時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~弱き心に真の決別を アージ達 対 諦唯⑥~

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 エクィオが斬る。
 ピューリーが打つ。
 正体不明の透過壁を砕く為に。

 その壁は今まさに二人の前に存在していた。
 壁の先に居るのがどの様な者かはエクィオにもわからない。
 けれどそれが敵である事は歴然だからこそ、今この時全ての力を奮う。

 壁を砕いた先に居る者を葬り、脅威を一つ世界から取り除く為に。

 だが事がそう上手くいくとは限らない。
 やはりそう簡単には砕けない様だ。
 幾らエクィオが魔剣で斬りつけようが、ピューリーが螺旋拳を叩き付けようが。
 何度斬り叩いても、火花が散るばかりで傷一つ付く気配さえ無い。

「この壁かってぇ!! なんなんだこれはよッ!!」

「それは僕にもわからない! でも予測が確かなら、コイツはもう雑魚を呼び出せないッ!!」

 でも、それでも勝機が無い訳ではない。
 現に今、エクィオ達は間違い無くマドパージェを追い詰めている。

 その証拠に、エクィオの言う通り―――無限湧きしていた女達が現れない。

 それは何故か?
 その理由をエクィオは見抜いたのだ。
 あの女達の根源が何なのかを。

 あれは民衆の諦念だ。
 人々の諦めの心をマドパージェが汲み取り、分身として具現化したのだろう。
 だから人並みに弱かった。
 逆にアージを包んでいた者達が強かったのは、彼の諦念が生んだから。
 その力を受け継いでいたからこそ、引き剥がそうにも成せなかったのである。

 しかし今はその民衆さえも居ない。
 砂地のど真ん中に追い込んだ今はもう。
 ここまで足を運ばせたのも、全てはエクィオの目論み通りだ。

 なら今度は自分達が諦めなければいい。
 ただそれだけで、邪魔な肉人形は一人として現れないのだから。

 これはアージの教訓たる助言があったからこその答えと言えよう。
 限り無く正解に近いこの答えを前に、マドパージェももはや抵抗は出来ない。
 ただただ壁を存在させたまま、その姿を隠し通すだけだ。

 後はその壁をどうやって貫くか、が問題な訳だが。

「諦めるなピューリー!! 弱気になれば、ただ僕達が不利になるだけだッ!!」

「わかってるよォ!! ブッ壊す!! ブッ殺す!! 俺を阻む奴は全てッ!!」

キィン!! ギャギャギャギャッ!!!

 二人の命力が輝きを放つ度に、鳴音ががなり立つ。
 まるで強固な鉄壁を叩いているかの様だ。
 それも、削る事も焼き切る事も出来ない程に堅牢な。

 並外れた威力なはずのピューリーの螺旋拳ですら、何度殴っても傷付けられない。
 ならエクィオの斬撃の威力などたかが知れている。
 それどころか既に銃剣刀身そのものが欠け、今にもジョイントから折れそうな雰囲気だ。

 でも、それでも諦めない。
 諦める訳にはいかない。
 例え銃そのもので殴る事になろうとも。
 残り少ない命力を使い切る事になろうとも。

 彼もまた勇達と同様に、世界を愛する者の一人なのだから。



「離れろッ、二人ともおッ!!」



 だがその時、叫びが場に響き渡る。
 それも気迫に満ち溢れた雄々しい雄叫びが。
 これは決して諦めを促す声ではない。
 更なる一手に繋ぐ為の掛け声だ。

 故に、その声に反応して二人がすぐさま跳ね退く。
 そして目の当たりにする事だろう。

 遥か後方にて拳甲合わせし、二人の武熊ぶゆうの姿を。

 そう、アージとマヴォがやってきていたのだ。
 それもエクィオとピューリーに負けない程の命力を滾らせながら。

「アージさんッ、マヴォさんッ!?」

「「俺達も力を奮うぞ!! 全員であの壁を突破するのだッ!!」」

 いや、その命力は更に上がっていく。
 感情の昂りと、覚悟の猛りと、絆の迸りが二人に力を与えたからこそ。

 そうして互いに合わせた拳を突き出し、肩背をも合わせて力を込める。
 二人の力は今ここでなお共鳴し、金と銀の輝きを弾き出していた。

 まるで反発し合う電磁石の如く、渦を巻く稲妻を迸らせて。

「行くぞ兄者、今こそ我等の力を真に合わせる時!!」

「応ッ!!」 

 この技こそが、二人の誇る最強攻撃だ。
 かつてより多くの強敵達を屠った奥義だ。
 しかしてその威力はもはや過去とは比べ物にならないだろう。

 ここまで鍛え上げてきた。
 体と、心と、絆を。
 その全てが糧となり、今芽吹く。

 秘めたる力を、神戟しんげきにも足る領域へと押し上げて。

 もう片腕に力を込めて振り上げて。
 その拳を、突き出された腕に打ち当てる。

 なれば解き放たれよう。
 豪螺の神戟嵐を。



「「【アングリーヴオッヴァ】ーーーッッッ!!!!」」



 兄弟の真価たる力が今ここに。

 生まれ出でしは極大の金銀螺旋竜巻。
 大地を削り、大気を喰らい、闇夜を切り裂いて。
 全てを飲み込まんばかりに渦巻き、透過壁へと向けて迫り行く。

 想像を絶する規模の一撃。
 それが遂に壁へと穿たれる。

ゴギャギャギャギャッ!!!

