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第六章
彼の女王である日々③
「……ん」
私は鳥籠の中で目を覚ました。いつもの夢の中。ここ最近は紫のモヤがかっていたけれど。
「――え」
視界は明瞭だった。紫がかった空間はそのまま、だけれど――鳥籠の形が鮮明になっていた。
「これって……?」
私を取り巻く、薄い膜。そこに流れるは――数多もの文字。文字群がすごい早さで取り巻いていた。
「……読めない」
私はどうにかその文字を読み解き明かそうとしていた。目まぐるしいのも、慣れればとも思っていたのに。見慣れた言語ではなかった。
「もしかして、古代語……?」
モルゲン先生の授業、脱線していた時のこと。『古代語』について触れていたことがあった。先生、それの解読にもハマっているとか。私の記憶にしっかりとあった。
「それじゃ、これって……モルゲン先生の?」
……違う。
「うん、違う。先生じゃない」
教師と生徒とか。それはもちろんある。それもそう、でもそれだけじゃない。
私は自然とわかっていた――先生によるものではないと。違うのだと。
「……鳥籠、関係しているんだ」
この異常事態、今までは紫のモヤで全容が隠されていた。
露わになった鳥籠。私は自分で勝手に思っていた。
――まるで呪文。取り巻く文字によって構成された、鳥籠なのだと。
「あれが……錠前?」
前方にある扉にあたる部分、それを目にした。肥大化したそれ――木製でできた、アンティーク風のものだった。
「……?」
形は大型の錠前をしのぐほど、それでも他の錠前たちを牽制することはない。
大きく存在はする、だけれど……それだけ。錠前をそう表現するのもだけど――静観しているようだった。
「どういうことかな……」
今まで見てきたものは、他の存在を明らかに敵視していたもの。でも、この錠前は違うようだった。
考えれば考えるほど、混迷していく。もっとシンプルに考えよう。このおかしな状況を招いた元凶。この鳥籠の持ち主、それは――。
「――ふう、ようやく晴れたのね」
「!?」
「こんばんは――シャーロットさん?」
カツン、とヒールの音が響く。遠くからした声も、やがては近づいていく。
「あなたは……?」
声の主――女性の姿も明らかになってくる。
艶やかな黒髪、それは肩くらいまでのもの。華奢でありながらも、豊かな体つき。色香をまとう、大人びた人。
「わからない……」
うちの学園の制服は着ている。いたかな……? 私はわからない。彼女のことを知らない、そのはずなの。
なのに。
「私のこと……思い出せないのかしら」
美しい相貌に影を落とす。憂う姿は庇護欲をかりたてるもの。誰も彼も――彼女に尽くしたいと、思えるもの。
「ねえ――シャーロットさん?」
艶のある声で、私を呼ぶ。
何故、私の名前を知っているの? 私はあなたのことを知らない――。
「――思い出しなさい、シャーロット・ジェム」
「!?」
命ずる声に――私の心臓がドクンと音を立てた。それに伴うは。
「……っ!」
激しい頭痛。目の前が眩む。ズキンズキンと、痛みが止まない……!
「はあはあ……」
体中に噴き出す汗、呼吸もままならない。
「あなたは……」
痛みがようやく引いていく……かすんでいた視界もようやく、はっきりとしてきた。
「……荒療治でごめんなさいね? 私、忘れられていたのが悲しくて」
私を気の毒に思うと、そういった表情ではあった。そうですね、本当に手荒だと私は思ってしまいました。とはいっても。
「……忘れていてすみません」
それがあったからこそ、私は思い出したのです。
「――『クラーラ』さん」
「ああ……!」
私が『彼女』を呼ぶと、相手は歓喜の表情となっていた。両手をあわせて、満たされてもいるようで。
「ああ、やっと、やっとなのね……」
ああ、蕩けるような表情をしている。
「ふふ、ようやく思い出してくれたのね? 私、寂しかったのよ?」
「すみません……私も、お会いできて良かったです」
本調子でないなりにも、私は笑顔を見せた。
そう、クラーラさんだ。女子寮の隣人で、同じ編入生の彼女。先輩でもある最上級生。
私は繰り返しの日々の中、決して長い時間ではなくとも。彼女と過ごした思い出だってあったんだ。
春の女神の聖女として、人望もあって。でも規則破ってまで、夜遊びもする困ったところもあって。
一方で信念もある人。何かの強い思いをもって、何かを壊そうと――。
「……あれ?」
意識がはっきりしてきたのに、そこが曖昧だった。
クラーラさん、一緒に過ごしてきたあなたのこと。思い出したはずのなのに……おかしな感じもしてしまっていて。
「ねえ、シャーロットさん?」
クラーラさんは近づいてきていた。鳥籠に触れられる距離まで。
「……可哀そうね。こんなものに閉じ込められていて」
「え……」
侮蔑の表情、それを隠しもしないクラーラさん。彼女は鳥籠にそっと触れようとするも。
「……くっ」
「クラーラさん!?」
電流が走ったようだった。クラーラさんはすぐに手を離し、後退していた。い、今の大丈夫だったの……!?
