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第3章:南海の決闘

第168話:引き返せない状況

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「エラント、本当にああするしかないのか?」

 クランケン氏族の族長ダリルの声には不満と不信がにじんでいる。

「やはり神獣を目覚めさせるというのはやりすぎなのではないか?」

「言ったでしょう、もう引き返せないと」

 対するエラントの声には隠す気もない苛立ちが混ざっていた。

「我々はもう決断したのです。決断した以上あとは行動するしかありません」

「し、しかしだな……本当にキールを説得できるのか?説得できたとして神獣を目覚めさせることは可能なのか?」

「それは大丈夫ですよ」

 エラントは懐から古びた書物を取り出した。

「これは巫女の一族が代々受け継いできた儀式を記した秘伝書です。キールを捕まえた際に入手しました。これには神獣を目覚めさせる方法も書かれています。巫女の家に代々伝わる神具と族長であるあなたが管理している神具を使えば目覚めさせることができるようです」

「そ、そうなのか……しかしなあ……本当にやるべきなのだろうか……」

「いまさら何を言っているんですか」

 うんざりしたようにエラントがため息をつく。

 このやり取りはもう何度目だろうか。

「族長、あなただってわかっているのでしょう。我々に残された道はもうないのだと。我々はリヴァスラ氏族に対抗するためにアロガス王国から多額の支援を受けている。今まで通り魔石鉱山の利益をリヴァスラ氏族と折半していてはとてもじゃないが返済できないんですよ」

「しかしだな……あの様子ではキールが協力するとはとても思えぬぞ」

「ああ、それなら心配いりません。これを使いますから」

 キールは戸棚から小さな瓶を取り出した。

 中にはどろりとした褐色の液体が入っている。

 それを見たダリルの顔色が変わった。

「ま、まさかそれは隷属薬か?禁断の薬を何故お前が!」

「仕方ないでしょう。キールが従うのを待ってるわけにはいかない。これを使えばどんなに反抗的な人間でも人形のようにおとなしくなりますよ」

「駄目だ!それだけは駄目だ!」

 ダリルが声を荒げた。

「隷属薬は服用した者の心を壊す魔薬だ!そんなものを島の巫女に飲ませるなど到底許されることではないぞ!そんなことをしたら島のものが何というかお前にだってわかっているだろう!」

「だったら何だって言うんだ!」

 エラントが怒号を発する。

「もううんざりだ!あれは駄目、これは駄目というだけでみんな自分から動こうとしないから私がやっているんじゃないか!何度も言っているが我々には時間がないんだ!対案もだせないなら黙って私のやることを見ていればいい!」

 ダリルの顔が朱に染まる。

 ギリギリと歯を噛みしめながらエラントを睨んでいたが、やがて大きくため息をつくと口を開いた。

「ならば……リヴァスラ氏族と対話を行うまでだ」

「馬鹿な!そんなことをしたって奴らが譲歩するわけがない!」

「仕方ないだろう。エラント、お前のやろうとしていることは巫女を冒涜する行為だ。そんなことをしても島民が付いてくるわけがない」

「……これだけ言っても駄目なのですか」

「当たり前だろう」

 ダリルがぶっきらぼうに突き放す。

「そもそも神獣を目覚めさせるなどと言うお前の妄想に付き合った儂が悪かった。儂は売国の徒になるよりも誇りある敗者となることを選ぼう」

「そうですか……それでは仕方がありませんね。別の方法を考えることにしましょう」

 エラントはため息をつくと瓶をテーブルの上に置いた。

 ダリルがエラントの肩に手を置く。

「それが良い。それよりもお前には一族を説得する役をやってもらいたい。若衆頭として人望のあるお前ならばみなもいうことを聞くだろう」

「いえ、その必要はありませんよ」

 そう言い終わるや否やエラントが振り返り、ぶつかるようにダリルへと体を預けた。

 ダリルが爆ぜるように体を痙攣させる。

「き……貴様……なに……を……」

 喘ぎながらふらふらと後退る。

 その腹には大きな短剣が突き立っていた。

「言ったでしょう、もう戻れないのだと。それにもう時間がないんですよ」

 エラントはダリルに詰め寄るとその口を押さえながら短剣を更に体の奥に押し込んだ。

「むっ……ぐううぅぅっ!」

 うめき声をあげながら抵抗していたダリルだったが、やがてその体が床に崩れ落ちていく。

「キール、これで君は僕のものだ。僕と君でこの島を平和に導くんだ」

 ダリルのシャツで短剣の血を拭いながらエラントは誰に言うともなく呟いた。




    ◆




 森の中に剣戟の音と叫び声が響いてきた。

 その声を聞いてガストンが眉をしかめる。

「あれは……キールが閉じ込められてる牢獄の方からしてるぜ!」

「急ごう!」

 ルークは一目散に走りだした。

 何か嫌な予感がする。

 声は森の中に開けた空き地から聞こえていた。

 どうやらクランケン氏族とリヴァスラ氏族が小競り合いをしているらしい。

 既にひと悶着あった後なのだろう、クランケン氏族の戦士は皆一様に傷つき地に倒れ伏していた。

「あれはドレイクじゃねえか。あいつらもキールを手に入れようとしてたのかよ」

 藪の中から顔を出したガストンが驚いている。

「これ以上怪我したくなかったらキールのところまで案内するんだな。なんなら1人だけ残して他は殺しちまったって良いんだぜ?」

 ドレイクと呼ばれた屈強な男がクランケン氏族の戦士に向かって血の滴る剣をこれ見よがしに突き出していた。

 クランケン氏族の男は憎々しげにドレイクを睨み付けているが、反撃する力は残っていないようだ。

「誰が貴様らなんぞに!死んだって従うものかよ!

「そうかい、それじゃあ強がりの続きはあの世でするんだな」

 ドレイクが剣を振り上げるた

「いけない!」

 ルークが立ち上がった時、鈍い音が響いた。

「……う……ぐうああああっ!」

 一瞬の間をおいてドレイクの悲鳴が森に響き渡る。

 剣を持っていた右手があり得ない方向に曲がっている。

「お……俺の腕がああっ!」

「がっ!」

「ぐわっ!」

「ぐうっ!」

 空き地の中に一陣の風が吹いたかと思うとクランケン氏族の戦士たちが次々倒れていった。

「な、なんだあっ!?」

 ガストンが目を丸くする。

 ほんの数秒の間にクランケン氏族の戦士は全員地に倒れ伏していた。

 そしてその中心に1人の男が立っていた。

 手に小さな棒切れを持っているだけでその身には寸鉄すら帯びていない。

「まさか……あの人は……」

 男を見てルークが目を丸くした。

「ゲイル殿下?」

 その声に男が振り返る。

 男はゲイル・アロガスその人だった。

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