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しおりを挟む少女霊に会う為に集う常連達の間にはいつしか連帯感のようなものが生まれていた。
自然とファンクラブが形成され、それは現場のモラル維持に役立った。
初期に見られた少女霊に触れようとする者などいなくなり、観賞は概ね秩序立って行われる。
愛をもって見守りましょう。
そんなスローガンのもと、情欲は胸に秘め、会場では紳士的な態度を貫く。
が、空気を読まない新規の見物客はどうしても一定数やって来るのだ。
ある時、品のない親父が我が物顔で少女霊に纏わり付いた。
「なるほどねぇ、光ってやがっからこんな暗い所でもよく見えらぁ」
普通に触ろうとする。
「何だ、触れねぇのか? ちっ! おい、突っ立ってるだけじゃつまんねぇぞ。姉ちゃん、踊って見せろや」
傍若無人。
周囲は注意をしたいのだが、皆この手の親父は苦手だった。
刺激したら絶対に怒鳴り出しそうなタイプ。
少女霊がいつものようにしゃがみ込む。
親父は恥も外聞もなく地面に這いつくばり、股間を覗き込んだ。
「おお~っ! おま○こ丸見えじゃねぇか! サービスご苦労! ぶひゃひゃひゃ」
親父の歓喜の濁声が轟き渡る。
顔を顰めて親父の行動を眺めていたファン達の間に落雷の如き衝撃が走った。
み、見える・・・・・・だ、と?
それは、もしかしたらと内心思ってはいた事だ。
口の中がちゃんと形成されているんだからアソコも・・・と。
が、他人の目がある中で彼女の股間を覗き込むのはさすがに躊躇われ、誰も確認はしていなかった。
第一、ファンクラブの中核を担う者達ほど童貞率が高い。
現実世界に息づく生の女性器だって見たことがない。
だからか、神秘は神秘としてそっとしておきたい気持ちもあった。
その深奥のミステリーを悪の勇者・親父が暴いてしまったのだ。
話題のアイドルの性器を誰もがただで観賞可能。
その情報はネット上を疾風となって駆け巡った。
更なる関心が集まる。
興奮は奔流となって渦巻く。
注目度が上がると、大して興味を持ってなかった層までその波の中に加わってくる。
公園への人出が爆増した。
新たな訪問者達はギラつく欲望を隠そうともしない。
美少女のま○こ目当てに来ましたと顔に書いてある。
辛うじて保たれていた節度は吹っ飛んだ。
良いポジションを確保する為に喧嘩になることもしょっちゅう。
押し合いへし合い前に出る。
少女霊がしゃがむのを今か今かと待ち構える。
彼女がしゃがんだら素早く地べたにへばり付き、早い者勝ちで覗き込む。
素人美少女の露になった陰唇をかぶりつきで凝視しても怒られない幸せ。
いや、いつまでもそうしていると順番待ちの連中が早く替われと怒り出すけど。
中には興奮して陰部に指を突っ込み掻き回す馬鹿もいる。
もちろん指は空を撹拌するだけなのであるが。
当局は頭を抱えた。
野外で児童の性器が公然と観賞の対象にされている。
由々しき事態である。
しかし、法で裁けるのか?
無理だ。
霊は法的には存在しないのだ。
取り締まろうにも、そこにいないものを見て何が悪い、となるだろう。
科学的には彼等は脳が作り出す幻影を眺めているだけに過ぎないのだから。
まぁ、当局者達も幻影を目撃してしまってはいるけど。
当然、霊を公然わいせつ罪で拘束するなんて事も不可能だ。
お手上げだった。
被害者はセカンドレイプに遭っている、と声を上げる人々もいた。
が、やはり勝手に現れる霊に手を差し伸べるのは難しい。
それ以上の進展はなかった。
近隣住民は夜中の群集に大迷惑している。
少女霊は日が暮れると姿がはっきりしてくるので、その時分から人が集まり始める。
そして彼女がぼんやりと薄れてゆく明け方まで、毎夜毎夜公園周辺は屋台まで出て賑わうのだ。
集まる連中に対し、警察はせいぜい騒がしいグループに注意を与えるくらいの事しか出来なかった。
騒ぎを沈静化しようと公園の封鎖も検討されたが、法的な根拠が曖昧で議論となり話が進まない。
心霊科学者達は死後の魂の存在を証明する事例が遂に現れたと色めき立った。
彼等は少女霊を構成する物質を採取しようと試みたり、映像に残そうとしたり、コミュニケーションを取ろうとしたり頑張った。
であるが、中々思うようにはいかない。
そのうちいつも前をウロウロして邪魔だと一般見物客達の怒りを買い、公園への出入り禁止を食らってしまった。
研究者の登場を待つまでもなく、少女霊を写真に収めようという試みは早くからあった。
初めに凸した投稿者以来、多くの者がチャレンジしている。
当初は心霊写真を撮ろうとして。
後には全裸アイドル写真を撮ろうとして。
