89 / 92
89
しおりを挟む
「梨花!」
「待って」
私を呼び止めようとする隼人の声、それを制する美和の声。
仲睦まじく聞こえてしまうのは、私の醜い嫉妬心もあるのだろうか。
素早く次の教室へと向かい授業を受けるが、教授の声が耳に届いているのは分かる。が、頭には入ってこなかった。
言葉が意味として理解出来ず、ただ風の音や鳥の鳴き声のように、雑音としてしか感じられなかったのだ。
意味を含まない、ただの音。
何とか教科書を読もうとしても、そこに羅列されているのは文字ではなく記号のようで、言葉が頭に入らない。
文字すら意味が理解できず、それにはただの記号が印字されているようにしか見えない。
言葉を書こうにも、何を書いて良いか分からない。
――惨めだ。
こんなに怒りを感じ、悲しみに心が張り裂けそうになり、声にならない叫びが身体中を貫くような感覚は、以前の生も含めて初めてだ。
認められたいと願い、求められるまま動き、自分の感情を押し殺していた頃とは違う。
感情が溢れて、叫びたくなるのを抑え、張り裂けるように心が痛む。
どうして良いのかなんて分からないし、どうしたら収まるのか皆目見当もつかない。
溢れかえる感情で、自分が自分ではなくなるように思えて怖くなる。
「……」
溜息が出そうだったが、何の音も出ず、ただ口を開いただけで終わった。
自分自身に呆れた気持ちを持ちつつ、何の意味もなさなかった授業が終わり、私は迷いながらも次の教室へと向かう為に廊下へと出る。
「梨花! 話を聞いてくれ!」
「梨花~、お疲れ!」
既視感。
またしても寄り添う二人が、私の目の前に現れた。
授業が終わってすぐ廊下に居るなんて、授業をサボっているのだろう。
こんなの待ち伏せだ。
「離せ!」
「え~? なんで今更?」
隼人が美和の腕を振り払って怒鳴るけれど、今更? と思い冷めた目で見ていた。
どうせ私の前でだけ見せるパフォーマンスなのだろうと……私をまた騙すつもりなのかと。
怒りや悲しみで頭がごちゃごちゃするけれど、全く表情筋は動かない。
鬱々とした気持ちだけが支配し、私は目の前に居る二人をスルーして通り過ぎる。
「梨花、なんで隼人さん無視するの? 婚約者なんでしょ?」
頭にカッと血がのぼり、背筋に鳥肌が立つ。
ゾワリと怒りの感情が奥底から這い上がる感覚がして、自分自身に身の毛がよだった。
「あ、違った。元だったっけ?」
「おまえ……っ!」
馬鹿にするような美和の声。
隼人が美和を制するように声を荒げたけれど、演技にしか思えなかった。
だって、ならば何故、婚約解消を告げた事を美和が知っているというのだ。
「待って」
私を呼び止めようとする隼人の声、それを制する美和の声。
仲睦まじく聞こえてしまうのは、私の醜い嫉妬心もあるのだろうか。
素早く次の教室へと向かい授業を受けるが、教授の声が耳に届いているのは分かる。が、頭には入ってこなかった。
言葉が意味として理解出来ず、ただ風の音や鳥の鳴き声のように、雑音としてしか感じられなかったのだ。
意味を含まない、ただの音。
何とか教科書を読もうとしても、そこに羅列されているのは文字ではなく記号のようで、言葉が頭に入らない。
文字すら意味が理解できず、それにはただの記号が印字されているようにしか見えない。
言葉を書こうにも、何を書いて良いか分からない。
――惨めだ。
こんなに怒りを感じ、悲しみに心が張り裂けそうになり、声にならない叫びが身体中を貫くような感覚は、以前の生も含めて初めてだ。
認められたいと願い、求められるまま動き、自分の感情を押し殺していた頃とは違う。
感情が溢れて、叫びたくなるのを抑え、張り裂けるように心が痛む。
どうして良いのかなんて分からないし、どうしたら収まるのか皆目見当もつかない。
溢れかえる感情で、自分が自分ではなくなるように思えて怖くなる。
「……」
溜息が出そうだったが、何の音も出ず、ただ口を開いただけで終わった。
自分自身に呆れた気持ちを持ちつつ、何の意味もなさなかった授業が終わり、私は迷いながらも次の教室へと向かう為に廊下へと出る。
「梨花! 話を聞いてくれ!」
「梨花~、お疲れ!」
既視感。
またしても寄り添う二人が、私の目の前に現れた。
授業が終わってすぐ廊下に居るなんて、授業をサボっているのだろう。
こんなの待ち伏せだ。
「離せ!」
「え~? なんで今更?」
隼人が美和の腕を振り払って怒鳴るけれど、今更? と思い冷めた目で見ていた。
どうせ私の前でだけ見せるパフォーマンスなのだろうと……私をまた騙すつもりなのかと。
怒りや悲しみで頭がごちゃごちゃするけれど、全く表情筋は動かない。
鬱々とした気持ちだけが支配し、私は目の前に居る二人をスルーして通り過ぎる。
「梨花、なんで隼人さん無視するの? 婚約者なんでしょ?」
頭にカッと血がのぼり、背筋に鳥肌が立つ。
ゾワリと怒りの感情が奥底から這い上がる感覚がして、自分自身に身の毛がよだった。
「あ、違った。元だったっけ?」
「おまえ……っ!」
馬鹿にするような美和の声。
隼人が美和を制するように声を荒げたけれど、演技にしか思えなかった。
だって、ならば何故、婚約解消を告げた事を美和が知っているというのだ。
120
あなたにおすすめの小説
貴方が私を嫌う理由
柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。
その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。
カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。
――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。
幼馴染であり、次期公爵であるクリス。
二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。
長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。
実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。
もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。
クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。
だからリリーは、耐えた。
未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。
しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。
クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。
リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。
――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。
――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。
真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。
貴方の幸せの為ならば
缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。
いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。
後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……
透明な貴方
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。
私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。
ククルス公爵家の一人娘。
父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。
複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。
(カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした
朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。
子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。
だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。
――私は静かに調べた。
夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。
嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。
妹を愛した男は、もうじき消えます。
coco
恋愛
私には、可愛い妹がいる。
彼女はいつだって、男たちを魅了する。
それが、私の恋人であっても。
妹の秘密、何も知らないくせに。
あの子を好きになる男は、みんな消えるのよ。
妹を愛した男たちの末路と、捨てられた私の行く末は-?
何か、勘違いしてません?
シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。
マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。
それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。
しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく…
※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる