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アイネの秘密
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烈とラングはミアが街の住民に囲まれる様子を遠巻きに見ていた。人々に慕われ、笑顔で応対する姿を見ると、否が応でも彼女が人を率いることが天命であると、たただの戦士だけでは収まらない器なのだということを知らされた。
二人がぼーっとその姿を眺めていると、いつの間にか烈の目の前に一人の少女がいた。
「ちょっといいか?」
アイネだった。彼女は親指でびっと路地の方を指差して、烈に自分についてくるようにと促した。
烈はラングをちらりと見ると、ラングはにやにやと笑いながら「いってこい」と告げた。烈は苦笑しながら肩をすくめ、アイネに付いていった。
アイネはすたすたと足早に歩き、烈を人気のない裏路地に連れ込んだ。それからくるりと回転して、烈に向き合った。
「その......なんだ......」
アイネは言いづらそうにしていた。顔を赤くさせ、脚をもじもじとさせている。月明かりに照らされた銀色の髪はどこか幻想的でもあった。
「あのだな......」
「......」
烈はアイネが言い出すまで大人しく待つことにした。口を挟めば後が怖いからだ。
「......顔、痛むか?」
「顔?」
「ああ、私が叩いたところだ」
「いや? まあ最初の方はひりひりしたが、今は特に痛みはない」
「そうか......いや、そうじゃなくてな?」
「?」
烈は首を傾げた。てっきりさらに「殿下に近づくな」や「この豚が!」など言われるのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「あのだな。お前は豚野郎だ」
いや、言われた......
「だが、いくら豚でも命を救ってくれた相手に平手打ちは流石に不義理だと思うわけだ」
「はあ......」
「だから、そのだな......ええい! すまなかった! そしてありがとう!」
アイネはガバッと頭を下げた。急な行動に今度は烈が戸惑う。
「どうしたんだ、急に。ちょっと怖いじゃないか」
「うるさい! 黙って謝罪を受けんか! そして、なんだ。詫びと言ってはなんだが、なんでも一つ私が貴様のいうことを聞いてやろう」
「なんでもと言われてもな......」
「なんだ、貴様! 男なら何かあるだろう! 私と......その......ごにょごにょしたいとか......」
自分で言いながら照れるアイネがなんだか可愛らしくて、烈はふっと笑った。
「残念ながらないな」
きっぱりと断る烈に、アイネは胡乱な目で見つめた。
「貴様......まさか殿下を狙っているのか?」
「美人だと思うが、少なくとも今はそういう目で見ることはないよ」
「なんだと!? 殿下が魅力的ではないというのか!?」
「どうせいっちゅうんじゃ......」
烈は思わず天を見上げた。
「まさか......あのラングという男や、ルルという少女が狙いか?」
「だから仲間をそういう目で見ないって......」
アイネはなおも烈のことを疑わしい目で見たが、ふーっと息を吐くと、烈を見据えた。
「まあいい、一先ず貴様の言葉を信じることにしよう。だが、公爵の娘たるもの一度吐いた言葉を撤回するつもりはない」
「というと?」
「『なんでも』は貴様が使いたいときに使えということだ。好きにするがいい!」
そう言って、アイネは踵を返してどこかに行ってしまった。一方的な会話に烈はぽりぽりと戸惑うしかなかった。
「可愛いだろう?」
そんな烈の背後から急に声をかけるものがいた。勿論烈はその存在に気付いていた。ゆっくりと振り返り、壁に腕を組んでもたれかかる人影に声をかけた。
「随分と懐かれているんだな」
ミアであった。彼女はくっくっと苦笑交じりの表情で震えていた。
「まあ、子供の頃よく遊んだからな。可愛い妹だ」
「ああ、カイエン公爵の下で修業した時の妹分ということか」
「いや、正真正銘妹だ。腹違いのな」
「なに? どういうことだ?」
烈は怪訝な顔をした。妹ならばアイネも王族のはずだが、彼女はカイエン公爵の娘だ。道理に合わない話であった。
「私やドネルの母は国外の王族なのだがな、彼女の母は炊事番の娘だったんだ」
「......」
「王族の血縁関係なぞ権力争いが常だからな。なんの後ろ盾もないあの子はそのままだと一歳も待たずに殺されていたであろう。だから、父は娘であることを隠し、独り身の師匠に預けたのだ」
「驚きだな」
「そうか? 王族ではよくあることみたいだぞ?」
「いや、そうじゃない。全然似てないところがだ」
ミアはふむっと顎に手を当てた。幾許か思案すると
「確かに?」
と感心したように納得した。
「なんで、こんなに似てないのかな?」
「というよりミアが突然変異なんだろ?」
「私が? こんなに普通なのに?」
「普通のやつはあんな大剣を先頭切って振り回さん」
烈の物言いにミアははっはっは!と笑った。
「アイネはそのことを知っているのか?」
「ん? 知らんと思うぞ? 知っているのは師匠とミントレア子爵とドネルくらいだ」
「ならどうして俺に言ったんだ?」
ミアは星空を見上げながら、またふっと笑った。
「さあ? どうしてかな? なんとなくお前には知っておいてほしいと思ったんだ」
烈は肩をすくめた。王族のトップシークレットを教えてもらえるなんてありがたいとは思わなかった。
二人がぼーっとその姿を眺めていると、いつの間にか烈の目の前に一人の少女がいた。
「ちょっといいか?」
アイネだった。彼女は親指でびっと路地の方を指差して、烈に自分についてくるようにと促した。
烈はラングをちらりと見ると、ラングはにやにやと笑いながら「いってこい」と告げた。烈は苦笑しながら肩をすくめ、アイネに付いていった。
アイネはすたすたと足早に歩き、烈を人気のない裏路地に連れ込んだ。それからくるりと回転して、烈に向き合った。
「その......なんだ......」
アイネは言いづらそうにしていた。顔を赤くさせ、脚をもじもじとさせている。月明かりに照らされた銀色の髪はどこか幻想的でもあった。
「あのだな......」
「......」
烈はアイネが言い出すまで大人しく待つことにした。口を挟めば後が怖いからだ。
「......顔、痛むか?」
「顔?」
「ああ、私が叩いたところだ」
「いや? まあ最初の方はひりひりしたが、今は特に痛みはない」
「そうか......いや、そうじゃなくてな?」
「?」
烈は首を傾げた。てっきりさらに「殿下に近づくな」や「この豚が!」など言われるのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「あのだな。お前は豚野郎だ」
いや、言われた......
