カンテノ

よんそん

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第2章 カーネイジ

2-6 接触

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  「ゼブルム」と、確かに女はその単語を口にした。赤髪ショートヘアのその女は鍛え上げているのか、肩の筋肉が一般の女性よりも盛り上がっている。

「あんたらがあの工場ぶっ壊した例の連中だろ? 報告にあったのより1人増えてるが。俺の熊を倒すとは、やはり素人じゃねぇな」

  女は自分を「俺」と呼称し、タンクトップにスキニーパンツを履いている。

「あなたの熊? 今確かにそう言いましたよね?」

  僕の問いかけに女は嘲笑った。

「そうだ、グラインダーの坊主。俺のグラインド、『アイレッスルドベア』によって操られた熊だ」

  確か、こいつらは自分の能力名がそのままコードネームになっているのだったか。熊を操る能力。あんなに強い熊がまだまだ出てくるのか?

「おい、そこのでけぇの! 俺と勝負しろよ」

  堂島さんに向けてアイレッスルドベアは言い放った。身長190cmを越える堂島さんに対し、アイレッスルドベアは僕と同じ170cm程だろうか。

「いいだろう。アマぁ、かかってこいよ」

  構えた堂島さんは前に出した手で招く。挑発しているようだ。

「んじゃ、こっちからいかせてもらうかー……」

  と、そう呟いた女は身体をダランと弛緩させると、瞬時に堂島さんとの距離を詰める。そして、体勢を落とした状態でのボディブロー。堂島さんはそれに対応すべく、腰を落とし、両腕で防ぐ。が、あまりの衝撃に堂島さんの巨体が宙に浮く。

「やるじゃねぇか。んじゃ、いくぞ!」

  1m程突き飛ばされたが、堂島さんは難なく着地し、一歩一歩強く踏み込んでアイレッスルドベアに向かって行き、強烈な左フックを放つ。女は腕をクロスさせてそれを受け止めるが、流石によろめいた。
  そこを挟み込むように堂島さんの右足の回し蹴りが捉えた。アイレッスルドベアの身体は大きく飛ばされ、砂利場に倒れ込む。
  しかし、倒されたはずの女はすぐに起き上がり猛スピードで距離を詰め、堂島さんの顔に目掛けて飛び蹴りを放った。あまりの速さに堂島さんでさえ反応できず、今度は堂島さんが倒れた。

 「――つっ、やるなぁ。あの蹴り受けて立ち上がる奴なんていねぇぞ。それも能力か」

  堂島さんは立ち上がりながらも笑っている。

「お前も硬ぇな。だが、次はどうだ!」

  アイレッスルドベアはまた拳を放つ。それに対し堂島さんは同じ拳を放ち受け止める。反動で両者共によろめく。あの堂島さんと互角なのか。
  と、アイレッスルドベアはすぐに次のパンチ、またもう一発、もう一発と猛ラッシュをしてきた。これには堂島さんも防戦一方だった。そして重い一撃が放たれ、堂島さんの身体はまた宙に浮く。
  その一瞬を見逃さなかった女は、俊敏に堂島さんの背後に回り込み、背中に蹴りを放つ。堂島さんの身体は先程よりも地面から離れ、高く浮いた。

  そして、吹き飛ばした堂島さんの身体にぴたりと追い付いたアイレッスルドベアは、まだ宙に浮いている堂島さんの顔面目掛けて鋭いパンチを放つ。動き一つ一つが速い。
  しかし、女に殴られる一瞬、堂島さんは空中で身体を捻り、女の顔に蹴りを放つ。両者見事に相打ち。
  だが、堂島さんは大きく吹き飛び、アイレッスルドベアは少し体勢を崩しただけだった。

「ふははは、ここまで強い男は何年ぶりだ? だが、残念だがー、ここで始末させてもらう。計画を邪魔させるわけにいかないんでね」

  そう言って、アイレッスルドベアは倒れた堂島さんの身体へと歩み寄る。あの堂島さんが負けただと?

