手を振って彼を呼び。
勇も彼等からの好意に手を振り返して応える。
今通っているのはフランクに接せる欧米人が多く住む区画。
加えて相手がグランディーヴァのリーダーである勇ともあって、大手を振る者も少なくは無く。
そして彼等の人間性に惹かれたのだろうか、日本人と思われる者も彼等と同じ様に大胆な姿を見せていて。
遠くで店員と思われる居住者とハグする姿が勇の目に留まる程だ。
「これは凄いな、もうそれしか言えないよ」
そんな折、通り際に家人から「これ持っていきなよ」と何かを手渡される。
それはウサギの手編み人形。
思いがけぬ贈り物が持て余していた勇の手を悦ばせた。
白とピンクで象られたとても可愛らしいデザインは女の子向け。
指で摘まめる程度のとても小さな物だが、売り物として適う程に出来栄えが良い。
それもただの人形ではなく、くるりとひっくり返せば髪留めがチラリと覗いていて。
「これ、茶奈にあげたら喜ぶかな」
そんな手の込んだ造りが勇の微笑みを思わず誘う。
その時勇の脳裏に映り込んだのは喜びで微笑む茶奈の姿。
こんな可愛らしい物を好む彼女だからこそ、きっと喜ぶだろうと期待を抱いて止まない。
彼女のセンスがほんの少しばかりズレている事はこの際置いておくとしよう。
そんな期待を胸に人形を軽く握り込み、街となった空間を練り歩く。
そうして気付けば良く知る人達の住む区画へとやってきていて。
その足取りが自然と、両親の住む建屋の前へと立たせていた。
母親が美容師として働いているであろうその建屋。
軒先をポップなハサミとコームの描かれた小さな黒板スタンドが演出し。
少し覗き込めば、美容室でお馴染みの大きな椅子が二つ並んでいて。
既に客が居るのだろう、母親とベティらしき金髪女性のハサミを細かく操る後ろ姿が。
久しいと思う程に見なかった母親の働く姿がとても新鮮に見えて。
勇は思わずただただ佇み、彼女達の働きをじっと眺め続けていた。
「ハイ、これでどうかしら~?」
しかも手がけた相手は丁度仕上がり寸前だったのだろう。
お客に二面鏡を見せて出来栄えを確認する姿はまさに美容師らしい。
「あら勇君、居たの~!?」
そこでようやく勇の存在に気付いた様で。
勇も邪魔しちゃ悪いと手を振って応えるだけに留める。
それと言うのも、チラリと覗けば待機席には別の人影があったから。
結構繁盛している様で、休む暇も無さそうだからと深く話す事を遠慮したのだ。
アルクトゥーンが出立を始めてからもう一ヵ月。
きっと多くの人が伸びた髪に悩んでいたりもしていた事だろう。
そう考えれば、こうして美容室が出来た事はこの街に住む人々にとってどれだけ助けになったか。
そんな想像が容易に出来る程に、今のこの街は元々無かったあらゆる物で溢れている。
「どうしたの? そんなしみじみしちゃってさ」
その時、聴き慣れた高い声が勇の耳に届き。
感慨に耽っていた勇の意識を呼び戻す。
その視線の先に居たのは―――見慣れた様で見慣れない姿の人物。
「セリ、お前なんで―――」
そう、それは瀬玲。
なんと勇の母親が今手を掛けていたのは彼女だったのだ。
しかもその髪型は以前とは別人と言える程に、見せた事の無い―――短髪。
髪の色こそ、命力によって染まり上がった青緑の髪のままだ。
しかし地に付く程に長かった髪はもはや失われ、左右に下げた耳元の髪以外はうなじから持ち上がる様に切り込まれている。
元々髪のボリュームが多かったからか膨らんで広がる様になっていて。
それが今までの瀬玲とは違う、ちょっとした明るさを呼び込んでいるかのよう。
「なんでってそりゃ、アンタのオネガイ聞いた末路の清算に決まってるじゃん」
しかし皮肉たっぷりの口調は髪型が変わろうと相変わらずで。
