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第2章 カーネイジ
2-5 汚染
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「そーちゃん!? 今の、まさか……グラインド!?」
いつの間にかシルベーヌさんがいた。一颯さんは、路上に倒れていた居酒屋の店主を心配して隣で見守っていたらしく、その一颯さんの隣にシルベーヌさんがタンクトップにジーンズという服装で立っている。
「あー、あはは。まだ言ってなかったですね。僕が能力者だって」
僕が少し気まずい思いで佇んでいると、シルベーヌさんは呆れたように笑い、
「それがあのディキャピテーションを倒した武器なのね。納得したわ。もうびっくりしちゃったわよー、シャワーから出てきたらミモザちゃんいないし、念の為に街に来てみたら、なんか騒がしいじゃない? そしたらこれよ? 2人とも無事だったからよかったけど」
そう一気にまくし立てた。心配かけてしまったな。書き置きを残しておくべきだったか。
「このおじ様がさっきの男の人達に襲われてたんです。難癖つけられてお代をタダにさせようとしていたんでしょう」
一颯さんが立ち上がり、説明してくれた。僕も居酒屋の店主さんに近寄り安否を確認する。
「あ、あぁ、お兄さん助かりました。ありがとうございます。最近はどうも物騒でいけねぇ」
「最近? 他にも何かあったんですか?」
僕らがこの地を訪れた目的、公害の調査。それに繋がる事なのだろうか?
「ここらで暴力沙汰事件が最近増えてきとるんです。不審火なんかもあったりしてねー。あと農家の畑が荒らされてたりだとか。熊やら狼やら見かけただとか。嫌な事が重なってるんですわ」
おじさんは疲弊したように語った。驚いた。公害にはならないが、そこまで事件が立て続けに発生していたとは。これは偶然なのか? はたまた何かが裏で動いているのか。
居酒屋のおじさんと別れを告げ、僕ら3人はホテルへと戻る。
「今の話、例の事件と関係があるのでしょうか?」
帰る途中、一颯さんも気になっていたのか、口を開いた。
「わからないわ。ただ、現地の人の意見は貴重ね。単なる噂とも思えないわ。何より一番気になったのは狼の件。日本ではもうとっくに狼は絶滅したはず。絶対に何かあるわ」
答えたシルベーヌさんの眼差しは真剣であった。そう、日本で野生の狼はもう100年以上も前に絶滅している。動物園から脱走してきたとでも言うのだろうか。
「ともかく! 明日もあるんだから! 旅先で興奮してるんだろうけど、2人とももう寝なくちゃだめよ? 寝れなくても部屋に帰ったらちゃんとベッドで目を瞑りなさい? いいわね?」
真剣だったシルベーヌさんはいつもの顔に戻っていた。面倒見のいいとこは、僕の姉よりも姉らしい。一颯さんは返事をしながらも嬉しそうにしていた。それを見てシルベーヌさんは訝しそうにしている。
「私、ずっとお姉ちゃんほしかったんです。だからなんだか嬉しくて」
「そうなの!? やだー、ミモザちゃんみたいな可愛い妹ならいつでも大歓迎よ!」
そう言ってシルベーヌさんは一颯さんに抱きついた。一颯さんはくすぐったそうにしている。
「弖寅衣くんにはもう話してあるんですが、私、家出娘なんです。なのでこんなに自分を心配してくれる人は嬉しくて、甘えちゃいそうになってしまいます」
その言葉を聞いたシルベーヌさんは驚いていたが、目を細め夜空を見上げる。
「そうだったのね。実は私も似たようなとこなの。家を継ぐのが嫌でそれを放棄した人間なの。だから、余計にあなたの事は他人とは思えないわね」
シルベーヌさんは温かい笑顔で一颯さんを見つめていた。
翌朝、僕らは8時に目覚め朝食を済ませた。昨夜は部屋に戻ると、堂島さんはビールを飲んだあとだったからか既に寝ていた。僕はそんな彼を見て呆れながら就寝し、朝を迎えた。
