時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第十節「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」

~翼を失いし者の末路は~

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 ロゴウの敷いた作戦が勇達を翻弄する。
 風上を求めるあまり勇達とちゃな達が分断されてしまったのだ。
 しかもちゃなの身が窮地へと陥る事に。
 ライゴの暴走がちゃなを更なる危険へと晒したのである。

 しかし勇達が近づく事は叶わない。
 ロゴウ達が徹底して進路を塞ぎ、行く手を阻んでいるからだ。
 おまけに魔剣の砲撃も有り、迂回する事さえままならないという。

 故に今、ちゃなを支えているのはボウジとムベイのみ。
 そのボウジも二人の側近と戦闘中で、櫓は今とても不安定な状態に。
 ムベイが必死に翼を仰いで踏ん張っているが、このままではとても持ちそうにも無い。

『田中さんッ!! 砲撃よりもまずは落ちない事を優先するんだッ!! すぐ助けに行くからッ!!』

「わっ、わかりましたっ!」

 ちゃなが言われるがまま必死に櫓へとしがみつき、身動きを止める。
 少しでも揺れを抑え、ボウジ達の負担を減らす為だ。
 本当はきっと泣き出したい程に怖いはずで。
 それでも耐えられているのは、彼女もまた魔剣使いとして心が強くなっているから。

 ボウジ達が頑張っている以上、泣き言など言っていられないのだと。

「クゥアーーーッ!!」

「けぇえい!! 新兵如きがイキリおって、この未熟者めェ!!」

「んがッ!?」

 一方飛び出したライゴはと言えば、決して役に立っているとは言えない。
 側近一人の持つ棍棒に押され、遂には叩き伏せられるという。

 やはり相手は元、歴戦の精鋭。
 つい最近に偶然精鋭に選ばれたばかりのライゴとは訳が違う。
 その力も、技術も、度量も、その意気込みさえも。

 故にたちまち風に煽られるがまま地上へとまっさかさまに落ちていく。
 余りにも情けない姿だ。

 でももはやライゴを気にしていられる程ボウジ達に余裕は無い。
 むしろその隙にと、体勢を立て直す為の離脱を果たす。
 それでも側近達はなお追い立ててきてはいるが。

「ちゃな殿ッ!! 今であるッ!!」

「ううーっ!? だ、駄目ですッ!! 撃てませんッ!!」

「ぐぅう!!」

 離脱を果たした今ならなんとか炎弾もどうにかなるかもしれない。
 ボウジはそう踏んで決死の覚悟で叫んだのだが。

 だがやはりライゴの抜けた穴は大きかったらしい。

 櫓が水平を保てないのだ。
 それどころか風に煽られ、支えの無い片後部がバタバタと動き続けている。
 ちゃなの体重など全く影響も及ぼさない程に激しく強く。

 だからもはや砲撃どころではない。
 まさしく勇に言われた通り掴まっている―――事しか出来ないでいる。
 それでも少しでも力を緩ませれば飛ばされてしまいそうな程だ。

 その様な中であろうと敵は容赦しない。
 囲う様にして巧みに近づき、ボウジ達の進路を妨げる姿が。

「ボウジィ!! いい加減諦めたらどうだァ!!」

「いっそそやつを棄てて我々に付けェ! さすれば誉れ高き武勲ともなろうッ!!」

「ならぬ、ならぬならぬゥ!! そんな、そんな武勲など―――主を、仲間を見捨てての武勲など恥もいい所だあッ!!」

「「ッ!?」」

 そうであろうとボウジは諦めない。
 何が有ろうと、己の誓いに掛けて。

 ジョゾウが勇との主の誓いを交わした時、ボウジも誓ったのだ。
 主達と共にこの戦いを乗り切り、争い無き世界の為に尽力を尽くそうと。
 いつかジョゾウと誓った事を実現する為に。

 共に諦める事無く穏やかなる未来を迎えよう、と。

「その為にもッ!! 乗り越えなければならぬモノがあるッ!! 其方達と言うーーーッ!!」

「うおおッ!?」

 その意地が、覚悟が、迫る側近の翼を捉えた。
 接近してきた側近の羽ばたく翼をその足で捕えたのである。

 しかもその手に、櫓を結ぶワイヤーを掴んだままに。

「けぇああッ!!」

「おッごおげッ!?」

 余りにも一瞬の事だった。
 その一瞬でボウジがその側近を足蹴にしては飛び上がり。
 あろう事かそのワイヤーを―――側近の首へと回す。

ビヂヂッ!!

 なれば櫓の重量で、たちまちワイヤーが側近の首を絞める事に。

 当然このワイヤーはただの紐ではない。
 ダイヤモンドコーティングを施した超鋼ピアノ結線だ。
 なれば魔者であろうと生身の手では断ち切る事などほぼ不可能。

 おまけにボウジが命力を籠めさえすれば―――



バズンッッッ!!!!



