かいご生活 風変わりなヘルパー

桜海 ゆう

文字の大きさ
2 / 14

第2話 父親

しおりを挟む

  田中一義は、一階の1番日当たりの良い部屋で介護用レンタルベッドから窓の外をぼんやり眺めていた。


  霞んだような頭の中では、時々、息子の義雄が誰だか分からなくなる。


   妻の由紀子を40歳の働き盛りの時に、病で亡くし、父一人息子一人で暮らしてきた。息子が大学を出て、社会人になり、ずっと勤めていた中小企業にも、シルバーまで働き退職した。


    70歳の時だった。自分が知らない町にいて恐怖で足がすくんだ。


   幸い、自宅から隣町で買い物に来ていた近所の奥さんに声をかけられ、自宅に帰宅できたが、会社を早退した息子と病気へ行く。


  「どこも悪くないんだ!さ、さんぽをしていたんだよ!」
   プライドから息子にきつく当たり、病院では気がつくと周囲の人々がこちらをチラチラ見るほどの大きな声をだしていた。


   「認知症です。薬である程度は抑えられますが、お父様はご年齢もあるので・・・」
    医者の言葉に、また腹が立ち怒鳴っていた。

   「まだ、俺は70だ!認知症になるわけがないだろう!」
    イスから立ち上がり、震える声で怒鳴ると、服の袖を息子の義雄がひっぱり、瞳には涙をためていた。

    「父さん、とりあえず薬だけでももらおう」
     息子は、無言で医者に頭を下げた。


   その日を境に、体のあちこちに不調をきたし、最後は家の中を歩いているだけで、右足を骨折。


   這って電話があるリビングまで行き、救急車を呼んだ。


   「父さんを家に独りでは置いておけない」
    息子が会社を辞めたのが40歳の時だった。


  情けなさと怒りと虚しさで混乱した一義を昼夜問わず息子は、何度もなぐさめてくれた。


  いつの間にか、息子の顔から笑顔が消え、認知症の薬が聞いているせいか、病気が進行しついるせいか、日中はベッドからぼんやり外を眺める事が、多くなった。

  
    レンタルベッドも一義の年金から出ているが、安いものではない。老人ホームに入ると息子に言ったが、今はどこも満床で、親父の要介護では、入れないと言われた。


    
  息子が40の手習いで始めた料理も、最初はしょっぱいやら甘いやらで、食べるのも辛かった。

   「ごめんな、失敗ばかりで」
  うつむいて夕食を食べる義雄が、哀れで何も言葉を選べずにいた。


   「美味しいよ、母さんの料理が1番だったがな」
    そう言うと、息子の義雄はかすかに笑った。


   5年前に風呂場で転び、同じ右足を複雑骨折してしまい、それから風呂介助のヘルパーが来るようになった。


   最初は、娘くらいの年齢のヘルパーに半裸をさらす事が屈辱で何度もことわったが、一人で風呂場に入るたびに転び、受け入れた。


  「由紀子、義雄に何も出来ず役立たずの私は、生きている意味がない。早く由紀子のもとにいきたい」
    一義は、独り小さく呟くとまどろむように、日向にとけるように眠ってしまった。

  
   


    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...