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第8話 送る
しおりを挟む「サユコは元気か?」
サユコとマユコの育ての親である叔父の田中裕二が新聞から顔を上げて妻の恵子を見た。
家の電話に亡き妹の娘の養女サユコから電話があるのは、決まって正月か年末など行事がある時くらいだ。
惠子は首をかしげて、リビングのソファーに座る夫の斜め前に腰かけた。
妹夫婦が事故死した30年以上前は、惠子もまだ30代前半で職場に警察から連絡がきた時に倒れた。
すでに夫の裕二とは結婚していて、夫婦共働きで最初から子供はもたずに、ゆっくり生活する毎日だった矢先に妹夫婦の連絡があった。
信号無視の小さな赤い車に轢かれ、2人とも即死。相手はまだ田舎から上京してきた25歳の社会人の男とその恋人。
病院でひたすら泣きながら震えながら謝る2人にやり場のない気持ちで、思い切り男の頬を平手打ちした惠子が、警察と夫に止められるほど、我を失う妹夫婦の突然の死だった。
信号無視にも関わらず、初犯、反省の色があり、裁判では情状酌量の余地があり、1年近く続いた裁判にも関わらず5年の懲役、6年の執行猶予と50万の罰金だけと言う判決がおりた。
妹夫婦の命は加害者の自由とたったの50万円との引き換えだった。惠子は裁判後、仕事を1年休み復帰出来ずにいた。
そんな時に、妹夫婦が残した一卵性双生児の娘、マユコとサユコの行き先で親族が揉めている事を夫の裕二から聞いた。
ほとんど鬱状態の惠子を裕二が寄り添うように親族同士の話し合いに這うように行ったのを今でも覚えている。
知らない顔の親族が多い中、部屋のすみに今にも消えてしまいそうなくらい小さくなって座る喪服姿のマユコとサユコがいた。
2人とも顔は妹に、小柄な体が妹の夫にそっくりなまま育っていた。
「うちは嫌ですよ!子供達だっているんだから!」親族同士の罵詈雑言が部屋を膨張させ吹き飛ばすのではないかというくらいの罵声が飛び交っていた。
呆然としていた惠子と裕二は、マユコとサユコの横に寄り添うように座った。
「たった50万で子供2人が育てられるかっ!養子か施設でいいだろ!」
数人のうちのしゃがれた男の声に、惠子は我に返った。
「もう辞めて下さい。争っても妹はかえって来ません。この子達の親はお金では還りません・・・私が育てます」
口から出た小さな惠子の声に部屋中が静まりかえった。
夫の裕二は何も言わなかった。
なぜなら、小さな横に座るサユコの手が惠子の背中の服をまるで命を引き止めるかのように、ぎゅっと握りしめて、マユコは声もあげずに泣いていたからだ。
まだ、たった7歳だというのに。
「叔母さんの所にくる?」
2人を見ると、泣き腫らした妹にそっくりな真っ赤な瞳で惠子を見るマユコとサユコがいた。
実の妹夫婦ということもあり、養女として迎えるには時間もかからなかった。もともと子供が好きだった惠子と裕二は、マユコとサユコを可愛がった。
初めての子育てに毎日が試行錯誤だったが、加害者への憎悪と妹夫婦への寂しさが、マユコとサユコの笑顔にゆっくりと消えていった。
外交的なマユコ、内向的なサユコ、それぞれ個性がありマユコが大学生の時に妹と同じ交通事故で死亡した時は、あまりのショックで惠子は仕事を辞めた。
マユコの事故死は7年実刑判決が下り裁判が終わった。
増えていく仏壇の遺影に絶望していた時だった、大学卒業と同時にサユコが結婚するという話がもちあがったのは。
喫茶店で働いていた時に出会った常連客だという。
とても優しく穏やかなサユコの夫、山田真との間には結婚してまもなく一卵性双生児の娘が産まれた。
「何かの縁かしらね」
孫を喜ぶ惠子と裕二には、サユコは浮かない顔をしたが、その時はまだ産後まもなくで姉のマユコを思いだし落ち込んでいるのかと思うのを忘れるほど、すくすくと2人は育った。
惠子と夫は70代にしてやっと人生にもサユコにも安堵した時だ。
「まゆとみゆの誕生日プレゼント聞いてもなんか上の空なのよ」
惠子が夫の横でため息をつく。
夫の裕二が少し黙った後に小さく呟いた。
「サユコも7歳の時のサユコじゃないんだ、むこうから助けを求めに来たら迎えにいってやればいい」
裕二の微笑む瞳の横には、あの頃からずいぶんシワが増えた。
惠子も自分の手を見ると痩せてシワが増えていた。妹が事故死してから長く生きてきた証拠だ。
こんなはずじゃなかったの連続の人生だが、サユコとまゆとみゆは愛しい人生だ。
「そうね、信じてきたもの」
惠子の小さな呟きは、妹のマユコとサユコに送られた2つの意味が込められた願いのような呟きは空気に溶けていった。
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