そして、荷物をホテルに置き、タクシー2台で今日の目的地へと向かった。そこは大きな湖である。日本一の山が綺麗に見えるため、観光地としても有名である。
「おぉー、綺麗なとこだなー! こりゃあ日々の疲れも吹っ飛ぶな!」
タクシーでの長時間移動に疲れていたのか、堂島さんは着くなり伸びをしながら言った。今日は全身黒ではなく、茶色の半袖シャツにジーンズというスタイルで少し珍しい。
僕はというと、緑色のポロシャツに黒のストレートで細めのカーゴパンツというシンプルな組み合わせだ。
「えぇ、素敵な所ね。ここでゆっくりしてたいわぁ」
シルベーヌさんは白地に花柄のキャミワンピ、そしてその上に半袖のデニムジャケットを着ている。ピンクの髪はサイドテールに縛っていて、ちょうど昨日の姉と似ている。姉は昔からサイドテールにしていた事も多かったので、その影響なのかもしれない。
「せっかくですし、4人で写真撮りましょ? あ、すみません、写真お願いします」
一颯さんは近くにいたバスの運転手さんに携帯端末を渡す。今日の一颯さんはキャスケットを被っている。白の七分袖ブラウスにネイビーのキュロットスカート、ショートブーツというコーデで可愛らしい。肩まで伸びたふわっとした髪を、下の方でツインテールにしている。
日本一の山と湖をバックに、左から堂島さん、僕、一颯さん、シルベーヌさんと並び写真を撮ってもらい、一颯さんのスマホから皆の端末へと送ってもらった。
写真を撮ってくれたバスの運転手さんにお礼を言ったが、シルベーヌさんがカメラの三脚ケースバッグを肩から下げていたので、少し疑問に思っていたようだった。まさかこのバッグに日本刀が入っているとは思わないだろう。
僕ら4人は湖周辺を少し散策することにした。すると、前方に5人の若い男女の集団がいた。その内の1人の男が、飲み物のカップとタバコの吸殻を湖へと投げ捨て、そして何事もなかったように仲間達と先を行く。
「なんだあいつら? 腐ったガキ共だな。一発ぶん殴ってくるか?」
「許せないわね。斬っていいかしら?」
堂島さんとシルベーヌさんがキレ始めたので一颯さんと僕が宥める。
と、今度はその集団の女子2人が白い野良猫を見つけ、スマホで写真撮影していた。聞こえる会話から察するに、SNSに投稿するらしい。
野良猫は人懐っこいようで、女子達の足に頭をすりすりとしていた。すると次の瞬間、SNSへの投稿を終えた女子は、あろうことかその野良猫を蹴った。そして、笑いながら先を行く。
許せない。こればかりは、本当に許せない。
「あなた達、今、何しました? 動物虐待ですよ」
背後から一颯さんに呼び止めながらも、僕は若者達に声をかけた。
「はぁ? 他人が私らのやることに口出しすんなよ。自由なんだからさ」
「なにこいつ? そういうのうざいよ? だせぇよ?」
そう言って5人で笑い飛ばしていた。僕は至って冷静に、近くに落ちていた小石をグラインドで全員に軽くぶつける。
「いったっ! なに!? こいつ今何かした」
「何もしてませんよ? あと、このゴミ、ちゃんと持ち帰ってくださいね?」
そう言って、先程男が湖に捨てたゴミを僕の能力で運び、男の服に突っ込む。タバコの吸殻は、野良猫を蹴った女の鼻の穴に突っ込む。
若者達は怖くなったのか、悲鳴を上げながら走り去っていった。
「ごめんね、馬鹿な人間のせいで。大丈夫だったかい?」
僕は野良猫へと近付き撫で回す。この猫を飼うことはできないが、せめて仇を討ちたかった。猫は僕の指を舐めてくる。ザラザラしていて、擽ったい。
「そーちゃん、偉い! スカッとしたわぁ。便利な力ね」
シルベーヌさんが近寄ってきて一緒に猫を撫で始めた。
「俺だったらぶん殴って警察沙汰になってたからな! 想がやってくれて助かったぜ」
堂島さんは猫ではなく、僕を撫でてきた。あんな非道な事をする若者は許せない。なんでもかんでも自分達の自由だなんて、そんなものは間違ってる。そんな奴らは自由を求める資格はない。自由を得るには、他者や周りへの配慮が必要だ。
