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第六章
女王である日々⑨
放課後になった。私は帰りの準備をしながら、リッカのことを考えていた。嫌がらせがなくなったのなら、リッカの安全面も心配ないのかな。
「……うーん」
でも、まだ解決しきったわけじゃない。肝心なことが解決していない。
……リッカ。
リッカの存在は私のお守りであると。心の支えになっているのも事実。離れたくなんてない。側にいてほしい。一緒に力を合わせてきたからこそ――。
まだ不安要素も残っていると思う。エミルさんの側のが安全だというのも、そうなんだと思う。
……そうだね。リッカにも確認したいし、先生やエミルさんにも相談してみようかな。本当は心から安心できる状況ならいいのに。
早くこの現状をどうにかしよう。未だ、解決の目途が立たない現状を――。
「……シャーリーちゃん?」
「っ!」
私の意識は一気にもってかれた。隣の席のロルフ君が、顔を覗き込んでいたから――かなりの至近距離で。
「あ、ごめんごめん。深刻な表情してたからさー。オレ、君が辛そうにしてるの、嫌だからさー?」
「こっちもごめんね。もう大丈夫だよ」
眉尻を下げて笑うロルフ君に、私も笑顔を作った。私だって彼を心配させたくないんだ。
「シャーリーちゃ――」
ロルフ君は私の名前を言いかけて、やめた。彼は扉の先の方を見ていた。
「……あー、オレ、お邪魔かもー。じゃあ、またねー?」
「えっ……」
ロルフ君は微妙そうな顔をしつつ、前方側のドアから出ていくようだった。歩く向きからして。というか、どうしたのかな。後方側の方が近いのに?
私も振り返ってみると――。
「よう。急だけどな、どっか出かけね?」
フーゴさんが教室の扉にもたれかかっていた。それでいて、軽妙に誘いかけてきた。
「お出かけ……」
私はというと、深刻に受け止めてしまっていた。フーゴさんは渦中の人ともいえた。
……いえ、これも好機ととらえるべきと。彼の人となりを知ることが出来ると。私はそう考えた。
「――はい。そのお誘い、有り難くお受けします」
「……いや、固いっつの。なんでそんな重苦しいんだよ」
「……っ」
いつの間にだった。彼は教室内に入ってきていたのか。距離だって、こんなにも詰められている。
「要はデートだよ。そんなツラされちゃ、やりづれぇって」
「デッ……はは、確かに……」
『デート』って言葉、それに気が動転しつつも、私は笑ってすませた。そう、デート、デートか……。
「はっ」
フーゴさんは笑い飛ばしてきた。 近づき過ぎた互い、フーゴさんが耳元で囁いてきた……!
「心配すんな――門限は破らねぇから」
「……!」
な、内容は健全そのもの……? といってもね……!? そんな甘い声で言うことでもないし、耳元で告げることでもないんじゃ……!?
「……えっと」
もうデートに行く流れだ。それはそうとして、私にはしたいことがあった。
「あの、男子寮に寄っていっていいですか? うちのワンコを預けていて。顔出してから行きたいなって」
以前よりは断然、会いに行ける状況だし。少し時間をいただくことになる。そこは悪いとは思っていた。
「オマエ、本当に犬のことばっかだな……」
フーゴさん、若干体が引いてない?
「いえ、犬のことばかりでは。最近、リッカとの時間が減ってますので……」
犬のことばかり。その言葉は今の私に言えるものか、相応しいことなのか……もっと時間をとりたいのにな。リッカの為の時間、割いてあげられたらと。
「……犬のことばかりじゃねぇか」
なんで戦慄しているのかな、フーゴさん? 私にはよくわからなかった。
「……ま、寄ってくか。つか、そうだよな。シャーロットちゃんといえば、あの犬のことか」
フーゴさんは考えていて、それが終わったようだ。私の方に向き直っていた。
「オマエんとこの犬も一緒に。その方がいいんだろ?」
「いいんですか! ぜひ!」
なんて素敵な提案! 私は前のめりになった。
「……食い気味かよ」
フーゴさん? 若干後退していない? どうしたのかな?
