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第13話 憤怒
しおりを挟む「人殺しがいたのよ、あなた」
妻が買い物から帰ってきて開口一番に
夫の亀石(かめいし)サトシは読んでいた新聞から
顔をあげて妻のマキコを見るとため息をついた。
亀石サトシは5年前に定年退職をして、今まで子育てに家事に親の介護で苦労をかけてきたマキコの愚痴や近所の噂話を毎日のように聞いている。
「なんだ、殺人鬼でもいたのか?」
買い物袋をリビングに置いたままテーブルに座った怒りの形相の妻の代わりに台所から2人分の麦茶をコップにつぎ、マキコの前に置いた。
お互いもうすぐ75歳になる。子供2人も仕事や結婚で手を離れた。家にはずっと2人しかいない。
「お義父さんを殺した、ヘルパーの渡辺が近所の田中さんの家に通っていたのよ!」
麦茶を一気飲みしても怒りはおさまらないようだ。
「あれは、事故だっただろう」
と言った瞬間サトシは後悔した。この言葉は妻のトミコの怒りのトリガーなのだ。
「みんなで事故、事故ってあなたも見ていたでしょ?渡辺がお義父さんを殺した現場を!あなたの実のお父様なのよ?悔しくないの?」
この家に嫁に来てから、母親よりも父親の方がトミコを大切にしてくれていた。
よく親父もなかなか子供が出来なかったトミコに嫌味を言う母親より、かばってくれた親父に肩入れしていた。
トミコは、結婚前に貧困と両親の不和で苦労してきた。うちに嫁に来てからは子供が出来るまでサトシの母親から嫌味を言われたが、2人の息子が産まれてから義父母に可愛がられ、実家より夫サトシの実家が自分の居場所になった。
サトシの母親は脳梗塞で倒れてから半年の自宅介護の末に亡くなる。
父親は80を超えてから心筋梗塞で倒れてから10年の自宅介護。実の息子であるサトシですら特養老人ホームに入所させた方がお互いのためだと言ったが、トミコはかたくなに実の父親のように最期まで、在宅ヘルパーと在宅医療の支援を受けながら介護をしてくれた。
「親父があんな死に方をしなきゃ...」
思わずサトシの口から本音が転がりでたが、頭にきているトミコには聞こえなかったらしい。
育児も介護もほとんど仕事で忙殺されていたサトシだが、違いがあるのは分かる。
子供は成長して未来が見えるが、介護はどんなに支えて家族の心身が削られようが、「死」と言うゴールまで未来はない。
家庭内がギスギスし消耗し、限界を越えた気持ちは他者に向く。
それが歪んだ気持ちになり人を変えてしまう。おっとりとしていた妻が人を殺人鬼呼ばわりするほどに...。
深いため息を吐きながらサトシは妻のヒステリーに耐えていた。
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