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第2章:勇者と商人

第87話:ようこそクリート村へ

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「おーい、今帰ったぞ」

「あんた!生きていたのね!」

 ルークたち一行がクリート村へ入ると村人総出で出迎えにきた。

 みな一様に黒い服を着ている。


「キック!無事に帰ってきたのかい!」

 狐人の女性がキックに駆け寄ると強く抱きしめた。

「まったくあんたって子は……何の断りもなしに勝手にダンジョンなんかに……」

「母ちゃん、ごめんよ」

 キックがその女性を抱きしめ返す。

「でも俺はやったよ!あの花崗岩のダンジョンを攻略したんだよ!しかもダンジョンボスのサイクロプスまで倒したんだ!この俺がだぜ!?」

「まあ……!」

 息子の変わりようにキックの母親が目を丸くする。

「それもこれも全部ルークさんたちのおかげなんだ!この人たちがいたから俺たちはこうして帰ってこられたんだ!」

 キックの言葉に村人たちの視線がルークたちに集中する。

「本当なのか……?」

「人族が俺たち獣人を助けただと……?」

「あり得ねえ、また何か企んでるんじゃねえのか?」

 村人たちの言葉は驚きと共に疑いの響きも混ざっていた。

 今まで何度となく《蒼穹の鷹》に、他の冒険者たちにいいように使われてきた獣人たちにとってそれは俄かには信じられないことだった。

 ボルズが村人たちの前に進み出た。

「いや、これは本当のことだ!この人たちはメルカポリスの人族とは違う!俺たちの命の恩人だ!みんな今夜は盛大にもてなしてくれ!」


 ボルズの言葉に村人たちが改めてルークを見た。

「疑っちまってすまねえ……みんなを助けてくれてありがとよ」

「うちの人を助けてくれてありがとうございます。何もないところですけど、どうかゆっくりしていってください」

「息子を守っていただきありがとうございます。この恩は決して忘れません」

 口々に感謝の言葉を述べながらルークたちの手を取っていく。


「良かった、結構良さそうな人たちじゃない」

 横でシシリーがホッと胸をなでおろしていた。


「ささ、ルークさん、こちらにどうぞ。宴まではまだ時間がありますからゆっくり休んでください」

 ルークたちが案内されたのは村長の屋敷だった。

「今日は珍しく客人が来ているとかで対応している最中らしいのですが……」



「そこをなんとかならない?せめて半年くらいは持たせてくれないと」

「だから無理なものは無理なのだ。折角来ていただいて申し訳ないが、我々としてもできない以上売ることは出来ぬのだよ」

 屋敷の中に入るといきなり声が響いてきた。

「あの声……どこかで聞いたことがあるような……」

 ルークが眉をひそめる。

「とにかく街で売るためにはもっと日持ちをよくしてくれないと無理だから」

 声の主が部屋の奥から出てきた。

 その人物を見たルークが目を丸くする。

「って、あなたは!?」

「あら、あなたたちなんでこんな所に?」


 それは街で出会った商人、ナターリアだった。





    ◆




「美味しいっ!」

 木のコップを傾けたシシリーが驚きに眼を見張る。

「何これ?ドロッとしてるけど甘くて飲みやすい!」

「これが俺らの名産物、クリートの木の実で作ったクリート酒っす!クリート村はこの実がたくさん採れるからそう呼ばれるようになったんすよ」

 キックが得意そうに胸を張る。

「クリートはメルカポリスでも知る人ぞ知る銘酒なんすよ」

「ほんとに美味しい。結構強いはずなのにすっと飲めるよね」

「うん、これはびっくりした。こんなお酒は初めてだ。師匠にも飲ませてあげたいな」

 ルークとアルマも驚いたように顔を見合わせた。

「でしょ?これでもっと日持ちがすればそこらの酒なんか太刀打ちできないくらい売れるはずなんだけど……」

 ナターリアがコップをテーブルに置いてため息をつく。

 ナターリアを含めた4人は獣人たちによる歓待の宴に参加しているところだ。

 簡素ながらも森の恵みを使った料理が幾皿も並び、舞台では獣人の娘たちが民族音楽に合わせて舞っている。


「確かにねえ。これはアロガス王国に持っていっても絶対に売れるよ!いや、私が売ってみせる!」

 シシリーがコップになみなみとクリートを注ぐ。

「その通り!我々商人は良い品を売るのが使命なのである!この酒を売る責任が我々にはあるのだ!」

「お~!」

 シシリーとナターリアは肩を組むと一気にクリートを飲み干した。

 商人同士すっかり意気投合している。

「ちょっと、2人とも飲みすぎだってば!」

「何を言うか!そっちが飲み足りないのだ!」

「そうだそうだ!アルマ、あんたも飲みなさい!」

「ちょ、待った、そんなに一気には……」


「やれやれ」

 盛り上がっている3人に苦笑しているルークの元に年経た虎人がやってきた。

 クリート村の村長、ナミルだ。

「ルーク殿、楽しんでいますかな」

「ええ、今日は僕らのために宴席を設けていただきありがとうございます」

「礼を言うのはこちらですよ。みんながこんなに盛り上がっているのは久しぶりです。それもこれもあなた方のおかげなのですから」

 ナミルはルークの前に腰を下ろすとクリート酒の入ったかめを持ち上げた。

 ルークの差し出したコップになみなみと注ぐと自分のコップにも注ぐ。

 2人はコップを打ち鳴らすと一気にあおった。

 ふう、と息を吐くとナミルが言葉を続けた。

「昼間の村人の服を見ましたか?ダンジョン攻略に駆り出されると必ず死人が出るのでみな喪服を着て帰りを待っているのですよ」

「そうだったんですか……」

「それが今回は1人の死者も出さずに帰ってきた。それだけでも村にとっては奇跡のようなものなのです。それに帰ってきた者がみな別人のように変わっていた。あれほど誇らしげな男たちを見るのは本当に何年振りか。それだけでルーク殿には感謝してもしきれないほどです」

「そんな、僕は何もしていませんよ。みなさんが自信をつけたのはみなさん自身の力です」

「そう言ってくださいますか」

 ナミルは静かに笑った。

「ともかくあれこそ今のクリート村に必要だったものなのです。1人1人が自信と誇りを持つこと、それがあれば今はどれほど苦しくてもいつかは乗り越えられるはずです。ルーク殿、あなたがみなにそれを教えてくれたのです」

 ルークはコップをテーブルに置くとナミルの顔を見た。

「街で町民に虐げられていた獣人を見かけました。みなさんが陥っている苦境というのはそのことですか?」

 ナミルは何も言わない。

 しかしその眼が全てを語っていた。

「差し支えなければ教えていただけないでしょうか?何故そのようなことになっているのかを。理由が分かれば僕も力になれるかもしれません」

 しばらくの沈黙の後にナミルが口を開いた。

「……わかりました。他ならぬルーク殿の頼みです。儂の知っている限りをお教えしましょう」

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