兄に恋した

桜海 ゆう

文字の大きさ
30 / 44

第30話 天国

しおりを挟む

   「お母さんの選んだ道に、私はもういないの」

   母親から突然電話がきたと思ったら、再婚相手の佐藤と離婚する、私はどうしたらいいのかと騒ぎ立て一方的な話をされた後、さやかは自分の口から出た言葉が意外で驚いた。


   母親が、無言になったらさやかは無言で静かに電話を切った。

   日曜日の夕方、呆然と電話を切ったさやかはスマホを持ったままリビングに立っていた。

  「お母すん?」
  リビングのソファーで、石田の膝の上で今流行りのアニメを見ていた娘の華が、2才にして心配そうな顔をして見てきた。

   石田が、冷めきった目をした。
「さやかは、気にすんな。またお母さんの勝手だろ?華、おかあさんは大丈夫だよ、おとうさんがついてるだろ?」

  石田が、華をあやすと華はきゃっきゃと笑いだしてさやかは、ほっとした。

  華まで、私の人生を巻き込みたくない、背負いさせたくない。さやかが一心に想う事だ。

  「ないてる。お母すん、どこか、いたいいた?」

   華の言葉で、さやかは初めて自分が涙を流していることに気がついた。

  


   さやかは華が、「さ」を言えずに「す」と発音してしまう事に陰で母親とミタカの妻エリが華は脳に障害があるのじゃないかと笑いながら話しているのを、たまたま実家に帰った時に聞いていた。

   さやかは、酷く傷ついた。


   独りでひどく悩んでいたさやかに、 顔馴染みの保健師の華を可愛がってくれる年配の女性が、言葉を覚えるのは子供でも個人差があるからと教えてくれた。


   石田にも相談すると、いつものようにひょうひょうとして微笑んだ。

   「例え、華がそうだとしても、俺は父親として華が可愛い事に変わらないし、さやかと一緒に育てていくよ」
   と笑う。

  さやかにとっても、華が言葉を覚えるのが遅くても、例え障害があっても、華はさやかにとっての可愛い娘に変わらない。

   ただ、実の祖母であるさやかのさやかの母親とミタカの妻エリに嘲笑われた事に傷ついたのだ。

  
  さやかの涙が、今までのどろどろした気持ちを吐き出しながら流れ落ちる。

 
「おかあさん!どっかいたいいたいの?」
  華が泣き出しそうな顔で駆け出して、さやかの右足をぎゅっと抱きしめてきた。

  石田が、ゆっくりその後を歩きながら、華を真ん中にはさんだまま、さやかを抱きしめた。

   長身の石田の体は、さやかも華もすっぽり包み込む。

  「どうしよう、わたし、お母さんが大嫌いだ、私、華とヨウタと死んだお父さんが大好きだ」

    すすり泣き出したさやかを、ヨウタがきつく抱きしめた。

  「はなも、おかあさん、だいすきだよおお」
  いつの間にか、華が「す」を「さ」と言いながら泣き叫んでいた。

   ああ、私は、許されていいのだ。

    救われていいのだ。別に生きている実の母親を嫌いで、死んだ父親を好きなままでいいのだ。

   崩れおちるように、さやかはしゃがみながら泣いている華を抱きしめた。石田もそのまま、しゃがみながら華とさやかを抱きしめた。

  「ほんと、さやかは、めんどくさいな、ははっ」

   初めてさやかと石田ヨウタが話した時のように、石田は笑った。


  さやかは、自分が死んだ父親に、石田に、華に愛されていること、愛していること、生きている実母とミタカの妻エリが大嫌いなこと、全てを自分にゆるせた。

  いつの間にか、リビングの窓から差し込みだした夕日がオレンジ色にさやかと華と石田を染めた。

  ああ、最期に父親と別れた時のオレンジだ。

   さやかは、華をきつく抱きしめた。失くさないように、誰に何を言われても守れるように。

   石田が、大きな体と手でさやかと華を優しく抱きしめ続ける。

  夕日のオレンジ色は、太陽が沈むほど燃えるように濃くなり、3人を包み込む。

     それは、まるでその場所に独りで死んでいったさやかの父親がいるような、綺麗な天国のようなオレンジ色だった。


      天国は、ここにある。

 








  



  

   
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...