「お怪我はないですか!?」
「……ええ、ご心配なく」
クラーラさんは手をさすっているものの、痛みとかはないようだった。大丈夫なら、と私は安心して息を吐いていた。
「……あなたは相変わらず優しいのね……いえ、お人好しというか。だから流されやすいのかしら」
「え」
褒められたかと思ったら、全然そんなことはなかった。クラーラさんが言う優しい、それはプラスの意味ではないようだった……その後の発言からして。
「そんなだから丸め込まれて――騙されるのかしら」
「騙される……?」
クラーラさん、あなたは何を言い出すの。何を――。
「あなた、さすがに気づいているでしょう? そんな知らん顔していても、無駄よ無駄」
冷めた物言いで、クラーラさんは告げる。
「――元凶はあの男。フーゴと名乗る男よ」
『フーゴ』という男に、憎悪を込めて。忌々しそうにクラーラさんは語る。
「……何もかも、あの男のせい。私がこうやって追い込められたのも。あなたの大切な子たちが……いなくなってしまったのも。そうでしょう?」
「あ……」
はっきりと告げられた。告げられてしまった事実。
「それは……」
私だって本当はそう思っていたでしょう? フーゴ・メーディウムが原因であると。彼が引き起こしている事態なのだと。
「この鳥籠だってそうよ? あの男によるもの」
「……」
そう、シンプルに考えようしていた。
このおかしな状況を招いた元凶。この鳥籠の持ち主、それは――。
「フーゴさん……」
あの人によるもの。それが正解だと思えてならないもの。
「でも、わかりません……」
私は彼と会ったのはここ最近……そう、そのはず……? それに、鳥籠は執着を表わしているとも言われた。フーゴさんが? 私に? ますます謎だ……。
「……本当に騙されているんだから」
クラーラさんは私に辟易しているようだった。
「……」
クラーラさんの前で言葉にするのは迷った――騙されているのかな、と。甘いと言われたらそれまでだけど……。
「……いいわ。現実に戻りなさい。あなたはもっと、あの男のことを知るべきよ」
「それは……はい」
クラーラさんの言う通りだと思った。上手い具合に眠気も訪れてきた。このまま横になることにした。
「あの、眠くなってきましたので。クラーラさん、おやすみなさい――」
「ええ、おやすみなさい――」
眠ろうとする私を、目元を細めて見守るクラーラさん。彼女はまた鳥籠に触れようとしたけれど。
「……っ」
またしてもだった。鳥籠に電流が発生していた。クラーラさんは手をすぐに離す。
「……何が何でも、なのね――ねえ、フーゴ・メーディウム?」
クラーラさんは、鳥籠に――その先にある人物に向けて。
「……触らせたくない、そういうことでしょう?」
触った手をもう一方の手で押さえつつ。
恨めしそうに鳥籠を眺めていた――。
私はうっすらと目を開けた。カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。いつもの寮の自室だ。私は夢から覚めたんだ。
朝だ。横になったまま、部屋の時計も確認する。いつもの起床時間だった。
「……起きなくちゃ」
寝起きはよくない。内容に驚きはあれど、グロいとか、そういうわけではなかったのに。
「……」
起きた後の疲労感が半端なかった。なぜかは私にも見当がつかなかった。クラーラさんにも会えたのに、本当にわからない……。
私は怠い身体のまま、朝の準備を始めた。朝食は部屋にあったもので済ませる。でも……身支度はちゃんとやらないと。気は抜けない。
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