兄に恋した

桜海 ゆう

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第43話 運命

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  「ミタカおじちゃんだ!」
 さやかと華を連れて、石田がお花見でも行こうと言ったのは4月の土曜日の午後だった。そこで、さやかはミタカに再会した。

  さやか達が住む街の近くには、桜で有名な公園がある。

  

   トモコの仕事が休みの日に、トモコとトモコのパートナーとさやかと華の4人で天気の良い日は、ピクニックに行っていた。

 
     小さな芝生の公園も中にあり、レジャーシートを敷いてさやかが作ったジャムや卵のサンドイッチを食べたり、4人で昼寝をしたり、トモコが華を追いかけて遊んだりしている公園。

  


     華が、その話を楽しそうに、会社から帰ってきた石田にするものだから、石田がふてくられたように、今度の休みには家族で行くぞと言いながらも仕事が休めず、4月まできてしまった。


   さやかと石田は、花見は人が多い事を予想して、華の必要な飲み物を入れた水筒とお菓子を入れ、スマホと財布を入れたカバン一つを持ち、石田は上着にスマホ、ズボンの後のポケットにチェーン付きの小さな財布を入れて華を抱っこした。

  「重くなったなあ」
   久しぶりに華を抱っこした石田が笑いながら言う。

    華は、久しぶりの父親との外出が嬉しいのか、石田の首に両腕を回してぎゅっと抱きしめると、後ろを歩くさやかに、ニッコリ笑いかけた。


   「華、良かったね。お父さん、華が大きくなって嬉しいって」
  さやかが華の頭を後ろから撫でながら言うと、華がまたニッコリ笑う。


  出産も育児も想像以上に大変だが、さやかが一番恐れていた、自分の母親トヨコのように自分が華を受験に思うのではないかと言う気持ちは、ただの杞憂に終わった。

  
   いやいや期の華に、自分が精一杯の時は怒ってしまい後で、落ち込みながら華にあやまる繰り返しだが、華は華でしょげた後にさやかの頭を小さな手で撫でながら、励ましてくれる。

     
     
     「カナちゃんちは、おばあちゃんがいるけど華のおうちは、おばあちゃんもおじいちゃんもいないから、たいへんだから、お母さんはたいへんなのよって、カナちゃんのお母さんが、言ってた」
   少し大人の顔をして、華がさやかの頭を撫でるので、さやかは思わず笑ってしまう。

  同時に、華を育てているのは自分だけではないとも思う。

    
    
     カナちゃんは、華の公園でよく遊ぶ友達だ。その母親ともさやかは仲が良いが、そんな事を華に言っていたとは、知らなかった。

 
  


     トモコもそうだ。休みのたびに華とさやかを連れ出し、有名なレジャーランドや水族館や子供用のコンサートに連れていってくれる。

 
   さやかは、実の母親から邪険にされ嫌われた事から、高校でトモコに出会うまで、ずっと孤独だった。

  華には、そんな想いは絶対させたくない。だけど、その術が分からないまま母親になり不安だけが風船のように膨れあがったが、夫の石田、トモコとその両親、華の友達のカナちゃんと家族。


  

    たくさんの人にさやかは助けられ、華は育っていく。


 公園につくと、想像以上の人で石田はさやかに離れないように言うと華をきつく抱きしめた。


  結婚してから、いつも達観しているような石田が意外と心配性な事もさやかは知った。



   人同士が、肩が触れるほどの賑わいで華を心配したが、背の高い石田が抱っこしているせいか、大人頭2つ分の高さに華の頭があり、華は満開の桜に夢中ではしゃいでいる。

   小さな両手で、散りだした桜の花びらをつかもうとしてる。

     

      そういえば、華の七五三にはトモコの両親が着物を買ってくれると申し出てくれたが、一度断るとトモコと両親3人から「えええ!孫のいないうちの唯一の楽しみなのにい!」と駄々をこねられ、石田と話しお言葉に甘えさせてもらった。


