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第29話 別離
しおりを挟むさやかの母親、佐藤トヨコは、うつ病の母親を持ち、妹二人ばかりを可愛がる父親の環境で、母親に代わって家事や社宅の大人とも付き合ってきた。
だから、社会人になり自分を認めてくれる誰か愛してくれる誰かがいれば、誰でも良かった。
そうずっと思っていた。思い込んでいた。再婚相手の佐藤カツヤから離婚を告げられるまで。
「妻が、うつ病がよくなって1人でパートをしながら暮らしていて、支えたいんだ、だから」
だから、離婚して欲しい。
トヨコは、さやかの父親と離婚してまで佐藤と再婚し、ミタカという息子とトヨコを頼ってくれるその妻エリを得たのだ。
さやかが幼稚園の時に、癌に罹り、それでも働き、トヨコがあまり話さないさやかの事で悩んで相談していた時に、幼稚園の事務員をしていた佐藤カツヤに出逢い、不倫をし再婚までした。
親族関係が、縁遠いさやかの父親で元夫が入院していた病院から、危篤状態だと連絡が入っても、病院でする手配の送金だけ済ませ、病院名を書いたメモを電話の横に放った。
あとで、そのメモと一緒に1日友達の所へ行くと言ったさやかが、元夫の病院へ行ったことも薄々、トヨコは知っている。
知っていたのに、トヨコは普段どおりの顔で再婚相手の夫と息子のミタカのお弁当を作り、さやかを小学校に送り出した。
怖かったのだ。真実をミルノガ。
私は、再婚して再出発をして、上手くいっているとオモイコミタカッタ。
夫である佐藤カツヤの元の妻がトヨコとの再婚で、重いうつ病になり入院にいたって、息子のミタカが、表面はニコニコしているが、カツヤとトヨコを冷めきった目で見る事がある事も、自分の娘のさやかとすら上手くいかない事も、妹二人が幸せな家庭を築いている事も。
本当は、全部知っていたのに、怖くてトヨコは目をそむけた。
何より、それでも自分が捨てた元夫の土屋トヤマが最期まで自分を愛して、さやかを愛してくれていた事から目をそらした醜い最低な自分を見るのが怖かったのだ。
その全部を佐藤からの離婚を告げられ、突きつけられた。
「ま、待ってよ。私とミタカとさやか、それにエリさんはどうするのよ!」
まるで、親から見捨てられた子供のような拙い言葉がトヨコの口から出た。
「ミタカは、エリさんと離婚する話を進めているし、さやかちゃんだって石田さんと結婚して立派な大人だから、心配ない。ミタカも母親と暮らしたいそうだ・・・」
佐藤カツヤは、出会った頃より老け込んで、光の入るリビングのテーブルで向き合うと、顔のシワがいっそう目立つ。
私は、いつからこの人の顔をまともに見ていなかったのだろう。
愕然としているトヨコの頭の思考は停止し、それしか考えられなかった。
社宅から憧れていた戸建に、家族、息子夫婦、全部を手に入れた気になっていた。
「ちゃんと、慰謝料も払う。離婚後の君の生活費もわずかたがだす。すまない」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ!
トヨコの心と体は凍りついたまま、ガラガラと崩れていった。
その後、放心状態で娘のさやかに電話した気がするが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「お母さんの選んだ道に、私はもういないの」
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