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第1章

第20話:陥穽(かんせい)に陥(おちい)る

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「神那先ィ、状況はどうなってる」

「順調だよ。妹の方は家を出たと報告があったからすぐに攫う手はずになってる。家の方も襲撃班を待機させてあるよ。合図があればいつでもいける」

 タブレットを叩きながら神那先が答える。

 それを聞いて吐影が口角を邪悪に歪めた。

「上出来だぁ。森田がどんだけ強かろうがこれはどうしようもできねえだろぉ」

「2か所の同時襲撃だからね。しかも当の森田は現場から5kmほど離れた場所におびき寄せてある。どう頑張っても救援には行けないし、行けたとしてもどちらか片方しか無理だからね」

 神那先の口調はまるでゲームのシナリオを説明するかのようだ。

「強面を気取ってる奴でも女家族を狙われりゃあ赤ん坊みてえに泣きながら土下座してきたからなぁ。森田の泣きっ面が楽しみだぜ」

 吐影は凶悪な笑みを浮かべながらスマホを取り上げた。

「おう、俺だ。今から森田の家を襲撃しろ。母親がいるはずだからふんじばって家ン中をメチャメチャにしてこい。金目のものがあれば持ってくんのも忘れんなよ」





「吐影さんから許可が出た。行くぞ」

 森田家の庭の陰に潜んでいた襲撃犯が動き出した。

 身をかがめながらドアに近づいて鍵穴に小さな懐中電灯サイズのデバイスを押し当てる。

 微かな振動音の後にシリンダー錠の外れる音がした。

 ディンプルキーですら十数秒で開けることができる最新の開錠器だ。

「時間は5分、窓の側には絶対に近づくなよ」

 リーダーの言葉と共に3人の男たちは滑るように家の中に入りこんだ。

 1人は手にガムテープを広げて準備をし、もう1人はビニール袋を持っている。

「ふんふ~ん♪」

 2階から掃除機の音と鼻歌が聞こえてくる。

 男たちは頷くと足音を潜めながら階段に向かっていった。

「!」

 ガムテープ男が突然のけぞる。

「「!?」」

 他の2人が驚いて後ろを振り返るとそこには……男の首を締め上げるくまのぬいぐるみの姿があった。

「?……!!!!」

 異様な風景に一瞬呆気にとられたビニール袋男が声にならない絶叫を上げたと思うと床を転げまわった。

「!!??」

 驚くリーダーが足元に目をやると金槌を手にした日本人形がこちらに向かってくるところだった。

「シャアアアッ!」

 人形が飛び上がって金槌をリーダの足の甲に振り下ろした。

「~~~~~!」

 脳天を突き抜ける痛みをこらえながらリーダーが日本人形を思い切り払いのける。

 派手な音と共に人形が壁に叩きつけられた。

 衝撃で首が折れ、左腕がもげて床に散らばる。

 ガムテープ男に襲い掛かっていたくまのぬいぐるみも同じように壁に吹っ飛ばされた。

 しかし人形たちはは止まる様子するらない。

 ゆらりと立ち上がるとカタカタと不気味な音を立てながら男たちの方へと向かっていく。

 この時点で襲撃犯たちの頭の中から任務遂行の文字は消え去っていた。

「て、撤退、撤退だ!」

 3人は足音を消すことすらも忘れてドアから飛び出していった。

 襲撃犯がいなくなったと同時に人形たちは糸が切れたように崩れ落ちた。

「ふんふ~ん♪あら、棚から落っこちちゃったのかしら?」

 階段から降りてきた母親が不思議そうな顔で人形を拾い上げる。

「あらあら、壊れちゃって。あとで修理してあげないと」

 そう言いながら人形たちを棚に戻す。

 人形の服の隙間や首の奥深くに密かに埋め込まれた腕時計の文字盤に浮かんだ奇妙な紋章が光を放っていたが母親がそれに気づくことはなかった。



「失敗しただとぉ!?」

 スマホのスピーカーから響き渡る吐影の怒号に襲撃犯のリーダーは身を縮こまらせた。

「す、すいません。しかし邪魔が入りまして!」

「邪魔だぁ?」

「は、はい、信じられないんですが突然人形が襲ってきたんです。俺も仲間も殺されるところだったんです!」

「てめえ、まさかヤク食ってんじゃねえだろうなァッ!」

「と、とんでもないですよ!俺は足をやられたんですよ!たぶん折れてるかもしれねえんです。クマのぬいぐるみに目をつぶされかけた奴だっているんです。後で証拠を見せますから!とにかく、あそこにいたら俺らヤバかったんですよ!」

「……あとできっちり説明しろ」

 静かな怒りと共に切れたスマホを見ながらリーダーは深いため息をついた。

 吐影が納得しないのもわかる、自分だって何が起きたのかわかっていないのだ。

 しかし未だにズキズキと痛む右足が夢ではないと物語っている。

「森田って奴に因縁を付けたのが間違いなんじゃないのか……」

 リーダーはふと口からこぼれた言葉に気付くと身震いをして首を振った。

 吐影の考えに逆らうなどそれこそ自殺行為だ。



「神那先ィ、こりゃどういうことだ!」

「僕にもわからない。とにかく母親の方が失敗したのは事実だろうね」

 苛立ちの滲む吐影の言葉に神那先は肩をすくめながら答えた。

「こっちの出方を読んでいて何らかの罠を張っていたのかもしれない。幻覚を見せたのだとすれば考えられるのはガス?……しかしただの高校生がそこまでできるものなのか……?」

「んなこたぁ関係ねぇんだよ!」

 吐影が拳をテーブルに叩きつける。

 強化ガラスの天板が粉々に砕け散った。

「あのクソ野郎がクソ生意気にも俺らを出し抜いてることが問題なんだ!野郎が家の方に気付いてるってことは妹の方にも気づいてるってことじゃあねえのかよ!」

「仮にそうだとしても奴がいるビルから妹の拉致ポイントまで5kmは離れてるんだ。走ったって、仮にバイクを使ったって追いつくもんじゃないよ」

「本当にそうなのかよ」

 その時神那先が手にしていたスマホが鳴りだした。


「これは……拉致班からだ」

「貸せ!」

 吐影は神那先から奪うようにスマホを取り上げると耳に当てた。

「……もしもし」

 スマホから声が聞こえてくる。

「これは凶龍連合の番号で合ってるんだよな?」

 スピーカーから聞こえてくる声に吐影がカッと目を見開く。

「その声は……森田、てめえかっ!!」
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