「……まあ、楽しい方がいいよな。そうやって笑ってくれる方が」
「あ……」
リッカのことで、私は満面の笑顔となっていた。それを見て、フーゴさんも優しい表情になっていて……。
「それじゃ、行くとすっか」
「なっ……!」
再び近づく彼の体。私は肩を抱かれていた。『なっ』と声を出すほど、私も衝撃を受けていた。
「「「ぎゃあぁぁぁ、ありえないぃぃぃ!」」」
私たちのやりとりを見ていた人たちもそう、叫び声を上げていた。悲鳴というか、負の感情が込められているともいうか……。
「ほら、とっととずらかるぞ」
「は、はい……」
ここにいると、いつまでも注目が集まったままだ。フーゴさんに誘われるまま、私は教室を後にすることに。
私たちは男子寮に寄っていくことにしていた。向かうはエミルさんの部屋、リッカがお世話になっているところ。
「――シャーロット? 開けるね?」
エミルさんの部屋をノックして、在宅を確認。扉が開けられると同時に。
「わんっ!」
「うっ……!」
リッカがこちらに突進してきた。私の足に直撃、ちょっと痛かった。
「へっへっ――わふっ?」
リッカは隣のフーゴさんを見上げていた。
「今の大丈夫か……? オマエ、容赦ねぇのな」
私のダメージを心配してくれつつ、フーゴさんはリッカに合わせて屈んだ。
「わんっ」
「よう」
リッカは元気に挨拶をしていた。フーゴさんもそれに合わせて返している。なんて微笑ましい空間なんだろう。
「……」
「……」
お互いにじっと見ていた。そんな彼らの間に立ったのが、エミルさんだった。
「……やあ、メーディウム君まで」
エミルさん……笑顔ではありつつ、声までは偽れないというか。
「……オレ、なんかしたか?」
刺々しいというのは、フーゴさんも感じ取っていたようだ。ストレートに疑問を口にしていた。
「よっと」
フーゴさんは立ち上がり、エミルさんと目を合わせていた。
「……」
「……」
しばらく沈黙があった二人。先に口を開いたのはエミルさんだった。
「……ああ、ごめんね。メーディウム君が何かしたとか、そんなことないだろうにね?」
エミルさんは憂い顔だった。その愁眉な顔のままで。
「なんだろうね? ……もう少しのところ、いいところで邪魔されたりとか? さらに挑発されたりとか? そんなこと、されたわけでもないだろうにね?」
と、申し訳なさそうに悩んでいた。
「……」
フーゴさんは何故か神妙な顔をしていた。お二人、関わりがあったりするのかな? 少なくともエミルさんはピンときてないみたい……。
「ところで二人はどうしたの?」
柔和に対応しようと考え直したのか、エミルさんは穏やかな笑顔をしていた。
「ああ、これからシャーロットちゃんとデートするから。でもって、犬コロも一緒にって話になってよ?」
「……デート、犬コロ、だって?」
……穏やかな笑顔をキープしたまま、威圧してもいた。こんな笑顔を保ったままで、凄みを出してきているのに。
「あ、わりぃ。犬コロはやめとくわ、ワンコな? ワンコ」
「……デート、ワンコ、だって?」
エミルさんはついには笑顔を保てなくなっていた。ワンコ呼び駄目なのかな? というと、そういうわけでもなさそうだった。
「勝手にパートナーに誘っといておいて、彼女を辛い目に遭わせておいて? それで楽しくデートと。そうやって、自分のやりたい放題にしておいて? あまつさえ、リッカ様まで……リッカ様まで連れ回すと?」
ああ、エミルさんが口で責め立ててくる……。
「あの、エミルさん? リッカとお出かけはね、私の要望を取り入れてくれたというか。最初は二人きりの予定だったから」
「へえ……?」
「ひいっ」
凄みをこちらに向けられ、私は声を上げてしまった。
「?」
リッカはきょとんとしていた。可愛いね、殺伐とした雰囲気の清涼剤だねぇ……。
「ああ……」
フーゴさんも圧倒されていたけれど――。
「……そのこと、オマエにまで迷惑かけたな。悪かった。彼女に辛い思いをさせたのも事実だ」
しっかりとした声で、彼は謝罪をしていた。
「……」
エミルさんは黙っていたけれど。
「……シャーロットの顔が明るくなったから。状況が変わったのもわかる。それに――」
私と目を合わせてきた。そう、彼はこう伝えたいんだ――『目的』もあるからと。私たちの目的、フーゴ・メーディウムのことを知ること。
この現状の原因を突き止め――突破すること。
「シャーロット、お願いがあるんだ。必ず門限までで。あ、待ってて、護身用道具いくつかもたせるから。あと、これ笛。少しでも……微塵でも! 危険を感じたら――」
「おい」
「リッカ様の御身はもちろん大事。それはそうだけどね、貴女のことだって大事なんだ。今の貴女、ただでさえ見目が変わっているから。見た目で寄ってくる輩も多そうだから――」
「おーい」
「ああ、やっぱり心配だな……ねえ、僕もこっそりついて行っても――」
「……おい、エミル・ジュッツェ!」
まくしたてるエミルさんに、ちょくちょく呼び止めていたフーゴさん。
「……ええと、なに? 今、大事な話してるんだけどな?」
横やりをいれられたと、ついには不機嫌なことを隠さなくなったエミルさん……。
「オマエが心配するまでもねえよ。そんな、ケダモノじゃねえんだから」
――何のための『理性』だよ、と。フーゴさんはウンザリしているようだった。
「……」
エミルさんは視線をそらしていた。
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