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第1章:ルーク・サーベリーの帰還

第32話:地図にない山

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「ここだよ」

 ルークが指差すその先には大きな山がそびえていた。

「本当にここなの?地図には何も載ってないけど……」

「そう、ここは地図にはない山なんだ」

 走竜から降りた2人は山に向かって道なき道を登っていった。

「本当にここで合っているの?間違ってるんじゃ?」

 アルマが不安そうに辺りを見渡している。

 言いようのない恐れがアルマの心にまとわりついていた。

「大丈夫、ここで合ってるから」

 ルークがその手を掴む。

 それだけで不思議とアルマの心から恐怖心が消えていった。

「わかった、ルークを信じる!」

 再び歩きはじめた2人だったが、しばらくしてアルマの身体に病のような苦痛が襲ってきた。

 全身が鉛のように重くなり、息をするのさえやっとだ。

 不安そうな顔でルークがアルマの顔を覗き込む。

「大丈夫?」

「だ……大丈夫、ちょっと休めばよくなると思うから」

 普段だったら大喜びする所だったが、今は返事をするのも精一杯だ。

「そうだ!忘れてた!」

 ルークが突然アルマに抱きついた。

「な、なにをぉっ!?」

 慌てるアルマだったがルークは構わず抱きしめる。

「あれ……?なんか楽になった?」

 アルマが驚きの声をあげた。

 ルークに抱きしめられてから全身を苛んでいた苦しみが嘘のように消えている。


「ごめん、言うのを忘れてたけどこれは結界のせいなんだ」

 アルマに肩を貸して歩きながらルークが話を続けた。



「ここは僕の師匠、魔神イリスを封印してる山なんだ」



「イリス……さんの?」

 アルマが驚きの声を上げる。

「そう、この山を含めた渓谷一体が師匠を封印する結界なんだ。地図に載っていないのもそのためで、ここは《忘れられた地》なんだよ」

 山道を登りながらルークは話し続けた。

「師匠を封印している結界は大きく分けて3層になってるんだ。最初の結界は忌避之界、この結界に入るとみんなそこから離れたくなり、離れるとその場のことを忘れてしまう。最初アルマが山に登るのをためらったのはそのせいだね」

「そうだったんだ……」

「次の結界は辛苦之界。僕らが今いるのがその結界で、中に入ると耐えがたいほどの苦痛に襲われる。アルマが苦しくなったのもそのせいだよ。そしてこの3層の結界はあらゆる魔法や魔道具も効かない」

「じゃ、じゃあなんでルークは平気なの?それに私が楽になったのは……?」

「それはこのおかげだよ」

 ルークが左腕を上げてみせる。

「この義手には師匠と僕で作った対結界用の魔法式が組み込んであるんだ。だから僕の側にいれば結界の影響を受けないんだよ」

 ルークはそう言うといきなりアルマを抱え上げた。

「きゃあっ!な、なにを?」

「ごめん、でもちょっと我慢してもらえるかな」

 アルマを抱きかかえながらルークは山を登り続ける。

「これから先の結界はできるだけ僕に近づいていてもらいたいんだ。この先にあるのは……致死之界、ここに入るものはその場で絶命する必殺の結界だから」

「そ……そんな恐ろしいものが……」

 アルマの顔が青ざめる。

 対してアルマを抱えたルークの頬は微かに朱に染まっていた。

「だ、だから不便かもしれないけどもう少し体を寄せてくれないかな。できれば僕の身体に密着させてほしいんだ。そうした方が安全だから」

「そ、そうなの?そ、それならしょうがない……よね」

 その言葉にアルマは頬を染めながらルークの首に腕を回して上体を強く引き寄せた。

 お互いの吐息が感じられるくらいに顔が近づき、アルマの豊かな双丘がルークの胸に圧迫されて柔らかく歪む。

「こ、こんな感じで良い?」

「う、うん、大丈夫だと思う」

 ルークは再び山を登りながら話を続けた。

「800年前、師匠を封じた人々はよっぽど恐れていたんだろうね。師匠が結界を破るだけでなく外部から破ろうとするものが出ないようにこれだけ強力な結界を張ったんだ。そしてその存在すら地図から消してしまった」

「そんなに恐ろしい魔神なの……ルークの師匠って……」

「僕はそう思っていない」

 ルークは首を振った。

「僕を助けてくれたし、なにより5年の暮らしでそう確信するようになった。アルマに来てもらったのも師匠に会ってほしいからなんだ。伝説では悪鬼魔神のように語られているけど、実際にその眼で見てほしくて」

 それはルークの本心だった。

 確かにイリスは凄まじいまでに強力な結界で封じられている。

 800年前に魔導士が1万人がかりで結界を張ったと言われており、それは最強の魔神と呼ばれるイリスでも破壊できないほどだ。

 そしてそれは当時の人々がそこ程にイリスを恐れていたことを意味してもいる。

 それでもルークはイリスを信じたかった。

 瀕死の自分を助けてくれたからということもあったが、共に過ごした5年間の暮らしのの中でルークの中にある思いが芽生えるようになっていた。

 本当にイリスは史実で語られるような邪悪な魔神なのか、と。



「歴史の本だと師匠は人類史上最悪の魔神なんて書かれているけど僕にはとても信じられないんだ」


 歩きながらルークが話を続ける。

「僕が再び人界に降りたのはそのことを確認したいためでもあってね。師匠のことをもっと詳しく調べたいんだ。800年前に何が起きて師匠はあそこに封印されたのか。そして……可能であるなら師匠を開放したいと思ってる」

「ルーク、本気なの?」

 アルマが目を丸くしてルークを見る。

 アルマが驚くのも無理はなかった。

 イリスは近づくものすら殺すような結界を張られている魔神だ。それを開放したら一体どんな影響があるのか、ルークが放った言葉は蛮勇どころか人類に対する宣戦布告ととられてもおかしくないだろう。

「まだ内緒だけどね」

 ルークは人差し指を口に当てて微笑んだ。

「流石に人類の敵とまで言われた師匠を楽に開放できるとは思えない。そもそも封印を解く手がかりすらないんだから。でも、師匠のことをもっと調べて大丈夫だと判断できて、僕がこの結界を破る力を手に入れたら師匠に今の世界を見せてあげたいんだ。だって800年も1人閉じ込められていたなんてあまりにも悲しすぎるよ」

「ルーク……」

 アルマが見つめるルークの瞳は穏やかだったが固い決意を秘めていた。

「わかった」

 アルマが軽いため息をつく。

「私はまだそのイリスさんには会ってないけど、ルークのことは信じてる。だからルークの判断したことはなんであれ応援する。それまでは誰にも言わない。だからこれは2人の秘密ね」

「ありがとう。アルマならそう言ってくれると思ってた」

 いつの間にか2人は山の頂上へ来ていた。

「ここまで来たらもう致死之界の影響はないよ。ごめんね窮屈な思いをさせちゃって。もう下りても大丈夫だと思うよ」

「え?あ、そ、そうなの?で、でももうちょっとこうしていたいかも……」

 アルマがルークの首に回した腕を更に強く引き寄せる。



「…………~ク」

「今何か聞こえなかった?」

 アルマが不思議そうに顔を上げた。

「……~クゥ~」

 その音が次第に近づいてくる。

「師匠だね。僕が来たことにもう気付いたみたいだ」

「ルゥ~~~~~クゥ~~~~~!!!!」

 叫び声と共に黒い影がルークに飛びついてきた。


「やっと帰ってきたんだな!ずっと待ってたんだぞ!」

 それはルークの師匠、魔神イリスだった。

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