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第2章:勇者と商人

第97話:襲撃

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「2人で食事なんて久しぶりだね」

 アルマの声が弾んでいる。

 ルークとアルマはメルカポリスで人気のレストラン【黄金の黄昏】に来ていた。

 料理もさることながらここのアップルパイはセントアロガスでも評判になるほど有名だ。

「ここ最近はずっと忙しかったからね。たまにはこんな贅沢も良いかなと思って」

 メルカポリス名物の大皿料理を切り分けながらルークが微笑む。

 この1カ月、ナターリアとシシリーの商売は多忙を極め、ルークたちもその手伝いに奔走していた。

 クリート村を往復しては酒を仕入れ、ラベルを貼って各取引先へと納品する。

 目立たないように売らなくてはいけないために人を雇い入れることもできずに全て自前でこなしてきたのだ。

 クリート村の在庫をすべて運び終えてラベリングを済ませ、あとは出荷するのみとなってようやくみんな自由時間を取ることができた。

 シシリーとナターリアは2人で飲みに出かけ、リアはクリート村に里帰りしている。

 図らずも2人きりとなったルークとアルマはこうして久しぶりのデートを楽しんでいた。

「でも良かったよ、ナターリアとシシリーの商売も上手くいってるし、これでクリート村も少しは潤うだろうね」

「そうね。私たちがここに来た甲斐もこれで少しはあったのかも。ね、ルーク……」

「その通りだよ。これでクリート酒が人気になれば獣人に対する偏見だって減るかもしれない。そうなれば僕らがここに来た意味だって十分あったと言えるよ」

「そ、そうよね……、ね、それよりもルーク……」

「最初はシシリーの手伝いできただけだったけど、こういうこともあるから旅は本当に素晴らしいよね!それにひょっとしたら師匠の過去もちょっとわかったかも……」

「ルーク」

 夢中で話すルークのの手をアルマが握る。

「アルマ、どうかしたの?」

「ルーク、私たち今2人で食事をしているのよね?」

「うん、久しぶりだから凄く楽しいよ」

「私もそれは同じ。この1カ月はいつもみんなと一緒でなかなか2人きりになれなかったし。そうよね?」

「確かにそうだね。ファルクスさんの倉庫に泊りこんで出荷の準備をしてるかクリート村に出かけてるかだったもんね」

「そう、1カ月ぶりに時間が取れて、シシリーとナターリアは2人で出かけてるしリアちゃんもクリート村に戻ってる」

 ルークの手を握るアルマの手に力がこもる。

「つまり……今夜は……その、久しぶりに私たち2人きりなのよね……」

「あ……」

 ようやくルークもアルマの言わんとしていることを悟った。

 うつむくアルマの耳が朱に染まり、握るその手がしっとりと汗ばんでいる。

 ルークの頬も熱を持っていった

「そ、その……今日は月がきれいだよね。食事をしたら早めに宿に帰って2人でゆっくり眺めるというのはどうかな……」

 ルークの言葉にアルマが小さく頷く。

 2人は腕を組みながら【黄金の黄昏】を出た。


 宵の口なので通りはまだ行きかう人々で賑わっている。


 細い裏路地の前を通り抜けようとした時、奥で誰かが手招きをしているのが見えた。

「ピット?」

 灰色のローブで身を覆っていたがルークは身体の僅かな動きでそれがピットだと見抜いた。

「こんなところで何を?《蒼穹の鷹》と一緒なのかい?」

 頭に被っていたフードを取り除けたピットの顔は緊張で強張っていた。

「気を付けてください。あいつらはあなた達の商売を狙っています」

「《蒼穹の鷹》が?何故連中が僕らに関わってくるんだ?」

「もう行かないと。でも今すぐ倉庫に戻ってください。連中は人を雇ってあなた方の酒を破壊するつもりです!」

 ピットはそれだけ言うと踵を返した。

「待った」

 その肩をルークが抑える。

「君を行かせるわけにはいかない」




    ◆




 メルカポリス郊外にある石造りの目立たない倉庫、元はファルクスの持ち物だが今はナターリアがクリート酒の倉庫兼販売拠点となっている。

 今、夜の闇に紛れてその倉庫に近づく複数の影があった。

 全身を黒ずくめの服で覆い、顔も黒布で覆った男たちだ。

「兄貴、あれがその倉庫らしいですぜ」

 男の1人が小声で囁く。

「あの中にある物を全部叩き壊すだけで銀貨100枚か。ちょろい仕事だな」

 黒づくめの男たちは足音を忍ばせながら倉庫に近づき、慣れた様子で鍵を破壊すると中へと入っていく。

「ぶっ壊すのは瓶だからどうしたって音が出る。周りが気付く前にとっとと片付けるぞ」

「もう気付いてますけどね」

 男たちの背後で声がした。

「!?」

 驚いて振り返ると今しがた入ってきたドアに1人の影が立っていた。


「ライティング」

 声と同時に倉庫に満ちた光が男たちの眼を晦ませる。


「て、てめえ!なんで……」

「それはこっちの台詞ですよ。ここは私有地です、勝手に入ってこられては困るのですが」

 ドアの前に立っていた影、ルークが静かな声で答える。

「こんな時間ですから、間違って入ってきたというわけではないですよね」

「うるせえ!怪我をしたくなかったら引っ込んでろ!」

 男たちが手に持っていた棍棒を構える。

「それもこちらの台詞になるんですよね」

 ルークの言葉と同時に男の1人が吹き飛んだ。

 真横にすっ飛んでいってルークのすぐ近くの壁に激突、そのまま昏倒する。

「へ?」

 男たちは何が起きたのか咄嗟に理解できなかった。

 何者かに襲われた?しかしそれだけで人間が真横に飛んでいくか?

 恐る恐る振り返ると、そこには身長数メートルはあろうかという巨大な鎧が立ちはだかっていた。

「ななな……?」

 呆然とする男たちの前に展鎧装輪てんがいそうりんを纏ったアルマが近づいていく。

「あなたたちなのね……私の邪魔をしたのは……」

 その声に抑えきれない怒りがこもっているのは男たちにも理解できた。

 なんで?なんでこの化け物は俺たちに怒っているんだ?俺たちがに何かしたのか?

「せっかく……ルークと過ごせる久しぶりの夜だったのにいいいいっ!!!」

「ひいいいいいっ!!!」

 アルマの叫び声が男たちの悲鳴と共に夜の静寂しじまに溶けていった。

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