「弖寅衣くん、今度はこの猫ちゃんのヒーローですね」
一颯さんもいつの間にか隣で猫を撫でていた。そして、堂島さんはまだ僕を撫でていた。
シルベーヌさんが気になっている事があると言って、少し先にある湖のほとりに下りれる場所へと行くよう提案した。
「あたしが一番初めに知った公害問題、それは実はここの水質問題なのよ」
そう言ってシルベーヌさんはバッグからプラスチックのケースを取り出し、それに湖の水を入れた。そして小型の体温計のような物をケースの中の水に浸けた。
「やはり異常ね。水温は0℃近い上に、pHは10を越えているわ」
pH10を越えているということはアルカリ性か。
「どういうことだ? 俺にはさっぱりわからねぇ」
堂島さんが眉を顰めている。シルベーヌさんはケースの水を捨て、水温計のような器具を仕舞った。
「この湖は、とても生き物が生息できる環境ではないということよ」
そう言って立ち上がり、辺りを見回した。よく見ると、魚の死骸がいくつも打ち上げられていた。既に骨と化しているものもいくつかある。
もしも、あの野良猫がこの魚を食べていたりなどしたら、もしかしたらもう長くはないのかもしれない。考えたくない。
「こんな水質変化ありえるんでしょうか? とても自然に起きるとは思えません」
一颯さんは冷静に意見を言った。
「そうね。pHについては何らかの薬品で上げたとしても、水温がここまで下がるのはおかしいわ」
シルベーヌさんの言葉が終わったその時だった。辺りが騒がしい。人々が湖面を指差し騒いでいる。
「おいなんだありゃあ!? なんかいるぞ!」
堂島さんが指差した方角を僕も見る。湖面に、何か黒い影が映っている。その影はこちらに近付いているように見える。
まさか、湖に潜む幻の生物か? と思っていたのだが、それが近付くにつれ実体を把握する事ができた。
「ま、まさか、熊!?」
思わず声に出していた。そう、熊が湖を泳いで渡ってきていたのだ。あっという間に岸へと辿り着いた熊は、身体をぶるぶる振り水気を払った。
周囲の観光客達は驚き、避難したり、安全な場所から様子を窺っている。僕達4人も熊との距離を保つ。
「シルベーヌさん、一颯さんをお願いします!」
僕はそう言ったが、シルベーヌさんもそのつもりだったらしく、既に一颯さんを守るように後ろへと少しずつ下がっている。
「えぇ、大丈夫。2人とも、気をつけて」
そうだ。気をつけるに越したことは無い。だが、熊が僕らを襲ってくるかどうかもまだわからない。たまたま僕らがいる方へと上陸してきたのかもしれない。
だが、熊は明らかに僕らをじっと見つめている。人間ではないから感情が読み取れない上、初めて目の当たりにする動物に緊張が走る。
と、熊は突然堂島さんに向かって4本足で走りながら突進をしてきた。
「ぐぅおぉっ!」
堂島さんは受け止めたものの、熊の圧倒的なパワーに圧されている。と、熊はその大きな口を開き始めた。
「危ない!」
叫んだ僕は、周囲の大きめの石をグラインドで投げ飛ばす。ゴッゴッと音を立てて熊に命中したが、それでも熊は怯まず、こちらを見据えている。やはり、何か様子がおかしい。
熊の注意が僕に向いている隙をつき、堂島さんは横から回し蹴りを放つ。しかし、熊は倒れない。確実にダメージを受けているのに。逆上した熊は二本足で立ち、両手の爪を掲げた。
「なら、これはどうだ!」
僕は周囲の大きめの石をありったけ動かす。熊の後ろ足を石で固め固定する。そして上に掲げた前足も、空中で石を固め固定する。最後にその熊の口に石を押し込む。
「ドド!」
僕の呼びかけと同時に、堂島さんは熊の腹に3発のパンチ、2発の回し蹴り、最後に頭部目掛けて蹴り上げた。見事熊は倒れ込んだ。
「いやー、流石に熊との戦いは久しぶりだったなー」
前にも経験していたのか。どんな修行をしていたんだ。シルベーヌさんと一颯さんも安心して近寄ってきた。と、もう1人近付いてくる人影があり、僕は警戒する。