返し手の指で惜しげも無く勇を差し、返答開口一番に憎まれ口を飛ばす。
それは原因を作った勇でさえ思わず顔をしかめる程の一言。
先日の戦いがそんな彼女らしさの一片に拍車を掛けたかの様だ。
「ミサイルボコスカ撃ち込まれた所為で清らかな乙女の大事な髪はかなり痛んでしまいました~。 自分で切るだけじゃどうしようもないってわかったからね。 折角だから来てみたの」
本来清らかな乙女はミサイルをボコスカ撃ち込まれる事も無ければ、爆発に晒される事も無いが。
そもそもミサイルの爆発によって散布されたであろう化学物質を浴びておいて「痛む」だけで済むのだから命力とは本当に便利なものである。
「セリは知ってたんだな、ここの変わりっぷりを」
「当然。 つか皆知ってるわ。 むしろアンタが知らない事を皆は知らないわ」
瀬玲の容赦無き追い打ちが勇のしかめっ面にどんどんとシワを増やさせていく。
どうやら知らなかったのは勇だけの模様。
本当ならば「どうして教えてくれなかった」と言いたい所であろうが、一人忙しい事を理由に訪れなかった勇が返す言葉は無い。
たちまち苦悶の表情へと移りかえる勇を前に、瀬玲も「してやったり」と満足気である。
「ま、私達も言う程知ってるって訳じゃないけどね。 ちょっとだけ話は聞いてるよ」
「そうかぁ、知らないの俺だけかぁ」
これまた思わぬ事実に勇がガクリと項垂れて。
二人の会話に聞き耳を立てていた勇の母親が「フフッ」と笑う。
今この場がそんな事も許せる様な穏やかな空間だからこそ。
瀬玲も何一つ遠慮する事無くハッキリと言いきれたのだろう。
悪気があるかどうかは別として。
「折角だからちょっと付き合いなさいよ」
すると突然、瀬玲が勇の腕を掴み取る。
それは半ば強引に、有無を言わさず。
そのまま勇を引きずる様にして、二人は揃ってその場を後にしたのだった。
ほんの少し歩けば、居住区と管制室行き通路との境目へと辿り着き。
壁際に添えられたベンチが二人を迎え、揃えた腰を降ろさせる。
先程の険悪は空気はもはや欠片も残っていない。
攻めの一辺倒だった瀬玲も、攻められ放題だった勇にも……穏やかさを伴った表情が浮かび上がっていた。
「皆凄いやる気があるって伝わってくるよね」
「ああ、気付かない内にこうなっててさ。 もうビックリだよ」
そのキッカケを生んだのは間違いなく勇達だろう。
それは勇もが知る事で、何かをしようとしていた事だけは把握していた。
ただこうなるとは思っていなかったに過ぎないだけで。
「知ってる? 今はコンビニ店員もここの人が持ち回りでやってるの。 お陰でイアンさんは本来の仕事に従事出来てるんだってさ」
「イアンさんの本来の仕事って何なんだ? っていうかイアンさんって何者なんだ?」
勇も知らない、日本語達者でゲームの達人でもある謎の男イアンさん。
そんなイアンさんの本来の役目は整備班。
実は機械整備の資格も沢山持っており、技術班の整備副主任も兼任している。
アルディとの戦いの後に発生した【ヴォルトリッター】の不調原因をいち早く探り当てたのも実は彼。
何者かまでは不明だが、少なくとも只者では無い事は確かだろう。
見た目はただの東洋系褐色おじさんなのだが……人は見た目に寄らないという事か。
「他にも、藍ちゃんと風香ちゃんも福留さんのお手伝いしてるんだって」
愛希が居ないとどうにも影が薄いあの二人もしっかり同乗している。
普段から姿が見えないのは、彼女達が早い段階で福留の手伝いをする事を決めていたからだ。
瀬玲曰く、愛希があれだけのやる気を出していた事に触発されたのだとか。
「美羽達も渡部達と協力して多目的スペースの点検とか清掃してるんだってさ。 裏で何してるのかわっかんないけど」
