一度全てを諦めた王が全てを手に入れる話 －王を見守り続けた男－

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「ヘスティア嬢は本当にそんなことを言ったのか？」

陛下は静まり返った空気を割る様に良く通る声で彼女に聞きました。
男爵令嬢の言葉を鵜呑みにしているのではなく、ただ彼女の口から語られる真実を知りたかったのです。
直接的ではないにせよ、何度も男爵令嬢に忠告をしたその理由を知りたい。
そんな好奇心めいた問いかけでした。

彼は彼女がどんな人かを知っていました。
幼い頃から虐待を受けながら、それでも人を慈しむ事ができる優しい令嬢が彼女なのです。
シュラウドが生きる希望を思い出した切っ掛けとなった出来事を彼は一瞬たりとも忘れた事はありません。
毎日木陰の下で練習をしていた刺繍の腕前があがり、欠点というものを持たない彼女の努力を彼はずっと見てきたのです。
どんな相手でも一番に相手を思い言葉を尽くす彼女が男爵令嬢に暴言紛いの言葉を吐くなど考えられませんでした。

「男爵令嬢を説得した事はあっても暴言は言ってません」
「嘘よ！私はこの女に下品だなんだと侮辱されたのよ！」

男爵令嬢は彼女を指さして叫びます。
品も何もない物言いに、男爵令嬢を笑う声が聞こえましたが、王太子がにらみを聞かせると広間は静まりかえりました。

男爵令嬢と王太子に睨みつけられても彼女は悠然と立って居ました。

「では、何と言って説得したのか申してみよ」

彼女の澄んだ瞳と、陛下の瞳が交差しました。
陛下のその目は彼女が気高い女性であることを認め、今後の判断を憂いているように凪いでいました。
彼女は陛下の言葉に小さくうなずくと真実を語りました。

「ただご自分のお身体を大切にしたほうが良いのではないかとお話をしただけです」
「……はぁ？！そんな事言われたことないわ！陛下！この女は嘘を言ってます！直ぐに捉えてください！」
「ヘスティア嬢、その場で伝えた通りに申してみよ」

言葉を選んで告げた彼女の言葉に、男爵令嬢は間髪入れずに吠えました。
彼女なりに男爵令嬢を思っての言葉でしたが、男爵令嬢は逆に彼女をつるし上げる事に必死で自分の立場がどうなろうと構わない様子でした。
陛下に促されて、彼女は迷ったそぶりを見せてから再度口を開きました。

「身体を使って男性に話しかけるようなはしたない行動は控えるようにお伝えしました。彼女は学園生活の間に王太子と恋人になった様子だったので、風紀を守る為に忠告するしかなかったのです」
「そんなの言い訳よ！……王太子に振り向いて貰えないからってシュラウド様に尻尾を振って喜んでたのはアンタでしょ！？このっ、見境なし！」

男爵令嬢がそう言って王太子に寄り添って同意を求めるように笑いかけました。
勝ち誇ったような顔をして彼女を侮辱する男爵令嬢は王太子が自分を選んだという決定的な証拠を持って威張っていました。

「見境なし…？」

シュラウドの疑問の声を聞いたのは誰もいませんでした。
一番近くにいる彼女でさえも聞き取れない小さな呟きだったのです。