「あんたら中々やるじゃあないか。俺の名はアイレッスルドベア。ゼブルムのもんだ」
赤色のショートカットの女性が僕らの前に立ちはだかった。
いつの間にかシルベーヌさんがいた。一颯さんは、路上に倒れていた居酒屋の店主を心配して隣で見守っていたらしく、その一颯さんの隣にシルベーヌさんがタンクトップにジーンズという服装で立っている。
「あー、あはは。まだ言ってなかったですね。僕が能力者だって」
僕が少し気まずい思いで佇んでいると、シルベーヌさんは呆れたように笑い、
「それがあのディキャピテーションを倒した武器なのね。納得したわ。もうびっくりしちゃったわよー、シャワーから出てきたらミモザちゃんいないし、念の為に街に来てみたら、なんか騒がしいじゃない? そしたらこれよ? 2人とも無事だったからよかったけど」
そう一気にまくし立てた。心配かけてしまったな。書き置きを残しておくべきだったか。
「このおじ様がさっきの男の人達に襲われてたんです。難癖つけられてお代をタダにさせようとしていたんでしょう」
一颯さんが立ち上がり、説明してくれた。僕も居酒屋の店主さんに近寄り安否を確認する。
「あ、あぁ、お兄さん助かりました。ありがとうございます。最近はどうも物騒でいけねぇ」
「最近? 他にも何かあったんですか?」
僕らがこの地を訪れた目的、公害の調査。それに繋がる事なのだろうか?
「ここらで暴力沙汰事件が最近増えてきとるんです。不審火なんかもあったりしてねー。あと農家の畑が荒らされてたりだとか。熊やら狼やら見かけただとか。嫌な事が重なってるんですわ」
おじさんは疲弊したように語った。驚いた。公害にはならないが、そこまで事件が立て続けに発生していたとは。これは偶然なのか? はたまた何かが裏で動いているのか。
居酒屋のおじさんと別れを告げ、僕ら3人はホテルへと戻る。
「今の話、例の事件と関係があるのでしょうか?」
帰る途中、一颯さんも気になっていたのか、口を開いた。
「わからないわ。ただ、現地の人の意見は貴重ね。単なる噂とも思えないわ。何より一番気になったのは狼の件。日本ではもうとっくに狼は絶滅したはず。絶対に何かあるわ」
答えたシルベーヌさんの眼差しは真剣であった。そう、日本で野生の狼はもう100年以上も前に絶滅している。動物園から脱走してきたとでも言うのだろうか。
「ともかく! 明日もあるんだから! 旅先で興奮してるんだろうけど、2人とももう寝なくちゃだめよ? 寝れなくても部屋に帰ったらちゃんとベッドで目を瞑りなさい? いいわね?」
真剣だったシルベーヌさんはいつもの顔に戻っていた。面倒見のいいとこは、僕の姉よりも姉らしい。一颯さんは返事をしながらも嬉しそうにしていた。それを見てシルベーヌさんは訝しそうにしている。
「私、ずっとお姉ちゃんほしかったんです。だからなんだか嬉しくて」
「そうなの!? やだー、ミモザちゃんみたいな可愛い妹ならいつでも大歓迎よ!」
そう言ってシルベーヌさんは一颯さんに抱きついた。一颯さんはくすぐったそうにしている。
「弖寅衣くんにはもう話してあるんですが、私、家出娘なんです。なのでこんなに自分を心配してくれる人は嬉しくて、甘えちゃいそうになってしまいます」
その言葉を聞いたシルベーヌさんは驚いていたが、目を細め夜空を見上げる。
「そうだったのね。実は私も似たようなとこなの。家を継ぐのが嫌でそれを放棄した人間なの。だから、余計にあなたの事は他人とは思えないわね」
シルベーヌさんは温かい笑顔で一颯さんを見つめていた。
翌朝、僕らは8時に目覚め朝食を済ませた。昨夜は部屋に戻ると、堂島さんはビールを飲んだあとだったからか既に寝ていた。僕はそんな彼を見て呆れながら就寝し、朝を迎えた。
そして、荷物をホテルに置き、タクシー2台で今日の目的地へと向かった。そこは大きな湖である。日本一の山が綺麗に見えるため、観光地としても有名である。
「おぉー、綺麗なとこだなー! こりゃあ日々の疲れも吹っ飛ぶな!」