事の発端は渡部&冴木カップルの提言から始まった事なのだそう。
彼等が何かを企んでいるかなど火を見るよりも明らかで。
とはいえやる事はちゃんとやっている様で、悪い事さえしなければと任せる事にしたそうだ。
「他にも―――」
「待て待て、何でお前そんなに知ってるんだよ」
次から次へと並べられる事実に堪らず勇のストップが掛かる。
仮に彼女が情報通だったとしても、その知識量は勇が疑問に思うのも不思議ではない程に多かったのだ。
しかしその理由を前にすれば、勇の疑問もあっという間に吹き飛ぶのだが。
「さっきアンタのおばさんから聞いたのよ」
「ああ~……」
ゆったりとしたカットとスタイリングの時間はおしゃべりタイムも同然。
訊かずとも会話は弾み、色んな話題が飛び交うもので。
言うなればこの街そのものが情報源。
そんな時間も与えられれば、情報が自ら飛び込んでくるという訳である。
「それでさ、アンタに伝えてくれって言われた事もあるんだ。 【グランディーヴァ家族会】からの伝言」
「え?」
そんな会話の時間は、瀬玲に大事な話をも伝えさせた様で。
きっと母親は勇がまだここに来ないかもしれないと予想していたのだろう。
つまりはたまたま訪れた瀬玲を伝言役として。
グランディーヴァのリーダーである勇の邪魔をしない様にと考えた母親らしい配慮だ。
そして託そうとした伝言もまた……彼等を想うが故に生まれた事だった。
「『これからは私達の事を気にせずアルクトゥーンを前線に出して構いません。 勇達が危険な目に晒されているのだから、私達も覚悟を決めます』ってさ」
それが園部母を筆頭とした同伴者組、通称【グランディーヴァ家族会】の総意。
自分達を、守られる存在ではなく共に行く存在として扱って欲しいという意思の表れ。
グランディーヴァ構成員達の持つ役割と同じ様に、生活を守る仲間として。
彼女達もまた戦っているのだ。
現実と、不条理な世界と。
少しでも勇達の助けとなる為に。
その伝言が勇達にとってどれほど心強かっただろうか。
どれほどありがたかっただろうか。
それを聴いた勇の心に声にならない喜びが木霊する。
今、世界の機運がグランディーヴァに向いているからこそ。
その風を後押しするかの様な家族会の志は、これまでない程に勇達を勇気付けたのだ。
『勇さん及びメインメンバーの皆さん、大変申し訳ありませんが今すぐ管制室へ来てください』
そんな時突如通信が入り、勇と瀬玲が飛び出す様に駆けていく。
しかしそんな二人の顔はどこかにこやかで。
それ程までに―――勇も瀬玲も街の皆に感謝で一杯だったから。
勇は今日この街の変化を知り、強い希望の光をその身に受けた。
その光がもたらすのは救いの力、天力の力。
だがきっと、その力で救われるのは世界でも無く、家族会でもない。
今この時、最も救われたのは……紛れもない勇本人だったのだ。
それだけではなく、同伴組の人々がとうとう自分達が出来る事を始めたというのだ。
聞けば既に居住区は大きな様変わりをしているのだとか。
その情報は堪らず勇の心を浮つかせ、現場へと向かう足取りを軽くしていた。
そして居住区へ辿り着いた時―――思わず絶句する事となる。
「これは……!?」
その変わり様が、勇が想像していた以上に煌びやかだったのだから。
以前は白い壁と屋根が連なるだけの質素な空間で。
精々花を飾った鉢植えが植えてあったり、衣類が干してあったり。
各家庭でコーディネイトした内装や外装が見える程度だった。
だが今は違う。
そこかしこに手作りの看板やネオン看板が置かれ。
そうでない家にも、居住区内店舗を示す様な案内紙が貼られていたり。
店でなくとも、家人が作った飾りものを展示するスペースまで設けられていて。