「待ちなさい。これ以上はやらせないわ」

  アイレッスルドベアと堂島さんの間に割って入ったのはシルベーヌさんだった。手には三脚ケースから出した日本刀を持っているが、まだ布袋に入った状態である。

「なんだァ? 女ァ? 邪魔すんなよ! そんな棒っ切れで俺を倒せんのか!」

  邪魔された事に激昂したアイレッスルドベアは、シルベーヌさんの顔目掛けて容赦なくパンチを放つ。先程堂島さんを吹き飛ばしたものと同じ勢いを秘めていた。
  だが、シルベーヌさんはそれを歩くようにスラリとかわす。そして、布越しの日本刀でアイレッスルドベアの腹を突く。

「ぐはぁっ、ご、ごほぉっ!」

  あの頑丈な女が呻き声を洩らした。シルベーヌさんは手を止めない。すぐにアイレッスルドベアの足に目がけて連撃の突きを放つ。速い。そして一打一打に威力が込められている。
  堪らずアイレッスルドベアは膝をついた。そこへ、シルベーヌさんは奴の顔面に向け、布袋に入った日本刀で容赦なく殴打する。アイレッスルドベアは倒れ伏した。

「弱い」

  シルベーヌさんは言い放った。初めて公園で見た時よりもすごい。

「あなた達が計画の邪魔をする者を生かさないように、私も私の個人的任務を邪魔する者をタダでは済まさない。昨夜、公園で私達を襲った男達はあなたの差し金? あなたの能力で強化していたの?」

  シルベーヌさんの冷ややかな言葉に、アイレッスルドベアは弱々しく笑った。

「へへっ……、そうだ。だが、違う。確かに俺が捕まえた奴らだ。だが、俺の力で自分以外の人間を強化はできない。俺が強化した熊を組織が研究し、薬を作り上げた。それをあの工場でも生産していたのさ。それを投与したのがあれだ」

  人間を駒として扱っているのか。やはり非道だ。

「最低ね。死んでもらうわ」

  シルベーヌさんが残酷な言葉を放ったが、アイレッスルドベアは不敵に笑っていた。

「そうはいかねぇよボケ」

  その言葉と同時に、いつの間にか近くの茂みに潜んでいた熊が姿を現した。アイレッスルドベアがその熊の背中に乗ると、熊は湖を泳いでいった。逃げられた。

「堂島さん! 大丈夫ですか!?」

  一颯いぶきさんが堂島さんの身体を揺さぶっていた。僕も慌てて駆け寄る。堂島さんは上半身を起こす。

「あぁ、なんともねぇよ。ちっと油断しちまった……ははは」

  殴られた痕は残っていたものの、相変わらずピンピンしていた。

「次会う時はぜってぇ負けねぇ。にしても、やっぱシルベーヌ姉さんはつえぇなぁ!」

  シルベーヌさんは、先程僕らが倒した熊を調べていたようだったが、名前を呼ばれこちらに向かってきた。

「その様子じゃ、百々丸どどまるくんは大丈夫そうね! あなたも大したもんだわ。能力者相手にあそこまでできるんだもの」

  2人は視線を交わし笑い合っていた。

「しかし、逃げられてしまいましたね。情報は得られたものの、結局また振り出しですかね」

  僕が少し落胆していると、シルベーヌさんが僕の肩に優しく手を置く。

「大丈夫よ。手掛かりは掴んだわ。少し休んだらランチにしましょ!」

  そう言ってシルベーヌさんはウインクした。シルベーヌさんオススメのレストランがあると聞き、僕らはまた湖の周りに沿って歩き出した。
  目的のレストランには歩いて15分ほどで辿り着いた。店内はなかなか広々としており、ランチタイムという事もあって、人が次々と来店してきていた。ここでもシルベーヌさんがお代を負担してくれると言うのだから申し訳なくなってしまう。

「私、パスタとこのハンバーガーで。あーピッツァもオムライスも食べたいです!」

  一颯さんの食欲は奢りだろうと容赦なかった。流石に、シルベーヌさんも苦笑いと共に汗をかいていた。

「あ、あはは。ピッツァはみんなで頼むとして、オムライスはあたしが注文するからそれを分けてあげるわね」

  一颯さんは子犬のように嬉しそうにし、シルベーヌさんにお礼を述べた。

「シルベーヌさんは、さっきわざと刀を抜かなかったんですか? 相手が丸腰だったから?」

  注文した料理が届き、僕はハンバーグにナイフを通しながら質問した。

「それもあるわね。あとは、百々丸くんが戦っているのを見て、相手の技量を測った上でこれで充分だと。そして何より周囲の目があったからね。日本刀を持っている危ない奴がいたなんてなったら、観光ムード台無しじゃない?」

