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62: 侘びれた中庭に響くは魔王の唄と操り人形の足拍子。

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パララランパンランパン・ラ・パンパン♪パララランパンランパン・ラ・パンパン♪シャガドゥビドゥバッ♪ドゥヤ・ヤ!

静かな雰囲気だった中庭に、俺のがなり声がピアノを相棒に反響する。

「失恋失恋失恋ブーギー♪しーつーれーんブーギ♪♪ほら!踊れよ!イエーイ!」

ピアノを掻き鳴らし、絶叫かと思うボリュームでがなる、カ・イ・カ・ン♡

「ヒィヒィ…そんな速く動けません…!」

「ちっがーーう!!もっとリズムに身を任せろよ!ソウルで感じるんだってば!固いぞー!」

「違うんですぅ…ソウルに体がついて行かないんですぅ~!ヒィハァ…!」

俺のピアノに合わせて?ギクシャク踊る地味なドレスの令嬢二人。

こいつらは、俺がピアノを見つけて弾こうとした時に何処からともなく現れ、このピアノがナントカ時代の貴重なナントカを使用したナントカが作ったナントカ調のナントカカントカだからそんな所に酒瓶を置いてはいけないとか弾くのは細心の注意を払ってだとかなんとか言ってきた蘊蓄眼鏡キラリ令嬢である。

余りにも連連とした蘊蓄で何だかムッとした俺は、ピアノってのは弾いて誰かをノらせる為にあるんだ!とシャンパンを喇叭飲みで飲み切り、フルスロットルでピアノを弾き出した。

途端に何故か着席して拝聴しようとする令嬢達。

「おい!何だよ踊れよ!」

「え?!そんな、私ワルツが少し踊れるくらいなんですぅ~!」

「私もからきしで…!」

普段なら、そうかい、ノって来たら体でも揺らしてみてね♪とか笑顔で言ってただろうし、ていうか、そもそも蘊蓄令嬢の言葉にムカつく事もピアノをいきなりフルスロットルで弾く事も無かった筈だが、今の俺はかなりの酔っ払いで。


  『踊れよーー!!!』


躍起になった俺は、一番ノリの良い曲を、これでもかと三拍子を強調したアレンジで叩き弾いた。
古いナントカ調のピアノがぐわぁんぐわぁん唄い、俺のペダルでガックンガックンと体を揺らす。
それのどれがどう作用したのか判らないが、令嬢達が不恰好な操り人形の様に踊り出し、俺はご満悦でピアノを鳴らした。
そして今に至る。

「わぁぁ、見て…!ハァハァ…何故踊ってるのか自分でも判らないけど、あんなに苦手だった足さばきが上手になってきたわ…♪」

「ヒィヒィ…楽しいけど……休みたいですぅ…ヒィハァ…」

「アッハッハッハ!踊れ踊れーー!」

俺は愉しくてしょうがないとばかりに唄うピアノの鍵盤の端から端まで指を走らせ、目一杯腕を広げ、振り上げ、振り下ろし、ガンガンとペダルを踏んだ。
それで足らない手拍子やビートを踵や爪先を石畳に打ち付けて、時に手で椅子や太腿やピアノの横っ面を叩いて、唄って、全身全霊で奏でた。

こんな事は初めてだった。まるでピアノが意思を持って唄い、俺を弾いているかの様な、俺とピアノが逆転した様な、融合した様な感覚に陥り、俺は体を震わせる音色のままに指を走らせて足を踏み鳴らした。

「ちょっとピアニストさん、御令嬢方が困ってますよ!もう少しテンポをぉわぁぁぁっ!?こ、こんな筈ではーー!」

何処からともなく颯爽と現れた騎士殿が、中庭に降り立つなり跳び跳ね、ヒラリヒラリと回転しながら大きく中庭を回って中央で独楽の様なスピンを見せる。

「アッハッハ!バレエ歌劇の王子様の登場の仕方じゃないか!良いね!バレエ良いね!踊れ踊れー♪」

「違うんです!バレエは踊れますが、こ、こんな…ぁぁぁ踊らずにはいられない!」

「ぁぁぁ何て素敵なバレエダンス…座って観れたらどれ程良かったでしょぅ~!」

「でも、私少し上達してきたみたい!…ハァハァ…」

何がどうなってるのか判らないが、どうやら中庭に足を踏み入れると踊らずには居られなくなるらしい。
魔法か、皆赤い靴でも履いていたのかな?なんて思ってクスリと笑う。そう思ったら指が勝手に動いて、俺は機械仕掛けの様な動きを交えながら操り人形が出てくる曲を弾き始めていた。

ギクシャクと踊る蘊蓄令嬢二人に、オルゴール人形の様に華麗なバレエを披露する騎士。
まるで機械仕掛けの魔王に操られて踊るマリオネットだ。

なんて考えてたら、少しずつ曲が魔王な曲にチェンジしていく。

何だよ俺今日は絶好調だな♪

まるでピアノが俺を操ってるかの様な無意識の演奏に独り言ち、俺は指に合わせてペダルを踏み、石畳を踏み鳴らした。

「ピアニストさん!踊り手が欲しければ俺が踊りますから、どうか御令嬢達には休憩を…!ほら、このツイスト!このスイング!」

「あらあら、随分楽しそうじゃない♪やっぱりダンスはこうでなくちゃ!」

その後、平民上がりだとかいう騎士と、金で父親が男爵位を買い、今日がデビュタントだという令嬢が夏の虫の如く飛び入って来て、中庭はカオスなダンスホールと化した。

ワルツから、ポルカ、マズルカ、ギャロップへと速められ、パートナーも居ないのに空を掴んで必死に足を捌く令嬢達。

あっちにくるくる、こっちでくるくる踊り舞うバレエ騎士。

楽しそうにランニングマンからのアイリッシュダンスを披露し、時々ムーンウォーク等で令嬢達に話し掛けに行く平民騎士。

只管曲に合わせてドレスをぶるんぶるん揺する成り上がり令嬢。

そして、ピアノを全身全霊で弾きつつ、石畳を踏み鳴らし、時にシンバルを叩く猿のオモチャの様に足拍子を鳴らす俺……。

ダンスホールというより、ぶつ切りした野菜達をざっくり混ぜてるサラダボウルの様な有様に、どんどん楽しくなって、次から次へと曲を繋げていく。だって、即興なんてものは、俺が終わらせない限り延々と続く一曲だからな♪

「それにしても、此処がサラダボウルなら、1つ決め手に欠けるな…。」

そうだ、ドレッシングみたいにこの混沌を綺麗に纏めて彩る……。

「はぁ、ジュリアがいつもみたいに俺のピアノで歌って踊ってくれたら超絶パーフェクト☆なのになぁ~。」

そういえば、ジュリアはいつになったら来るんだ??

なんて、自分が勝手にフードエリアを離れたことも忘れ、俺は待ちぼうけの気分を噛み締めた。
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