時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~戦略は既に始まっている~

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「勇殿、お見事!」

 櫓に戻った勇をミゴの称賛が出迎える。
 何せ瞬時に二人も仕留めたのだから。
 残る敵はロゴウを含めて六人、この調子なら戦いの終結もそう遠くは無いだろう。

 ただ勇自身は余り浮かれてはいない様だが。

「けどロゴウはやれてない。 風向きの読みが少し甘かった!」

 今の成果も勇にはどうやら不服な様子で。

 ロゴウを倒せばその時点で戦いは終わりチェックメイト
 側近が消えるかどうかはわからないが、少なくとも統制は崩れるだろう。
 だからこそロゴウを狙ったつもりだったのだが、それは叶わなくて。

 やはり風などを読み切れても、不意な変化には対応出来ない様だ。

 そんな勇が鋭い視線を彼方に向ければ、その先では小さな爆発が。
 どうやら不意な変化とは、他でもない身内が起こしたものだったらしい。

 そう、勇達の誇るもう片翼もが戦闘を開始していたのだ。



ドゥンッ!!
ドドゥンッ!!



 空に籠った炸裂音が響き渡る。
 盛る爆炎から火花を撒き散らして。

 ちゃなの爆炎である。

 恐らく痺れを切らして得意な攻撃を仕掛けてしまっているのだろう。
 禁止行動としていたのだが、そうとも言っていられない状況の様で。

 というのも、敵側近二人からの襲撃を受けていたのだから。

「おのれぃ!!」

 ボウジが先頭を切って回避行動をしてみせているのだが。
 やはり重しがあって自由には戦えない。
 おまけにちゃなの砲撃による大気の乱れが翼を煽り、姿勢を保つのでやっとで。

 お陰で櫓も常にグラグラと揺れ続け、不安定が続いている。
 ちゃなもそうして傾いた櫓に片手で掴まり、必死に応戦を続けるという。

「ううーっ!!」

 悪循環に陥っているのだ。
 それだけ敵側近達の動きが素速い為に。

 やはり一筋縄ではいかない相手の様で。
 ロゴウを攻めれば守りに入ると踏んでいたのだが、そう上手くもいかないらしい。
 守りに入らず最低限の戦力で敵の力を削ぐ。
 そのスタンスは気質と同じく実に攻撃的だ。

 こうなれば例えドローンが防御に入ろうとも、一時的なものでしかない。
 すぐさま破壊され、道が拓ければ再びボウジ達に襲い掛かるという。
 でもちゃなには襲い掛かろうとはしない。
 叩き落せばそれだけで終わると踏んでいるからだ。
 炎弾を向けられても空なら容易に当てられはしないからこそ。

「クゥアッ!! ボウジィ!! 貴様ら腑抜けがよくもぬけぬけとォ!!」

「腑抜けてはおらぬ!! 志が違うだけよ!! 只戦う事のみを願うおぬし達とは求める世界が違うのだッ!!」

「小僧がッ!! 言う事だけは立派なものだあッ!!」

 するとたちまち、ボウジ 対 側近二人という構図が生まれる事に。
 先頭さえ落とせば櫓は落ちる、そう踏んだからこその戦いだ。

 例え魔者同士とはいえ障壁は働く。
 なので武器を持たないボウジには側近達を退ける力は無い。

 だが敵には武器がある。
 魔剣では無くとも魔者に通用する特別な武器が。

 側近の一人が持っていたのは身長の三倍をもあろう長棒。
 【カラクラ族】の前衛主力武器とも言える空戦用木製棍棒だ。
 命力が籠め易く、相手が魔者であろうと通用する自慢の一品と言えよう。

 もしそんな武器で羽ばたきを妨げられれば失速は免れないだろう。
 だとすれば重しを抱えるボウジの圧倒的不利は否めない。

「ボウジさんっ!! このお!!」

「ちゃな殿ならぬッ!! 炎弾はならぬゥ!!」

「ううッ!?」

 しかもちゃなには援護射撃さえ出来ないという。
 もし撃ち込めば側近を纏めて焼けるが、ボウジも無事でも済まされないから。

 力の責任は大きい。
 その事をつい最近知ったちゃなだからこそ、たちまち躊躇いが生まれる事に。
 どうやら頭に血が上っていた事にようやく気付いた様だ。

「でも、でもどうしたらっ!!」

 炎弾がなければ今のちゃなに成す術は無い。
 空気弾も無意味で、他の攻撃も反動が大き過ぎる。
 それに今の不安定な状態では何をしようと身を危険に晒すだけで。

 つまり八方塞がりだ。
 ボウジが嬲られているのを眺める事しか出来ない程に。

 だがその状況を黙っていられない者が一人居た。

「おのれぇい! ボウジ殿を愚弄するかぁ!!」

 なんとライゴが飛び上がっていたのだ。
 それも己の役目を放棄し、櫓に繋げたワイヤーをも切り離して。

 元々直情的な性格という事もあったからだろう。
 仲間の苦戦に、見て見ぬふり出来なかったのかもしれない。

 ただそれは同時にちゃなの乗る櫓が更なる不安定へと導かれる事となるが。

「ならんライゴォ!! 持ち場に戻れィ!!」

 ムベイがそう声で制するもライゴは止まらない。
 たちまち側近二人へと襲い掛かり、その背その翼に鉤爪を掛ける姿が。

「うあああっ!!」

 その最中にもちゃなが櫓の中を滑る。
 辛うじてふちに足と手を使って掴まるも、もう攻撃どころではない状態だ。
 ライゴが離れた事で、櫓がほぼほぼぶら下がる様な形となってしまったが故に。

 命綱はあるから櫓から落ちる危険はまだ無い。
 しかし足場が乏しいという不安がちゃなの恐怖心を煽りに煽る。

 まさしく危機的状況である。
 勇達側の優位的状況とは打って変わって。



 いや違う。
 これこそがロゴウ達の目論見通りなのだ。
 想定外の攻撃をも見計らっての―――敵分散作戦だったのである。



「いかんッ!! ちゃな殿がッ!!」

「行かせはせぬッ!! 貴様等の戦力は今ここで削ぎ落させてもらうッ!!」

「くッそおーーーッ!!」

 一方の勇達はロゴウ達に阻まれ、ちゃな達に近づく事さえ許されないでいる。
 下手に動けば炎弾の餌食に、ドローンも補充が間に合っていない。

 物量でも力でも覆せない状況が今ここに。
 たった今、勇達の隠れた不安要素がとうとう露呈する。



 これこそが知恵だ。
 戦いの経験が生んだ知恵こそが今、戦場を支配している。

 戦況逆転、それを成したものこそ―――戦略。
 戦術よりも更に上を見据えた行動論理である。



 それを巧みに操るロゴウは紛れも無く強敵。
 例え人数で戦力で劣ろうとも、その知恵は全てを幾度と無く覆すだろう。


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