が、誰がやってもやっぱり人型の光しか撮れないのだ。
もし撮影が可能だったら、もっと大事になっていただろう。
写真はないが、絵師達は次々と少女霊アートを発表して人気を博した。
美少女霊のキャラクター化が進んでゆく。
ネットに上がる同人エロ漫画では幽霊ものが急激に増加。
スペクトロフィリアという聞き慣れない言葉がすっかりメジャーとなった。
心霊性愛や霊体愛好と訳される異常性癖の事である。
ある夜、地元のケーブルテレビ局が公園に撮影機材を持ち込んできた。
現場にいる人々へのインタビューなど織り込んだ、一連の騒動を題材にした番組を制作するらしい。
その時のことだ。
ちょっとした事件が起こった。
機材のセッティング中に、たまたま演出用の太いレーザービームが少女霊に当たったのだ。
ビームは彼女を貫いた。
そして、光が当たった霊の身体の一部は消失してしまった。
顔のど真ん中に穴が開いて、その部分が無となったのである。
観衆から悲鳴が上がる。
もう彼女に対して幽霊という感覚を失くしていたが、顔の欠損はいくら何でも怖い。
肉片や血が飛び散った訳でもないのでそこまでグロテスクではないものの、目の内側半分と鼻が丸く消えた顔は不気味だ。
かといって少女霊に何らかの反応があった訳ではない。
平然と立っている。
テレビ局のスタッフは慌てて光を消した。
少女霊の顔は普通に元に戻った。
つまりこれはレーザービームにより顔の一部が失われたというよりも、単に光が当たった部分だけ見えなくなったという方が正しいのだろう。
この情報に当局は飛びついた。
独自に検証して効果が確認される。
犯罪防止の為です。二度とあのような悲劇を起こさぬように。
そんな名目で予算を計上し、公園の四方に物々しい照明塔が設置されることになった。
スポットライトのように一点を集中的に照らす事が出来るものだ。
極めて速やかに作業は進む。
そして、全ての準備が終わった夜。
少女霊に向けて一斉に強力な光が当てられた。
集まった観衆から叫声と怒号と嘆息が沸き起こる。
成功だった。
当局の思惑通り。
少女霊の姿は見事に消えた。
以後、公園では明るいライトが常時燈され、少女霊の姿は掻き消されるようになった。
日中でも点いているのは曇った日にも対応出来るようにだ。
少女霊の存在を完全に抹消するという当局の断固たる意志が感じられる。
かくして見るべき対象がなくなり、集まる人は減っていった。
やがて間もなく、夜毎の狂騒は終わりを告げた。
公園は静けさを取り戻したのだ。
状況が落ち着いて後、一度だけ公園のライトが消されたことがある。
少女の両親が訪れた時だ。
その日当局は両親の希望を受け入れ、特別な計らいで彼等と娘の対面を実現させたのだった。
喧騒の最中には両親は公園に来たことがなかった。
やはり騒ぎに対し、言い知れぬ複雑な気持ちがあったのだ。
面会はゲリラ的に実行された。
周辺の住民も寝静まった夜更け。
両親は当局の職員に伴われ、忍ぶように公園内に入った。
両親の表情から読み取れる感情は、緊張、期待、興奮、悲しみ、その他入り混じる混沌としたもの。
彼等は少女が好きだった母の料理をお弁当にして持ってきていた。
彼女のお気に入りの服や本もたくさん抱えている。
手渡せる訳がないのは分かっているが、もしかしたら喜んで貰えるかも知れない。
少女がいつも現れていた場所の前に両親が立つ。
彼女が殺害された現場。
少女の霊を消すようになってから、もう半月が経っていた。
その間誰も少女の姿を見ていない。
果たして彼女はまだそこにいるのだろうか。
それはやってみなければ分からなかった。
ライトが消された。
夜の暗闇の中に少女の姿が淡い光を纏って浮かび上がった。
彼女は変わらずそこにいる。
両親は生きているかのような娘を前にして涙が止まらなくなった。
嗚咽を堪え、話し掛ける。
その頬を、頭を撫でる。
触れられない事を知っていても、そうせずにはいられない。
少女の方はいつも通りだ。
無関心に遠くを見る目で、ただ佇むだけであった。
こんな訳で、今は公園に行っても少女の姿を見ることは出来ない。
寂れた公園に不似合いな強烈な光が、地面に置かれた花束を明々と照らし出しているのを目にするだけである。
が、多分少女はまだその光の中にいる。
人の目に見えないだけで、相も変わらず裸で立っているに違いない。
孤独を感じることすらなく。
恐らくは永遠にそのままなのだろう。
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みんなの感想(1件)
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