 たちまち境目に凄まじい潮流が生まれる事となる。
 弾け飛んだ稲妻がどこそこ関係無く飛び交って。
 暴風が大地を抉って砂塵をも千切り飛ばし。
 強烈な螺旋運動があの透過壁へ軋みさえ与えるまでに。

 圧倒的だった。
 エクィオ達が思わず目を見張る程に。



 しかしそれでも、砕くには至らない。
 これ程の強烈さにも拘らず、力がまだ―――届かないのだ。



「まだだッ!! まだこれで終わった訳じゃないッ!!」
「俺達の全部もブチかましてやるよォーーーーーーッッ!!!」

 なら、更なる力をこの竜巻に与えればいい。
 二人を信じるエクィオとピューリーならば、それが出来る。

 エクィオは己の蒼雷を撃ち込んで。
 ピューリーがその雷撃をその身で受け取り、あろう事か竜巻の中へ。

 するとどうだろう。
 その途端、金銀螺旋が更なる進化を迎える事となる。

 金銀の輝きに、蒼の煌めきまでが加わって。
 竜巻を象る嵐がなお荒々しく、速く激しく暴れ飛ぶ。



 蒼金剛の煌めき放ちし烈破螺旋が今ここに。



 その威力は凄まじいものだった。
 あの透過壁をも歪め、徐々に押し始める程に。
 もはや見えないとは言い難い程に、周囲の地形を抉って浮かび上がらせていたのだから。

 ただ、それでもなお―――まだ砕けない。

 明らかに影響は出ている。
 壁面に映った景色が歪んでしまう程に。
 にも拘らず、その先にどうしても届かない。

 万事休すか。
 いや、これはあの二人にとって布石に過ぎない。

 全ては、この先を見据えた一撃の為に。



「うぅおおおォォォーーーーーーッッッ!!!!」



 その叫びが木霊した時、それはやってくる。
 全員の想いを受け取った最後の一撃として。

 その一撃の正体こそ、アージ自身。
 左手に【アンフェルジィ長槍】を、右手に【グダンガラム剛槌】を握り締め。
 螺旋に伴い超回転しながら、竜巻の中心より突撃してきたのだ。

 竜巻をマヴォに託し、己の身そのものを決死の一撃と化したのである。

 その姿はまるで弾丸。
 それも電磁砲レールカノンの如く、磁場たる雷光をその身に纏わせて。
 更にエクィオ達の助力が狙撃銃ライフル延長砲塔ロングバレルの役目をも果たす。
 そうして生まれた威力は、全ての攻撃を一点集約させたに等しい。

 その様な弾丸と化したアージが長槍を力の限りに振り絞り、投げ付けて。
 間も無く、光一閃と化した槍が壁の真芯へと打ち当たり。
 直後、剛槌を突き出してアージ自身が、壁へと、槍へと向けて突撃していく。

 破槌一貫。 

 壁へと突き立てられた槍の柄先に槌を打つ。
 全ての力を真芯へと注ぎ込んで。

ビギギッ!!

 その瞬間、壁に亀裂が走る。
 光を孕んだ道筋が、槍先から急激に広がる様にして。

バッキャァァァーーーンッ!!

 途端、その場に炸裂音が。
 だが砕けたのは壁では無い。
 マヴォの誓いを貫いた長槍が。
 アージの覚悟を打った剛槌が。
 瞬時にして、跡形も無く砕け散ったのである。



 だが、それでも砕けていないものがある。



「かあああーーーーーーッッッ!!!!」

 それはアージの拳。
 この拳だけは絶対に砕けない。
 マヴォと、エクィオと、ピューリーの想いを託されたこの拳だけは。

 その拳が今、亀裂の中心を穿つ。
 何物をも超える強度と力を伴って。

 例え白迅甲が砕け散ろうとも。
 骨が、筋肉が、血管が軋みを上げようとも。
 その一撃全てに諦めは無い。

 平和を願う、その意志をも貫く為に。



 今、立ちはだかる壁をも貫き砕く。



ガッシャァァァーーーーーーンッッッ!!!!!



 遂に壁が破砕する。
 四人の力が集約された一撃によって。
 そして破片が舞い散って、その隙間からマドパージェの真の姿が露わに。

 そこに居たのは、とても人とは思えぬ形相の者。
 ただれて燻った鱗を纏う、青黒く醜い顔を持った魔者だった。
 それが余りの出来事に怯み、その身を引かせる姿を遂に曝け出す。

「これで終わりだ―――ッ!?」

 しかしそんな者へとアージが拳を振り上げた時、垣間見る事となる。
 マドパージェの予想もし得ないその仕草を。

 笑っていた。
 それも嘲笑ではなく、とても穏やかな笑顔で。
 それだけに留まらず、胸を曝け出す様に大手を拡げていたのだ。

 まるで最期の攻撃を自ら受け入れるかの様に。

 その姿を見た時、アージはどうしただろうか。
 きっと以前ならば躊躇しただろう。
 迷い、戸惑い、力を弱めただろう。

 でも今はもう、止まる事は無かった。

 それは決して容赦しないという訳ではない。
 だからといって、仲間の意思を尊重した訳でも無い。
 マドパージェの意思をも飲み込み、その上で決断したのだ。

 「これでよいのだ」と。



ゴッシャアッッッ!!!!!