「だが、いくら豚でも命を救ってくれた相手に平手打ちは流石に不義理だと思うわけだ」
「はあ......」
「だから、そのだな......ええい! すまなかった! そしてありがとう!」
アイネはガバッと頭を下げた。急な行動に今度は烈が戸惑う。
「どうしたんだ、急に。ちょっと怖いじゃないか」
「うるさい! 黙って謝罪を受けんか! そして、なんだ。詫びと言ってはなんだが、なんでも一つ私が貴様のいうことを聞いてやろう」
「なんでもと言われてもな......」
「なんだ、貴様! 男なら何かあるだろう! 私と......その......ごにょごにょしたいとか......」
自分で言いながら照れるアイネがなんだか可愛らしくて、烈はふっと笑った。
「残念ながらないな」
きっぱりと断る烈に、アイネは胡乱な目で見つめた。
「貴様......まさか殿下を狙っているのか?」
「美人だと思うが、少なくとも今はそういう目で見ることはないよ」
「なんだと!? 殿下が魅力的ではないというのか!?」
「どうせいっちゅうんじゃ......」
烈は思わず天を見上げた。
「まさか......あのラングという男や、ルルという少女が狙いか?」
「だから仲間をそういう目で見ないって......」
アイネはなおも烈のことを疑わしい目で見たが、ふーっと息を吐くと、烈を見据えた。
「まあいい、一先ず貴様の言葉を信じることにしよう。だが、公爵の娘たるもの一度吐いた言葉を撤回するつもりはない」
「というと?」
「『なんでも』は貴様が使いたいときに使えということだ。好きにするがいい!」
そう言って、アイネは踵を返してどこかに行ってしまった。一方的な会話に烈はぽりぽりと戸惑うしかなかった。
「可愛いだろう?」
そんな烈の背後から急に声をかけるものがいた。勿論烈はその存在に気付いていた。ゆっくりと振り返り、壁に腕を組んでもたれかかる人影に声をかけた。
「随分と懐かれているんだな」
ミアであった。彼女はくっくっと苦笑交じりの表情で震えていた。
「まあ、子供の頃よく遊んだからな。可愛い妹だ」
「ああ、カイエン公爵の下で修業した時の妹分ということか」
「いや、正真正銘妹だ。腹違いのな」
「なに? どういうことだ?」
烈は怪訝な顔をした。妹ならばアイネも王族のはずだが、彼女はカイエン公爵の娘だ。道理に合わない話であった。
「私やドネルの母は国外の王族なのだがな、彼女の母は炊事番の娘だったんだ」
「......」
「王族の血縁関係なぞ権力争いが常だからな。なんの後ろ盾もないあの子はそのままだと一歳も待たずに殺されていたであろう。だから、父は娘であることを隠し、独り身の師匠に預けたのだ」
「驚きだな」
「そうか? 王族ではよくあることみたいだぞ?」
「いや、そうじゃない。全然似てないところがだ」
ミアはふむっと顎に手を当てた。幾許か思案すると
「確かに?」
と感心したように納得した。
「なんで、こんなに似てないのかな?」
「というよりミアが突然変異なんだろ?」
「私が? こんなに普通なのに?」
「普通のやつはあんな大剣を先頭切って振り回さん」
烈の物言いにミアははっはっは!と笑った。
「アイネはそのことを知っているのか?」
「ん? 知らんと思うぞ? 知っているのは師匠とミントレア子爵とドネルくらいだ」
「ならどうして俺に言ったんだ?」
ミアは星空を見上げながら、またふっと笑った。
「さあ? どうしてかな? なんとなくお前には知っておいてほしいと思ったんだ」
烈は肩をすくめた。王族のトップシークレットを教えてもらえるなんてありがたいとは思わなかった。
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