タクシーでの長時間移動に疲れていたのか、堂島さんは着くなり伸びをしながら言った。今日は全身黒ではなく、茶色の半袖シャツにジーンズというスタイルで少し珍しい。
僕はというと、緑色のポロシャツに黒のストレートで細めのカーゴパンツというシンプルな組み合わせだ。
「えぇ、素敵な所ね。ここでゆっくりしてたいわぁ」
シルベーヌさんは白地に花柄のキャミワンピ、そしてその上に半袖のデニムジャケットを着ている。ピンクの髪はサイドテールに縛っていて、ちょうど昨日の姉と似ている。姉は昔からサイドテールにしていた事も多かったので、その影響なのかもしれない。
「せっかくですし、4人で写真撮りましょ? あ、すみません、写真お願いします」
一颯さんは近くにいたバスの運転手さんに携帯端末を渡す。今日の一颯さんはキャスケットを被っている。白の七分袖ブラウスにネイビーのキュロットスカート、ショートブーツというコーデで可愛らしい。肩まで伸びたふわっとした髪を、下の方でツインテールにしている。
日本一の山と湖をバックに、左から堂島さん、僕、一颯さん、シルベーヌさんと並び写真を撮ってもらい、一颯さんのスマホから皆の端末へと送ってもらった。
写真を撮ってくれたバスの運転手さんにお礼を言ったが、シルベーヌさんがカメラの三脚ケースバッグを肩から下げていたので、少し疑問に思っていたようだった。まさかこのバッグに日本刀が入っているとは思わないだろう。
僕ら4人は湖周辺を少し散策することにした。すると、前方に5人の若い男女の集団がいた。その内の1人の男が、飲み物のカップとタバコの吸殻を湖へと投げ捨て、そして何事もなかったように仲間達と先を行く。
「なんだあいつら? 腐ったガキ共だな。一発ぶん殴ってくるか?」
「許せないわね。斬っていいかしら?」
堂島さんとシルベーヌさんがキレ始めたので一颯さんと僕が宥める。
と、今度はその集団の女子2人が白い野良猫を見つけ、スマホで写真撮影していた。聞こえる会話から察するに、SNSに投稿するらしい。
野良猫は人懐っこいようで、女子達の足に頭をすりすりとしていた。すると次の瞬間、SNSへの投稿を終えた女子は、あろうことかその野良猫を蹴った。そして、笑いながら先を行く。
許せない。こればかりは、本当に許せない。
「あなた達、今、何しました? 動物虐待ですよ」
背後から一颯さんに呼び止めながらも、僕は若者達に声をかけた。
「はぁ? 他人が私らのやることに口出しすんなよ。自由なんだからさ」
「なにこいつ? そういうのうざいよ? だせぇよ?」
そう言って5人で笑い飛ばしていた。僕は至って冷静に、近くに落ちていた小石をグラインドで全員に軽くぶつける。
「いったっ! なに!? こいつ今何かした」
「何もしてませんよ? あと、このゴミ、ちゃんと持ち帰ってくださいね?」
そう言って、先程男が湖に捨てたゴミを僕の能力で運び、男の服に突っ込む。タバコの吸殻は、野良猫を蹴った女の鼻の穴に突っ込む。
若者達は怖くなったのか、悲鳴を上げながら走り去っていった。
「ごめんね、馬鹿な人間のせいで。大丈夫だったかい?」
僕は野良猫へと近付き撫で回す。この猫を飼うことはできないが、せめて仇を討ちたかった。猫は僕の指を舐めてくる。ザラザラしていて、擽ったい。
「そーちゃん、偉い! スカッとしたわぁ。便利な力ね」
シルベーヌさんが近寄ってきて一緒に猫を撫で始めた。
「俺だったらぶん殴って警察沙汰になってたからな! 想がやってくれて助かったぜ」
堂島さんは猫ではなく、僕を撫でてきた。あんな非道な事をする若者は許せない。なんでもかんでも自分達の自由だなんて、そんなものは間違ってる。そんな奴らは自由を求める資格はない。自由を得るには、他者や周りへの配慮が必要だ。
「弖寅衣くん、今度はこの猫ちゃんのヒーローですね」
一颯さんもいつの間にか隣で猫を撫でていた。そして、堂島さんはまだ僕を撫でていた。
シルベーヌさんが気になっている事があると言って、少し先にある湖のほとりに下りれる場所へと行くよう提案した。