 ―――激戦が終わりを告げる。
 意思無き風切り音を耳にする事で。

 戦場だったこの場は既に、嵐の余韻さえ消え失せた。
 残ったのは力を振り絞った戦士達と、彼等を祝福するかの様に纏う冷たい風。
 後は、全てが終わった事の証たる青の血溜まりだけか。

「兄者、終わったのか?」

「ああ、【諦唯】と名乗った奴はもう居ない。 俺達の勝利だ」

 しかし不思議とアージの顔は優れない。
 戦いに勝った事への喜びも、どこかに消えて。
 今はただ、青の血溜まりへと想いを馳せる姿が。

「もしかしたら、彼女もまたアルトラン・ネメシスの被害者だったのかもしれん。 死すら叶わず、意思さえ捻じ曲げられて、希望さえ抱けなかったのだろう」

「何かを見たのか?」

「ああ。 ハッキリとな」

 あの最後の瞬間に、アージは声を聴いていた。
 音では無い、心の声を。
 「ありがとう」という、澄んで心に響く声を。

 その真意も理由もアージにはわからない。
 でも、間違い無くそんな声があって、彼女は死を受け入れた。
 それこそが彼女自身の真に望む願いだったのだろう。

 だからこそこうして今、アージは嘆いている。
 殺すしか道が無かった、その運命に。
 かつて中国で倒したミョーレへと向けた想いと同様にして。

「だが俺は奴の事を何も知らん。 だから想っている事はただの憶測でしかない。 これ以上考える必要は無いだろう」

 ただ、今となってはもう一方的な想いに過ぎない。
 その心を語る存在はもう居ない、誰も真実を語ってはくれないのだから。

「俺達は勝利した。 今はそれだけでいい。 ありがとう、心の弱い俺に力を貸してくれて」

 なら今は讃えよう。
 今ここに居る者達を。
 最後の一撃の為に力を託してくれた仲間を。
 それがアージに出来る精一杯の事だから。

「そうだな。 だが一つ訂正させてもらうぞ兄者よ」

「ぬ?」

 けれどそんな感謝にマヴォが首を振る。
 ふと気付けば、その背後に居たエクィオも。

 そんな仕草に、アージも思わず首を傾げていて。
 これには〝何か間違った事を言ったのか〟と疑ってならない。

 そう、間違いだ。
 自身の事だからこそ気付けない間違いが、確かにそこにあったのだ。



「兄者は心が弱いのではない。 優しいだけだ。 戦いに向かないくらいにな」



 他者の言葉・行いを前にして、自らの考えを変える事は決して弱さではない。
 それは他者の事を想えば、意思を変える事も厭わないという広い心があるからこそ。

 逆に自我が強ければ、他者の声など受け入れないだろう。
 己の考えだけを盲信し、時には愚行と気付かず突き進む事さえある。
 それは他者への愛、優しさがあるとは到底言えない事だ。

 でもアージはその優しさを誰よりも強く持っている。
 いつも他者を想い、戦いの無い世界を願い、師の志をも全うしようとした。
 常々自分の為では無く、他者の為に動こうとしていたのだ。
 普通の者なら早々出来る事ではないだろう。

 そんなアージの姿を、マヴォもエクィオも、きっとピューリーも観ていたから。
 だからこそ信頼し、否定出来るのだ。
 〝アージは決して弱くは無い〟のだと。

 ただ本人が強気で居るから言えなかっただけで。
 今、己の弱さを認めたからこそ、その弱さを否定する。

 その弱さを繕っていたものこそ、優しさなのだから。

「そうか、戦いに向かないほど優しいか……フッ、そうかもしれんな。 なら、全ての戦いが終わったらいっそ畑仕事でも始めてしまうか。 その方がずっと気軽そうだ」

「ええ、アージさんならきっとその方がいいかもしれません。 その時は僕も弟達と一緒に混ざりたいものですよ」

「そんな姿、想像もつかねーけどな! にひひっ!」

 その心も受け入れ、己を知る。
 そしてまた、人は強くなる。

 アージは今、また一つ強くなった。
 戦いに向かないという己の優しさに気付いたから。
 だからこそ夢が生まれ、希望が生まれる。

 戦いに勝利したその先の夢を、追う事が出来るのだ。



 その希望こそが未来へと繋がる。
 邪神を打ち砕く力にも繋がる。

 故に抱こう。
 自身の未来への希望を。
 それがいつか、多くの他者への希望やさしさともなるだろうから。


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