既に利用客も居る様で、店舗と化した建屋から人が出入りする姿が見受けられる所は活気十分。
もうここはただ人が住む場所では無く。
彼等なりに見つけた手段を講じて賑わいを彩らせる『街』へと変わっていたのだ。
言うなればそこは〝居住街〟。
まさに人が住む為に最適化された小さな街へと進化を果たしていたのである。
勇が変わりに変わった居住区を歩き進む。
一つ一つの家を眺め観ながら。
時折屋内から存在に気付いた住民が手を振って彼を呼び。
勇も彼等からの好意に手を振り返して応える。
今通っているのはフランクに接せる欧米人が多く住む区画。
加えて相手がグランディーヴァのリーダーである勇ともあって、大手を振る者も少なくは無く。
そして彼等の人間性に惹かれたのだろうか、日本人と思われる者も彼等と同じ様に大胆な姿を見せていて。
遠くで店員と思われる居住者とハグする姿が勇の目に留まる程だ。
「これは凄いな、もうそれしか言えないよ」
そんな折、通り際に家人から「これ持っていきなよ」と何かを手渡される。
それはウサギの手編み人形。
思いがけぬ贈り物が持て余していた勇の手を悦ばせた。
白とピンクで象られたとても可愛らしいデザインは女の子向け。
指で摘まめる程度のとても小さな物だが、売り物として適う程に出来栄えが良い。
それもただの人形ではなく、くるりとひっくり返せば髪留めがチラリと覗いていて。
「これ、茶奈にあげたら喜ぶかな」
そんな手の込んだ造りが勇の微笑みを思わず誘う。
その時勇の脳裏に映り込んだのは喜びで微笑む茶奈の姿。
こんな可愛らしい物を好む彼女だからこそ、きっと喜ぶだろうと期待を抱いて止まない。
彼女のセンスがほんの少しばかりズレている事はこの際置いておくとしよう。
そんな期待を胸に人形を軽く握り込み、街となった空間を練り歩く。
そうして気付けば良く知る人達の住む区画へとやってきていて。
その足取りが自然と、両親の住む建屋の前へと立たせていた。
母親が美容師として働いているであろうその建屋。
軒先をポップなハサミとコームの描かれた小さな黒板スタンドが演出し。
少し覗き込めば、美容室でお馴染みの大きな椅子が二つ並んでいて。
既に客が居るのだろう、母親とベティらしき金髪女性のハサミを細かく操る後ろ姿が。
久しいと思う程に見なかった母親の働く姿がとても新鮮に見えて。
勇は思わずただただ佇み、彼女達の働きをじっと眺め続けていた。
「ハイ、これでどうかしら~?」
しかも手がけた相手は丁度仕上がり寸前だったのだろう。
お客に二面鏡を見せて出来栄えを確認する姿はまさに美容師らしい。
「あら勇君、居たの~!?」
そこでようやく勇の存在に気付いた様で。
勇も邪魔しちゃ悪いと手を振って応えるだけに留める。
それと言うのも、チラリと覗けば待機席には別の人影があったから。
結構繁盛している様で、休む暇も無さそうだからと深く話す事を遠慮したのだ。
アルクトゥーンが出立を始めてからもう一ヵ月。
きっと多くの人が伸びた髪に悩んでいたりもしていた事だろう。
そう考えれば、こうして美容室が出来た事はこの街に住む人々にとってどれだけ助けになったか。
そんな想像が容易に出来る程に、今のこの街は元々無かったあらゆる物で溢れている。
「どうしたの? そんなしみじみしちゃってさ」
その時、聴き慣れた高い声が勇の耳に届き。
感慨に耽っていた勇の意識を呼び戻す。
その視線の先に居たのは―――見慣れた様で見慣れない姿の人物。
「セリ、お前なんで―――」
そう、それは瀬玲。
なんと勇の母親が今手を掛けていたのは彼女だったのだ。
しかもその髪型は以前とは別人と言える程に、見せた事の無い―――短髪。
髪の色こそ、命力によって染まり上がった青緑の髪のままだ。
