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12.父娘の賭け
しおりを挟む父親から手紙が来た。内容はそろそろ婚約者を決めろということだった。
すぐに好きな人がいるのだと返事を送ったが、返ってきたのは婚約者を選ぶパーティーの招待状をすでに送ってしまっていることと、知らない男との婚約は認めないということが書かれた手紙だった。
「お父様の……バカ……」
手紙を読んで泣きたくなったが、ここで泣いてもどうにもならないことくらいはわかっている。
レイモンドと婚約をするために一番邪魔なのは父だ。しかし、送られてきた手紙から、父の知る相手ならば婚約を認めてもらえるのだ。レイモンドは侯爵家であるため、名前くらいは聞いたことがあるはず。加えて顔を知っていれば、それはもう知り合いと認識してもいいだろう。
ステラは父と賭けをすることにした。
婚約者を選ぶパーティーには出席する。そこで想い人がパーティーに来なければ諦めてパーティーに出席した人の中から婚約者を選ぶが、もし想い人がパーティーに来た場合、その人との婚約を認めるように、と。
レイモンドの名前を伏せたのは、爵位が上の相手だと確実に反対されるからだ。爵位が高いといらない苦労をするぞ、というのが父親の口癖だった。
賭けをしようという手紙の返事に書いてあったのは、パーティーのことはその想い人に言ってはならないという条件を付け加えたうえでなら認めるというものだった。なんなら乱入しても謝罪はいらないとさえ書いてある。
ステラはすぐに了承の返事を送った。
さすがに自分の婚約者を選ぶパーティーに乱入してくれとは頼めないし、頼むつもりもない。あくまでも第三者からの情報を得て、レイモンドに判断して欲しかった。
もしパーティーにレイモンドが来なかったら、という不安がないわけではないが、ステラはレイモンドが自分を好きだと言ったその想いを信じることにしたのだ。
(パーティーの件をレイモンド様に伝えるのはメイルに頼もう)
そして、パーティー当日。
ステラは使用人に身を清められ、着付けをされていた。ドレスの色は自身の瞳と同じエメラルドグリーンを基調としたものだ。
——どうせならあの人の瞳と同じ色が良かった。
「なんて本人がいないから言えるのよね」
「お嬢様? どうなさいました?」
「いいえ、なんでもないわ」
レイモンドは来てくれるだろうか、という疑問が過ぎったが、頭を振ることで打ち消した。
パーティーに乱入してほしいという条件を呑んだのも、レイモンドに直接言わなくてよくなるからだ。もし、レイモンドから直接パーティーには行かないと言われたらと考えて、怖気ついていたのかもしれない。
「娘はつい先日18になりました。こちらが娘です」
父の紹介でステラは礼をとり、パーティーに集まったことへの感謝を述べた。
今からは出席者と会話をするだけの時間なのだろう。これから退屈な時間が始まることを想像して、ステラはため息を吐きたくなった。
「ステラ嬢!」
耳慣れた、好きな人の声が聞こえた。
ぱっと声の方を向けば、そこにいるのはレイモンド・アンカーだった。
「レイモンド様!」
レイモンドがこの場にいることへの驚き、そして来てくれたことへの喜びと安心がごちゃ混ぜになってステラの心を支配する。
自分でもよくわかっていないうちにレイモンドに手を引かれて肩に手を置かれる。その支えるような大きな手に、ステラの無駄に入っていた体の力が抜けた。
「ステラ嬢は俺がもらいます! 謝罪はまた後日に!」
「は⁉︎ ちょ、待ちなさい!」
父親の引き止める声を無視して、レイモンドはステラの手を引いて走り出した。
「急に連れ出してごめん。でも、今日君が婚約者を決めると聞いて、我慢できなかったんだ」
レイモンドは口では謝っているが、その声は全く後悔などしていないと、自分の行動は正しかったとでも言うようにいつもと変わりなかった。
「……俺は悪いやつになってしまったな」
少しだけ後ろを振り返りながら微笑んだその顔に、ステラは胸が高鳴った。そして気づいた。
(レイモンド様は、パーティーに乱入したことを悪いとは思っていてもそれを後悔なんてしていないんだわ。……私を連れ出したことを後悔していない)
連れ出された時は驚いたが、レイモンドとなら悪くない。どこへだって行けそうだ。
「ステラ嬢。伯爵には後日謝罪に向かうよ。そう伝えておいてくれないか?」
「いいえ、その必要はありません」
「え?」
「父は、知っていましたから」
それに、手紙にも謝罪はいらないと書いていましたしね。
「レイモンド様、学園に戻りましょう?」
レイモンドの手を離したステラは、振り返って微笑みながら言った。
すると、レイモンドが慌ててステラの手を取ってきた。その必死な顔がおかしくて、なぜそんな行動に出たのかがわからなくてステラは少しだけ笑った。
(やっぱりレイモンド様は可愛い人ね)
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