兄に恋した

桜海 ゆう

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第36話 家族

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 「あっ」
   都内の総合病院の精神科の診察が終わり、受付で精算をしていたトモコは、横にいた人物を見て、思わず声に出してしまった。

  
   中学生の時に、男の子より女の子が好きだと両親に告白後、父親からお前は病気なんだと、この総合病院の精神科に連れていかれた。

   だが、「性同一性障害」の診断をされ、ショックを受けたのがトモコより父親の方だった。

    理解ある母親と、父親は、時間の経過と共に、トモコが笑えばどんな人生でも良いと受け入れてくれた。


   担当医とも相性が合い、中学生から社会人になった今もトモコは、通院している。

  
     初恋は、今は友人としての付き合いだが、さやかに変わりはない。パートナーの女性とは大学時代から同棲を始めて、28歳になる今も一緒に暮らし、お互い、生涯を共にするつもりだ。

 
   「性同一性障害」は専門家の間では「性別違和症候群」、「性別違和」と呼ばれる。

     
   社会人になり、貯金をして性転換手術を望んでいたトモコだが、現在働いている会社で部長まで任されたため、会社には内密に自分の通院の話をしているが、同僚や部下や取引先の手前、少しの間は、この女性としての体で生きていく事を決めた。

   「ええっ?お母さん、トモコが男の子でもいいのにぃ!さやかちゃんと華ちゃん、石田君から略奪しちゃいなさいよ!あははっ」
  娘のトモコから観ても、変わり者の母親は中学時代に同級生だった、さやかの旦那の石田とトモコが、「試しに」トモコから付き合ってもらった事を知っている。

    
   さやかと華とも会っている母親は、やたら二人を可愛がる。

     トモコが「性同一性障害」と分かった後でも、トモコはトモコで良いと言ってくれる母親だが、どこかでは、自分の娘の子供、孫が見たかったのは、正直な親心だと、トモコは理解している。

    さやかの娘の華は、いくらでも可愛がれるが、トモコとパートナーは子供が好きではないため、子供の養子も考えていない。

    
    実家の母親から嫌悪されているさやかを毎年お正月にトモコの実家に招く。

    
     トモコの両親とパートナー、さやかと夫の石田、娘の華という、ちぐはぐな集まりだが、華を中心に2日はみんなでトモコの実家に泊まり、騒ぐ。

     そんな毎年が続いた、ある年の瀬にさやかの母親と再婚相手の離婚とミタカと妻エリの離婚の報告をさやかの口から聞いた。

    
    総合病院の受付で精算しているトモコの横にいたのは、まぎれもないミタカの母親のヨキナだった。

  「あら、さやかちゃんのお友達の?」
 病院では、何度かすれ違い会釈をしていたトモコだが、さやかの親族という事もあり、話しかけた事はない。

     
   子供のように、トモコがペコリとお辞儀をするとヨキナは、優しく微笑んだ。

     

    総合病院の最上階の喫茶で、少しだけお茶を飲むことになった。

    
   1番奥の席で、トモコはブラックコーヒーをヨキナはカフェオレを頼んだ。

    「前から、ミタカやさやかちゃんからトモコちゃんの話は聞いていたの」
  トモコが何から話して良いのか分からず、黙っていると口火を切ったのは、ヨキナだった。

   「よく待合室に、さやかちゃんと同じ学生服の子がいるから気にはなっていたけど、こんな美人さんなのね。さやかちゃんのお友達」
  カフェオレを少しずつ飲みながら、ヨキナがトモコの通院理由をわざとさけて話しているのが、トモコにも分かった。

   
   よく見ると、優しい瞳がミタカと似ている。

  
    「さやかちゃんから聞いていると思うけど、ミタカとエリさんは離婚して、私は相変わらずアパートで独り暮らしなの」


   
   「えっ?」
  思わず、ブラックコーヒーを吹き出しそうになりながら、トモコの大声に喫茶室内が静まりかえったが、トモコは慌てたがヨキナは、微笑んだ。

     
    「ミタカから一緒に暮らそうって話しも出たけれど、断ったの。もちろんミタカの父親との再婚も断ったわ。私は自分のために、ミタカにすがるのは辞めたわ。遅すぎる子離れね」
 ヨキナの顔は、寂しそうだったが、どこかすっきりとしていた。

    
     「そうだったんですか・・・」
  さやかからは、ミタカがエリと離婚した事、自分の母親が離婚した事しか聞いていなかった。

    
     「そういえば、さやかちゃんが心配して一度私に電話してきてくれた時、トモコちゃんのお家で変わったお正月をやっていると聞いたの。図々しいお願いかもしれないけれど、いつか、私も入れてくれないかしら?一人ぼっちのお正月は、どうしても寂しくてね」
   うつむきがちに話すヨキナを見ながら、ずっとトモコがなぜさやかが、ミタカを好きだったのかが、うっすらと分かった。

    孤独でいながらも、人生をしたたかに、力強く生きているのだ。

    
    ミタカもヨキナも。

   
     日が落ち始め、白髪の混じったヨキナの髪がオレンジ色に染まっていく。

    
    白髪は橙色に綺麗に染まり、仙女のように美しかった。

   
   「もちろん、ヨキナさんならいつでもお正月、歓迎します。みんなで華ちゃん争奪戦になりますけど」

    
     トモコが言うと、ヨキナはミタカと同じ寂しげな優しい笑顔で微笑んだ。

   
    来年のお正月、トモコの家は一人家族が増え、また騒がしくなる。

  

  

 

  

  

  

 
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