しかし地に付く程に長かった髪はもはや失われ、左右に下げた耳元の髪以外はうなじから持ち上がる様に切り込まれている。
元々髪のボリュームが多かったからか膨らんで広がる様になっていて。
それが今までの瀬玲とは違う、ちょっとした明るさを呼び込んでいるかのよう。
「なんでってそりゃ、アンタのオネガイ聞いた末路の清算に決まってるじゃん」
しかし皮肉たっぷりの口調は髪型が変わろうと相変わらずで。
返し手の指で惜しげも無く勇を差し、返答開口一番に憎まれ口を飛ばす。
それは原因を作った勇でさえ思わず顔をしかめる程の一言。
先日の戦いがそんな彼女らしさの一片に拍車を掛けたかの様だ。
「ミサイルボコスカ撃ち込まれた所為で清らかな乙女の大事な髪はかなり痛んでしまいました~。 自分で切るだけじゃどうしようもないってわかったからね。 折角だから来てみたの」
本来清らかな乙女はミサイルをボコスカ撃ち込まれる事も無ければ、爆発に晒される事も無いが。
そもそもミサイルの爆発によって散布されたであろう化学物質を浴びておいて「痛む」だけで済むのだから命力とは本当に便利なものである。
「セリは知ってたんだな、ここの変わりっぷりを」
「当然。 つか皆知ってるわ。 むしろアンタが知らない事を皆は知らないわ」
瀬玲の容赦無き追い打ちが勇のしかめっ面にどんどんとシワを増やさせていく。
どうやら知らなかったのは勇だけの模様。
本当ならば「どうして教えてくれなかった」と言いたい所であろうが、一人忙しい事を理由に訪れなかった勇が返す言葉は無い。
たちまち苦悶の表情へと移りかえる勇を前に、瀬玲も「してやったり」と満足気である。
「ま、私達も言う程知ってるって訳じゃないけどね。 ちょっとだけ話は聞いてるよ」
「そうかぁ、知らないの俺だけかぁ」
これまた思わぬ事実に勇がガクリと項垂れて。
二人の会話に聞き耳を立てていた勇の母親が「フフッ」と笑う。
今この場がそんな事も許せる様な穏やかな空間だからこそ。
瀬玲も何一つ遠慮する事無くハッキリと言いきれたのだろう。
悪気があるかどうかは別として。
「折角だからちょっと付き合いなさいよ」
すると突然、瀬玲が勇の腕を掴み取る。
それは半ば強引に、有無を言わさず。
そのまま勇を引きずる様にして、二人は揃ってその場を後にしたのだった。
ほんの少し歩けば、居住区と管制室行き通路との境目へと辿り着き。
壁際に添えられたベンチが二人を迎え、揃えた腰を降ろさせる。
先程の険悪は空気はもはや欠片も残っていない。
攻めの一辺倒だった瀬玲も、攻められ放題だった勇にも……穏やかさを伴った表情が浮かび上がっていた。
「皆凄いやる気があるって伝わってくるよね」
「ああ、気付かない内にこうなっててさ。 もうビックリだよ」
そのキッカケを生んだのは間違いなく勇達だろう。
それは勇もが知る事で、何かをしようとしていた事だけは把握していた。
ただこうなるとは思っていなかったに過ぎないだけで。
「知ってる? 今はコンビニ店員もここの人が持ち回りでやってるの。 お陰でイアンさんは本来の仕事に従事出来てるんだってさ」
「イアンさんの本来の仕事って何なんだ? っていうかイアンさんって何者なんだ?」
勇も知らない、日本語達者でゲームの達人でもある謎の男イアンさん。
そんなイアンさんの本来の役目は整備班。
実は機械整備の資格も沢山持っており、技術班の整備副主任も兼任している。
アルディとの戦いの後に発生した【ヴォルトリッター】の不調原因をいち早く探り当てたのも実は彼。
何者かまでは不明だが、少なくとも只者では無い事は確かだろう。
見た目はただの東洋系褐色おじさんなのだが……人は見た目に寄らないという事か。