 たちまち、側近一人の首が宙を舞う事となる。
 暗殺者も真っ青の早業が今ここに。



「バ、バカなあッ!? あのハナタレボウジがッ!?」

「これが覚悟だッ!! 戦いとおッ、友への誓いが儂を変えたあッ!! 」

 しかも加えて短刀を抜き出し、残った側近へと投げ付ける。
 奇しくもそれは当たらなかったが、牽制を掛けるには充分だったらしい。

 その気迫が退けていたのだ。
 得意げに棍棒を奮っていたはずの相手を大きく。

「今だムベイ! 後方のワイヤーを取り、バランスを整えいッ!!」

「応!!」

「ちゃな殿もしばし耐えられよ!」

「は、はいッ!!」

 ボウジの執念はかつての精鋭さえも退ける程に凄まじく。
 お陰で櫓を整える時間すら得る事となる。

 となれば、反撃さえも可能となるだろう。

「後方準備ヨォシ!!」

「こ、これなら!」

 完璧とは言えないが、立ち上がる事が出来る程には支えが戻った。
 ならばと、ちゃなが櫓からその手を離して魔剣を構える。
 残ったもう一人の側近を狙い撃つ為に。

 遠く離れただった側近を。

「ッ!? まさか―――いかん、ちゃな殿ォ!!」

「えっ?」

 それは明らかに意図的で。
 少なくともボウジにはそう見えていたのだ。

 しかしそれは図らずとも正しかったのだろう。



 何故ならば、炎弾が今まさにちゃな達へと向けて飛び込んできていたのだから。



 そう、ロゴウからの魔剣による一発である。
 側近の離れる事が合図となり、援護射撃が放たれていたのだ。
 
 余りにも唐突だった。
 気付けばもう、すぐそこまで飛んで来ていた。
 唖然と立ち尽くすちゃなの元へと向けて。

「「ちゃな殿ォォォ!!」」

 その叫びは届かない。
 咄嗟に動いても間に合わない。
 そんな絶望がボウジとムベイを襲う中―――遂にそれは起きる。



ドッゴォォォーーーーーーンッッッ!!!!



 何もかもを焼き尽くさんばかりの凄まじい爆発が。
 それも空中で、無数の火の粉を撒き散らす程に激しく。

 ただ、それはちゃなの下で爆発した訳では無い。

 ちゃなが咄嗟に迎撃していたのだ。
 炎弾そのものを狙い撃ちした事によっての相殺である。

 だがその影響は決して少ないとは言えなかった。

 たちまち爆風がちゃなやボウジ達を強く煽り。
 それだけに留まらず、高熱を伴った黒煙が包み込む事に。
 二つの炎弾による爆発だったが故に、その影響は計り知れない。

 ボウジが、ムベイが煙に巻かれて失速し。
 櫓が焼かれ、ぐるりと回る程に煽られて。
 遂にはちゃなが櫓から放り投げられる事に。

 なんとか飛行を持ち直す事には成功したが、状況は非常に不味い。
 櫓が逆さまとなり、ちゃなが命綱だけでぶら下がっている状態で。
 気は取り留めているが、煙を吸い込んだ事でとても苦しそうだ。

「ま、待っておれ、今立て直す!」

 それでもボウジ達が諦めずに翼を仰いで櫓を支えようとする。
 その煤だらけとなった翼で必死に。

 しかし彼等はまだこの時気付いてなかった。
 先程の延焼現象が予想を越えた被害をもたらしていたという事に。



ジ、ジジ……ブツツッ!!



 そう音を立てていたのは―――なんとちゃなの命綱。
 先程の爆炎によって、あろう事か燃え縮れていたのだ。

 そして強風が再び彼女達を煽った時、恐れた事態がとうとう現実となる。



 ちゃなが、落ちたのだ。

 唯一の救いだった命綱が切れて。
 ただその眼を天へと向けたままに。
 ボウジが、ムベイが差し出した手が届く事も無く。



「ちゃな殿ォォォーーーーーーッッ!!!」



 それからはただただ必死だった。
 ボウジもムベイも咄嗟にワイヤーを取り外して。
 屑となった櫓さえも蹴り飛ばし、落ちたちゃなを追う。
 
 追い付けるかどうかなどわからない。
 追い付けた所で支えられるかもわからない。
 それでも追わなければならないと思ったから。

 今日この日までに共に過ごした仲間をなんとしてでも救う為に。

 ボウジやムベイは確かに抱いていたのだ。
 共に居てくれようとしたちゃなへの恩情と友情を。
 魔者であろうと分け隔てなく見せてくれた笑顔への感謝を。

 そこにもはや種族の壁など無い。

 心から救いたいと願うその想いには決して。










 一方その頃、中継移動基地では―――

 ちゃなが落下した事は下にも既に伝わっている。
 その上でなんとかしようとしたのだが。

「田中氏落下! 現在の高度不明!! ボウジ氏とムベイ氏が追っている模様!」
「ドローン各機! 彼女の落下を阻止するんだッ!!」
「ダメです! ドローンの機動力では追い付けませんッ!!」
「くそおおおーーーーーーッッ!!!」

 しかしその結果は散々で。
 遠隔操作である事が仇となり、全員がちゃなを見失ったのだ。

 座標はわかるが高さまではわからない。
 それでは例え助けに行こうとも触れる事さえ叶わないだろう。
 目を瞑りながらどこからか落ちて来る物を掬えと言っている様なものなのだから。

ドゴォンッ!!

 たちまち杉浦がその拳で机をへこませる程に叩き付ける。
 それ程までのやり場の無い怒りに囚われていたが故に。

「何としてでも救い出せッ!! 何があろうともおッ!!」
「「「了ッ!!」」」

 手が無いのは誰しもわかっていた。
 自由落下する物を捉える事など現実的に不可能なのだと。

 それでも誰もが諦められないから。
 助ける事が任務であり使命だからこそ。
 一丸となって必死に、落ちたちゃなを追う。

 まだ希望を失う訳にはいかないのだと。

―――すまん藤咲君、あれ程誇っていたのにこのザマとは……!―――

 その傍らで杉浦がただただ拳を握り締める。
 怒りと悔しさと、そして自身の不甲斐無さで。



 そして今は祈ろう。
 ちゃなの無事を。
 ボウジとムベイが救出してくれる事を。

 今はただそれだけしか、無力な杉浦に出来る事は無いのだから。


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