モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜

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地下水脈

03

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 スヴェンやユスティート、スピルスの活躍で、あっという間にアッシュフィールド本邸側の入り口近くまでやってきた……その時、

「戻り……たくない」

 俺の足が止まった。

「お母様が死んだあそこに、戻りたくない」

 俺の口が勝手にそう呟く。

「お母様を殺したお父様のところに戻りたくない。生き人形みたいな人生、もう嫌だよ。僕……もうお父様の所有物は嫌だ。普通の人間みたいに、スヴェンやマチルダ、スピルスたちと笑ったり楽しくお菓子を食べたりしたいよ……」

 涙が溢れてくる。
 止まらない。
 スヴェンが慌てて俺を抱き締めて背中を撫でた。

 俺の中に、ヴァニタス・アッシュフィールドの7年間の記憶が蘇ってくる。

 ヴァニタス・アッシュフィールドの記憶はとても短い。
 母親に「私とお前は父親にとってトロフィー程度の価値しかない。父親は私とお前を人間だと思っていない」と繰り返し言い聞かされ、人形のように他人に従いながら生きてきたヴァニタス・アッシュフィールド。

 俺が目覚めたあの鏡の前で母親が命を断ち、その光景を目の当たりにしてしまった幼い少年。
……目の前が暗くなる。


 暗い世界。
 俺はこの世界を知っている。

 目の前には、涙を流す黒髪に金色の瞳の少年。

「…………ヴァニタスか?」
「うん。今世の君だよ、孝憲さん」

 久しぶりにその名前を言われた。
 俺の前世での名前、赤津孝憲。

「君の中で大人しくしているつもりだったんだ。でも、アッシュフィールド本邸に近づいたら怖くなって……涙が止まらなくて……」

 俺は膝を折り、目線を会わせてヴァニタス少年を抱き締めた。

「お前、おふくろさんが死んだ時に泣いてねぇだろ?」
「うん……ただぼんやり見てた、かな。気づいたら葬儀も終わってた」
「だったら泣け。思いっきり泣け。感情ってのはな、我慢しても消えないんだよ。蓄積して、いつの間にか借金みたいに膨れ上がって首が回らなくなる。だから泣いていい……泣くべきなんだ。思う存分、泣け」

 俺が頭を撫でると、ヴァニタス少年は声を上げて泣いた。
 ずっと、我慢して生きてきたのだろう。

 俺は、「アルビオンズ プレッジ」でのモブ敵としてのヴァニタス・アッシュフィールドという人物がわかってしまった。

 あれはそのまま、泣くこともなければ誰にも感情を吐露することもないまま、ただ人形のように生きて、死んだ、ヴァニタス・アッシュフィールドの末路。

 そして、ヴァニタス・アッシュフィールドは確かに俺だった。
 俺も両親の……特に母親の人形のように生きて、何も成せないまま死んでしまった。
 その生き方はモブ敵であるヴァニタス・アッシュフィールドに重なる。


「……ごめんなさい。こんなに涙が出るのも、誰かに気持ちを伝えたのも、初めてで……」

 ようやく落ち着いたのか、そう口にするヴァニタス少年の頭を撫でる。

「身体、返してやってもいいんだぞ。元々この身体はお前のものだ。それに、スヴェンもマチルダもスピルスもユスティートも良い奴だ。お前に戻っても、受け入れてくれるぞ」

 ヴァニタス少年は首を左右に振る。

「もう……既に僕は君で、君は僕。君が嬉しければ僕も嬉しい。君が楽しければ僕も楽しい。僕はもう、君の世界で言うところのインナーチャイルドのようなものだ。“ヴァニタス・アッシュフィールド”の主は既に君だ。君はもう、赤津孝憲であって、ヴァニタス・アッシュフィールドでもあるんだ」

 微笑むヴァニタス少年。
 インナーチャイルドのようなもの……か。
 だったら……。

「時々こうやって会話してもいいか? お前に余裕がある時でいい。お前の話や気持ちを聞かせてくれ」

 インナーチャイルドとは、要するに幼少期に親に叩き込まれた思考パターンやトラウマ記憶だ。
 ヴァニタス少年の場合は母親に繰り返し言い聞かされた「人間としての価値がない」という言葉と、母親が目の前で自殺したトラウマ。

 ヴァニタス少年はコクリと頷く。

「それは、とても嬉しいな……」

 ヴァニタス少年の方から俺に手を伸ばし、抱きついてきた。
 俺もそれを受け入れる。

「僕の人生を君に押しつけてしまって、本当に申し訳ないけれど……」
「気にすんな。俺は俺で楽しませてもらってる」
「うん、僕も楽しい」

 俺たちは笑い合った。
 俺もヴァニタス少年には、彼の人生を奪ってしまったという負い目があって、それが許されたようで心が軽くなった。

「ひとつだけ……お願いがあるんだ」

 ヴァニタス少年は微笑みながら俺を見つめる。
 俺も彼を見つめ返す。

「恋愛小説を書いて欲しいんだ」

 俺は思わず固まった。
 恋愛小説は、俺が赤津孝憲だった頃から苦手なジャンルだった。

「知ってるよ。君が恋愛小説が苦手だってことは。だから今すぐじゃなくてもいい。今回の生でゆっくりと恋愛について探求して、人生を終えるまでに最高の恋愛小説を執筆して」

 それは……かなりの難問だった。
 だが、前世の頃から知りたかったことでもある。
 恋とは何なのか?
 愛とは何なのか?

「それが、僕の身体の使用料ということで」
「かなり手厳しいな」
「大丈夫。君なら出来るよ。楽しみにしている」

 ヴァニタス少年が微笑みながら消えていく。
 そろそろタイムリミットなのだろう。
 俺も“現実”に戻らなければ。

「わかった。最高の恋愛小説を執筆してやる」

 期待してるね……。
 そう呟いてヴァニタス少年は消え、俺の意識はまた途切れた。

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