「あたしが一番初めに知った公害問題、それは実はここの水質問題なのよ」
そう言ってシルベーヌさんはバッグからプラスチックのケースを取り出し、それに湖の水を入れた。そして小型の体温計のような物をケースの中の水に浸けた。
「やはり異常ね。水温は0℃近い上に、pHは10を越えているわ」
pH10を越えているということはアルカリ性か。
「どういうことだ? 俺にはさっぱりわからねぇ」
堂島さんが眉を顰めている。シルベーヌさんはケースの水を捨て、水温計のような器具を仕舞った。
「この湖は、とても生き物が生息できる環境ではないということよ」
そう言って立ち上がり、辺りを見回した。よく見ると、魚の死骸がいくつも打ち上げられていた。既に骨と化しているものもいくつかある。
もしも、あの野良猫がこの魚を食べていたりなどしたら、もしかしたらもう長くはないのかもしれない。考えたくない。
「こんな水質変化ありえるんでしょうか? とても自然に起きるとは思えません」
一颯さんは冷静に意見を言った。
「そうね。pHについては何らかの薬品で上げたとしても、水温がここまで下がるのはおかしいわ」
シルベーヌさんの言葉が終わったその時だった。辺りが騒がしい。人々が湖面を指差し騒いでいる。
「おいなんだありゃあ!? なんかいるぞ!」
堂島さんが指差した方角を僕も見る。湖面に、何か黒い影が映っている。その影はこちらに近付いているように見える。
まさか、湖に潜む幻の生物か? と思っていたのだが、それが近付くにつれ実体を把握する事ができた。
「ま、まさか、熊!?」
思わず声に出していた。そう、熊が湖を泳いで渡ってきていたのだ。あっという間に岸へと辿り着いた熊は、身体をぶるぶる振り水気を払った。
周囲の観光客達は驚き、避難したり、安全な場所から様子を窺っている。僕達4人も熊との距離を保つ。
「シルベーヌさん、一颯さんをお願いします!」
僕はそう言ったが、シルベーヌさんもそのつもりだったらしく、既に一颯さんを守るように後ろへと少しずつ下がっている。
「えぇ、大丈夫。2人とも、気をつけて」
そうだ。気をつけるに越したことは無い。だが、熊が僕らを襲ってくるかどうかもまだわからない。たまたま僕らがいる方へと上陸してきたのかもしれない。
だが、熊は明らかに僕らをじっと見つめている。人間ではないから感情が読み取れない上、初めて目の当たりにする動物に緊張が走る。
と、熊は突然堂島さんに向かって4本足で走りながら突進をしてきた。
「ぐぅおぉっ!」
堂島さんは受け止めたものの、熊の圧倒的なパワーに圧されている。と、熊はその大きな口を開き始めた。
「危ない!」
叫んだ僕は、周囲の大きめの石をグラインドで投げ飛ばす。ゴッゴッと音を立てて熊に命中したが、それでも熊は怯まず、こちらを見据えている。やはり、何か様子がおかしい。
熊の注意が僕に向いている隙をつき、堂島さんは横から回し蹴りを放つ。しかし、熊は倒れない。確実にダメージを受けているのに。逆上した熊は二本足で立ち、両手の爪を掲げた。
「なら、これはどうだ!」
僕は周囲の大きめの石をありったけ動かす。熊の後ろ足を石で固め固定する。そして上に掲げた前足も、空中で石を固め固定する。最後にその熊の口に石を押し込む。
「ドド!」
僕の呼びかけと同時に、堂島さんは熊の腹に3発のパンチ、2発の回し蹴り、最後に頭部目掛けて蹴り上げた。見事熊は倒れ込んだ。
「いやー、流石に熊との戦いは久しぶりだったなー」
前にも経験していたのか。どんな修行をしていたんだ。シルベーヌさんと一颯さんも安心して近寄ってきた。と、もう1人近付いてくる人影があり、僕は警戒する。
「あんたら中々やるじゃあないか。俺の名はアイレッスルドベア。ゼブルムのもんだ」
赤色のショートカットの女性が僕らの前に立ちはだかった。
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