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第3章:悪魔と天使

38.新しい生活

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「…いい加減にしてください!」

 サリアの怒号が響き渡った。

「…どうしたんだ?いきなり」

 その声にエヴァンが不思議そうな顔を向けた。

「どうしたんだ、じゃありませんよ!なんなんですかこれは!」

 サリアはそういうと両手を広げた。

 そこはエヴァンの新居となった屋敷の応接間だ。

 あれからフォラスの合意を得たエヴァンはドミンゴからただ同然で屋敷を買い取ることに成功した。

 封印が解けた屋敷は異様な雰囲気も消え去り、普通の佇まいを取り戻していた。

 そしてそれから1カ月、エヴァンたちはひたすら怠惰な生活を送っていたのだった。


 テーブルには空になった酒瓶や食べ終わった皿が散乱し、その間に様々なゲームが散らばっている。

 今もエヴァンとメフィストはジェンガに興じている最中だった。

 フォラスは別のソファで一心不乱に本を読んでいる。

 そこにモップを手にしたサリアがやってきたのだ。

 エヴァンの指がジェンガに引っかかって山が崩れ落ちる。

「いえー、あたしの勝ち!これで今日の食器洗いはエヴァンね!」

 メフィストが得意げに叫ぶ。

「チェッ、サリアのせいで負けちゃったじゃないか」

「チェ、じゃありません!それよりもこの汚れっぷりをなんとかしてください!」

「わかってるわかってるって。そのうちやるから」

「そのうちそのうちって、全然やったことないじゃないですか」

「いやー、いつもサリアとフォラスがやってくれるもんだからついつい甘えちゃってさ」

「全く…山寺での習慣が身に染みてしまった我が身が悲しくなります」

 サリアはぶつぶつと言いながら床に散らばったゴミをてきぱきと片付け始めめる。

「いいじゃん、食器洗いはあたしとエヴァンがやってんだから。それよりもパンケーキ食べる?」

「そういう問題じゃありません!せめて使ったものは片付けるくらいしてください!」

 台所から山盛りのパンケーキを持ってきたメフィストにサリアが顔を真っ赤にさせて叫んだ。


 この1カ月で4人の役割は掃除と洗濯はフォラスとサリアが、料理はエヴァンとメフィストは担当することに自然と決まっていった。

 とは言え料理はほぼエヴァンが作っているのだが。

 そしてそれ以外の時間はゲームをしたり街をぶらついたりとひたすら自由に過ごしていた。

「まあまあ、腹が減ってたらつまらないことで怒りやすくなるってもんだろ?とりあえず一息いれようじゃないか」

「…まったく、そんなことでこの私が懐柔されるとでも…」

 そういいつつもサリアはパンケーキを口に運ぶ。

「あ、美味しい」

「どうだ、これはあたしが作ったんだぞ。だいぶ上手くなっただろ」

 メフィストが得意そうに胸を張る。

「へー、メフィストが…意外ですね…って悪魔の作ったものじゃないですか!あなた、まさか私を誘惑するつもりですか!」

「いやパンケーキは誰が作ってもパンケーキだろ。それよりも冷めないうちに食べないともったいないぞ。ほら、フォラスも」

「ん~これ読み終わったら食べるから置いといて」

 フォラスはエヴァンが声をかけても本から顔を上げることすらしない。


「なあああああああっ!!!!」


 突然サリアが絶叫した。

「わ、私はなにをしているんだ!天遍教の信徒が悪魔と同居なんて!このままでは地獄に落ちてしまううううう!!!」

「どうどう、落ち着け」

 七転八倒して叫ぶサリアをエヴァンがなだめた。

「ちょっとストレスが溜まってるだけだって。どうだ?軽く運動でもしないか?すっきりするぞ」

 エヴァンの言葉にサリアの眼に光が灯る。

「望むところです。今日こそはあなたに一矢報いますとも。そしてその暁にはあの悪魔たちも調伏してみせます」

「その意気だ」


 エヴァンとサリアは屋敷の中庭へと降りた。

「今日は本気でいかせてもらいますよ。覚悟してください」

「いつでもいいぞ」

 エヴァンの声と共にサリアが飛びかかった。

 ここ最近エヴァンは運動と称してサリアと立ち合いをしていた。

 とは言え実力差は明らかでいつもサリアの方が先に動けなくなっているのだが。


 そして今日も1時間後にはボロボロになったサリアが地面に横たわっていた。


「な…なんでそんなに強いんですか…」

 荒い息と共にサリアが言葉を絞り出す。

「前に説明しただろ。俺は元勇者だって」

「メ…メフィストに封印を解いてもらったという話ですか…最初は信じられませんでしたが…こうも強いと信じるしかないようですね」

 よろよろと身を起こし、自らの身体に治癒魔法をかけながらサリアが呟く。

「私だって聖剛山を首席で下りた身、腕に多少の覚えはあるのにここまで実力に差があれば信じないわけにはいきません」

「まあ今日は割といい動きしてたと思うぞ。勘が戻ってきたんじゃないのか?」

 一方のエヴァンは息一つ乱していない。


「よくやるよね~疲れるし痛い思いするだけだってのに」

 中庭のベンチではメフィストがパンケーキを突きながら観戦している。


「これも修行です。いずれエヴァンを超え、あなたも滅しますから覚悟していなさい」

 サリアは伸びをするとエヴァンに向き直った。

「それよりも1カ月もだらだら過ごしていて大丈夫なのですか?碌に仕事もしていないようですが」

「それなんだよなあ」

 エヴァンがため息と共に頭をボリボリと掻く。

「屋敷は安く手に入れたけど模様替えだなんだで結構使っちまったからなあ。4人もいると食費も結構かかるし」

「う…」

 エヴァンの言葉にサリアが言葉を詰まらせる。

 なんだかんだでサリアもずっとエヴァンの屋敷に寝泊まりしていたのだ。

「そういえばサリアはここにいても大丈夫なのか?天遍教の尼僧なら教会にだって泊まれるだろ?」

「わ、わたしのことはいいじゃないですか。それよりもお金の算段をしましょう。私もお世話になっている以上、生活費は入れるつもりです。そのためには稼がないと」

「そうだなあ。久々にギルドに顔でも出してみるか」

「そうです!そうしましょう!それでは早速行きましょう!」

 サリアはエヴァンの手を取ると駆けだした。

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