  そこまで考えが及んでいたなんて。感嘆、尊敬、そして見習わなければと思わされた。

「ま、いざとなったら抜いていたけどね。あなた達を傷つけさせる訳にはいかないから」

  戯けた笑顔は戦闘時とは結びつかない。魅力的な女性だ。

「アイレッスルドベア、とか言ったか? あの女の能力は、熊を強化して操る、そして自身も強化する、だが自分以外の人間は強化できない。そんなとこか?」

  ステーキを豪快に食らっていた堂島さんが先程の戦闘での経験と、アイレッスルドベアが言っていた事を整理するようにして言った。

「そういう事になりますよね。2つあるようでいて、どちらも繋がっているのかな」

  僕も先程の戦いを思い出しながら考える。

「グラインドと言っても色々な能力があるのよね。あたしも今まで数人程度しか見た事ないからそんなに詳しくはないけど」

  シルベーヌさんはそう言ったあと、一颯さんにオムライスを食べさせていた。しかも、あーんしてあげている。食事中の一颯さんは最早子供だ。

「そして、強化した熊を元に、薬を製造し、それを人間に投与していると言っていましたよね。こんな事をして何の意味があるのか? 導き出される答えは1つしかないんです」

  僕も自分で考えながら言葉を発する。それにシルベーヌさんが続ける。

「そうね。戦争ね。兵士に投与する事によって、最強の軍隊を作り上げる。ゼブルムの目的はそんなとこかしら?」

  そういう事になってしまう。そんな事態、放っておける訳が無い。僕は自分がすべき行動をせねばならない。

「そう言えば、シルベーヌさん、さっき手掛かりを掴んだとか言ってませんでしたっけ?」

  黙々と料理を口に運んでいた一颯さんだったが、そこで言葉を発した。シルベーヌさんは、あぁそれねと言いながらバッグから何かを取り出す。小さなプラスチックケースだ。先程、湖水を採取した物より小さい。

「これはさっきの熊の足に付着していた物なの。綺麗でしょ? この鉱石の欠片は湖近辺では採れないわ。そして、あの熊がやってきた方角、アイレッスルドベアが逃げて行った方角に位置する山では、これと同じ鉱石が数多く採掘できるの。しかも、幸運な事にこの後行く予定だった場所からも近いわ」

  そう言ってシルベーヌさんは不敵に笑った。この後の予定? そう言えば聞いていなかったな。どこなのかと訊ねると、それは後のお楽しみと答えられた。たまにこうやって誤魔化すんだよなこの人は。

  昼食を済ませた僕らは、近くにあるオルゴールの美術館へと足を運んだ。戦いばかりで張り詰めていちゃいけないから、こういう所での気分転換も必要だと、シルベーヌさんがお勧めした。
  花が咲き乱れた庭園は、日本とは思えない。外国に来たかのような印象で、一颯さんもシルベーヌさんもはしゃいでいた。
  屋内には貴重なオルゴールが展示されており、美しい音色に僕だけでなく、堂島さんも聞き惚れていた。最後に4人でオリジナルのオルゴール制作体験をし、僕としてもすごく充実した一時になった。
 
  その後、湖を後にした僕らはホテルへと戻り、身支度を済ませチェックアウトする。

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか? この後はどこへ向かうんですか?」

  ホテルを出てから僕は我慢できずにシルベーヌさんに聞いた。シルベーヌさんは、目を閉じ意味深な笑みを浮かべている。

「いいでしょう。可愛いそーちゃんのために教えてあげるわ。あたし達が今から行く場所、それは……温泉よ!」

  あぁ……なんだ、温泉か。そう言えば昨日も言っていたな。一颯さんはまた目を輝かせ、シルベーヌさんの手を取りぴょんぴょん飛び跳ねている。そんなに勿体ぶることでもないだろうに。なんだ、温泉か。
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