「他にも、藍ちゃんと風香ちゃんも福留さんのお手伝いしてるんだって」
愛希が居ないとどうにも影が薄いあの二人もしっかり同乗している。
普段から姿が見えないのは、彼女達が早い段階で福留の手伝いをする事を決めていたからだ。
瀬玲曰く、愛希があれだけのやる気を出していた事に触発されたのだとか。
「美羽達も渡部達と協力して多目的スペースの点検とか清掃してるんだってさ。 裏で何してるのかわっかんないけど」
事の発端は渡部&冴木カップルの提言から始まった事なのだそう。
彼等が何かを企んでいるかなど火を見るよりも明らかで。
とはいえやる事はちゃんとやっている様で、悪い事さえしなければと任せる事にしたそうだ。
「他にも―――」
「待て待て、何でお前そんなに知ってるんだよ」
次から次へと並べられる事実に堪らず勇のストップが掛かる。
仮に彼女が情報通だったとしても、その知識量は勇が疑問に思うのも不思議ではない程に多かったのだ。
しかしその理由を前にすれば、勇の疑問もあっという間に吹き飛ぶのだが。
「さっきアンタのおばさんから聞いたのよ」
「ああ~……」
ゆったりとしたカットとスタイリングの時間はおしゃべりタイムも同然。
訊かずとも会話は弾み、色んな話題が飛び交うもので。
言うなればこの街そのものが情報源。
そんな時間も与えられれば、情報が自ら飛び込んでくるという訳である。
「それでさ、アンタに伝えてくれって言われた事もあるんだ。 【グランディーヴァ家族会】からの伝言」
「え?」
そんな会話の時間は、瀬玲に大事な話をも伝えさせた様で。
きっと母親は勇がまだここに来ないかもしれないと予想していたのだろう。
つまりはたまたま訪れた瀬玲を伝言役として。
グランディーヴァのリーダーである勇の邪魔をしない様にと考えた母親らしい配慮だ。
そして託そうとした伝言もまた……彼等を想うが故に生まれた事だった。
「『これからは私達の事を気にせずアルクトゥーンを前線に出して構いません。 勇達が危険な目に晒されているのだから、私達も覚悟を決めます』ってさ」
それが園部母を筆頭とした同伴者組、通称【グランディーヴァ家族会】の総意。
自分達を、守られる存在ではなく共に行く存在として扱って欲しいという意思の表れ。
グランディーヴァ構成員達の持つ役割と同じ様に、生活を守る仲間として。
彼女達もまた戦っているのだ。
現実と、不条理な世界と。
少しでも勇達の助けとなる為に。
その伝言が勇達にとってどれほど心強かっただろうか。
どれほどありがたかっただろうか。
それを聴いた勇の心に声にならない喜びが木霊する。
今、世界の機運がグランディーヴァに向いているからこそ。
その風を後押しするかの様な家族会の志は、これまでない程に勇達を勇気付けたのだ。
『勇さん及びメインメンバーの皆さん、大変申し訳ありませんが今すぐ管制室へ来てください』
そんな時突如通信が入り、勇と瀬玲が飛び出す様に駆けていく。
しかしそんな二人の顔はどこかにこやかで。
それ程までに―――勇も瀬玲も街の皆に感謝で一杯だったから。
勇は今日この街の変化を知り、強い希望の光をその身に受けた。
その光がもたらすのは救いの力、天力の力。
だがきっと、その力で救われるのは世界でも無く、家族会でもない。
今この時、最も救われたのは……紛れもない勇本人だったのだ。
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「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
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