春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第六章

オモシレー女



 廊下に出ると、静まり返っていた。皆さんガチで寮を出たんだ。朝から始まっているんだ……。

「……?」 

 私はふと、隣室の扉の前で足を止めた。なんでかな、自分でもわからない。

「……空室のまま、なんだよね」

 立札もかけられていない、空き部屋だった。
 私の部屋があるフロア、最上階。生徒はそう多くはなかった。本当に数名くらいで。

「……んん?」

 ちょっとした違和感、それが確かにあったのに。

「っと、急がないと」

 今日の一限目は本当にまずい。遅刻したら欠席扱いになってしまう。私は急ぎ足になった。
 もう、気にすることもないこと。とりとめのないことだと――。




 女子寮に隣接しているのは、男子寮。女子同様、いつものように登校する彼ら。私は見知った『彼ら』を目にしたら挨拶する。そんな普段通りの朝だと思われたけれど。

「はあ……朝からかっこよ……」
「おはよー! こっち見て―!」

 女子生徒の黄色い声が上がる。すごい人だかり。最前列にいるのは寮長さんであって――。

「――オイオイ、朝から元気だなァ」

 それは呆れもしつつも、愛しみも込められた声。彼女たちの歓声はさらに上がる。

 多くの人に囲まれていても、すぐに目に入る――彼。私だってそう、その存在に惹きつけられずにはいられなかった。

 一番に目に入ったのは――紫の瞳。この国、この世界でも珍しいものであって。
 ――とても、とっても綺麗。

 筋肉質の大きな体躯に、野性味あふれる風貌。この寒空の下、コートは全開で制服も気崩しているし。フェロモンというのかな、それも漂っている。こう、学生が放つものには、あれ、というか。

 肩くらいの、艶やかな黒髪をかき上げると、悲鳴が上がる。笑った口元からは、犬歯がのぞく。続々と話しかけてくる女子たち相手に、笑顔で応じていた。体を寄せられてきても、彼は満更でもなさそうだった。

 それでも不思議なこと……品の良さがあるというか。動きの所作、一つ一つがそうだった。
 荒っぽい喋り方、風貌。それなのに、女の子一人ひとり、丁寧に接していた。男子生徒たちにも気を配っているのか、通行の邪魔にならない場所に移動するようだった。

「……『フーゴ』さん、か」

 彼は――フーゴ。三連休の最終日に、突如現れた生徒だった。
 最上級にあたる彼は編入生だという。突然やってきた彼は、初日にして多くの女子生徒の心を掴んだ。男子寮でもすでに彼を慕っている生徒がいるという。それも結構な数で。

「……うん」

 不思議な人だった。どこか掴めないというか。それが余計に気になってしまうというか。
 ――彼を知りたい、と。そう思わせてしまうというか。

「……?」

 そう、不思議なの。本当に変な感じがする。私は人伝で彼の名を知った。こうして目にしたのは初めて、そのはずなの。それなのに……。

「……っと」

 こうしている場合じゃない。本当に遅刻したらマズイから。さあ、行きましょう――。

「――さっきから、気になんだよなァ?」
「え」

 気がつけば、だった。私はこの人との距離が縮まっていた。向こうから詰めてこられたのもある。

 こうして見上げると、本当に背の高い人だなって思った。私はまじまじと見てしまう。

「……そうやってな、ずっと見てただろ?」
「……っ!」

 そ、それはそう。この人の言う通りだった。ズバリとした指摘だったわけで……だからって! 彼は私の身長に合わせて屈んでいた。よって、この人との視線が重なるわけで。
 顔だって近くなるわけで。

 ……。

「ひっ!」

 私は本能のままに距離をとった! そのまま、後ずさっていく。ああ、周囲からの視線が痛い……! 彼を慕う女性たちからの視線が殺気立っていて……!

「……へえ?」

 相手は追うことはない。ただ、私を眺めていた。品定めするような視線が、本当に落ち着かない。

「すみません……! 人だかりが出来てるなって、そう思って見ただけですから……!」

 さすがにあなたに見とれていた、とは言えなかった。というか、私は失礼だったかもしれない。こんな相手に怯えるかのように、そんな態度をとってしまったのだから。

「ふーん?」

 なんだろ、ニヤニヤされてるというか。この殺伐とした雰囲気の中、彼だけが笑顔という。まあ怒ってないのなら、気分を悪くされてないのなら……いいのかな?

「それでは失礼します――」
「ふっ」

 会釈をして去ろうとした私に、彼からの笑いがした。そして彼は言う。

「――オモシレー女」
「え……」

 そんな言葉、冬花の頃からだって今だってそう。聞いたことがないフレーズ。縁がないと思っていた、それ。
 それなのに。

「……?」

 どうしてなの。私は初めて聞いたものとは思えなくて。

「オマエは面白れぇのな――本当にな」

 彼はなんというか、実感を込められたような言い方をしていた。いやいや……私たち、面識なんてないはずじゃ……。

「私は……?」

 彼を知らないはずなのに、この感覚はなんだというの? この胸にある違和感、何かがおかしいって伝えてきている。そう思えていて――。

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