  石田と華に寄り添うように、満開の桜を見上げていると、さやかの今までの人生の緊張を淡いピンク色にとかされていくようだ。


   トモコや石田や心のうちを話した人しか人間関係が上手くいかない苛立ちをさやかは感じていたが、春の暖かい風がさやかの髪を揺らすたびに、自分らしくいれば良いと思えた。


   家族、学生、恋人たち、親子、老夫婦、友人同士、いろんな人間がいるが、誰一人として同じ人間は、いない。


  どの桜も同じように見えるが、咲き始める時期も散り始める時期も同じ花がないように。

  
    「ミタカおじいちゃんだ!」
   突然の華のはしゃぐ声とは、逆にさやかの心と体は、一気に凍りついた。

  石田がちらっとさやかに視線をよこしたのがわかった。こんな時、いつも石田はさやかの小さな違いに気がつく。

  石田がさやかを庇うように、横に立った。さやかは、ミタカに自分が怯んでいた事に、怯えていた事に驚いた。

  小学生の時、母親が離婚の果てに再婚し、父親となった息子の高校生のミタカはさやかにとって、ずいぶん大人に見え、頼もしく、ミタカが20歳で学生結婚するまで、居場所のないさやかにとっての居場所だった。


   たった、3、4年の暮らしで会話らしい会話もした事がないのに、実母からも煙たがられ、母親の再婚相手の佐藤とはいつも歪な距離がある毎日の中で、ミタカの存在は、唯一の安心する場所だった・・・。

  
   だったはずなのに、気がつけばトモコに出会い、ミタカの妻からは嫌われ、石田と出会い、華が産まれた今となっては、孤独に過ごした子供時代を思い出すきっかけだけだった。


  一時は、ミタカに恋していた時期もあり、ミタカもさやかを好きだという事を感じていた。

  
   でも、お互い大人になり、それぞれの人生を歩み始めたら、それは恋ではなく、お互いが孤独と過酷な人生を歩むために、寄り添っていた同士のような二人。


  桜見の人混みが左右へと行き交うなか、ミタカの妻エリが華を怒鳴りつけた正月から会っていなかったミタカだが、少しやつれ疲れた顔をしていたが、穏やかな笑顔をさやかに向ける。


    ますます、さやかは戸惑い、手を少しだけふった。


   ミタカの顔に、一瞬、悲しみがよぎるのが分かる。

 
   でも、10年前のようには、お互い、無邪気には笑えない事がさやかも悲しく、お花見で賑わう声の中、表情と声を詰まらせた。


   人混みの賑わいをかき分けるように、悲しみをかき分けるように、突然、ミタカが3人にブンブン手を大きくふった。


 「さやか、華ちゃん、来年正月に会おうな!石田さん、また酒でも飲みましょう!」
    ミタカのその声は、さやかとミタカの淡い幼い恋を絶ち切るかのように響き、さやかの心を動かした。


    ああ、ずっと私はこの兄に恋をしていた。

    でも、この恋を終わらせて良いのだ。もう、

    血の繋がらない兄妹として向き合える程、二人は遠い人生を時間をかけて、お互い歩み始めているのだ。


   さやかは、無意識にミタカに手をふっていた。

  
   横にいる石田が軽く会釈をしたのと同時にさやかから笑みが満開の桜のようにこぼれた。


   「お兄ちゃん、またね!」
  自分の口から出た言葉に驚きながらも、さやかは兄ミタカに手をふり、また会える日を祈りながら、笑った。


   横で華も無邪気に両手をブンブンふるので、体重が重くなった華を落とさないように石田が困ったように、成長した華を喜ぶように笑いながら抱っこしなおす。


   ミタカが、3人を焼き付けるように見た後、背中を向けて人混みに紛れていく。


    その背中は、毎年決まった運命のように、淡く咲いては、一瞬で散る桜のように儚いようで、同じ桜の木でも、また葉桜として夏に向けて再スタートを切るかのように力強かった。


     また、会える。兄妹として。


     また、会える。家族として。


     また、お互いが、孤独の中、たぐりよせた運命のように。


    また、逢える。


    また、笑顔で。

   
    さやかの長い、長い恋が、今年限りの一度しか見る事が出来ない、桜の淡いピンク色の花が力強く咲いては、散るように終わった。


   ささやかな、苦い無邪気な幼い痛みと甘いぬくもりを残して。


   


    


   

 
    







  



    








  

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