春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

文字の大きさ
486 / 557
第六章

彼の女王である日々④



「……行ってきます」

 私は誰もいない部屋に挨拶し、出た。廊下は静まり返っている。皆さん、今日も早くに出かけたんだろうね。

「……そうだね」

 そうなんだ。私は隣室の扉を見た。相も変わらず、ネームプレートのない部屋だった――クラーラさんがいたのに。
 改めて申し訳なく思った。私はクラーラさんのことを忘れていたから……。

「……行こう」

 私は考えていた、そして顔を上げた。今回のことで色々わかった。前進したのは確かなんだ。

 まずはリナさんに共有してみよう。まだ出発していないといいな。私は足を早めながら、廊下を歩いていく。
 同じ階だから。部屋だってそんなに離れてないから。すぐで――。

「あ……」

 私は立ち尽くしていた。

「そんな……いいえ」

 私は力を込めてノックをした。何度も何度もした。

 ねえ、リナさん。寝ているだけでしょう? それで、怒り気味の顔で言うんでしょう? 愛らしく口を尖らせたりして? 
 ――『なんなのよっ』って。『せっかく気持ちよく寝ていたのにっ』……って。

 何度、何度も扉を叩いても。

「ああ……」

 ……返事なんてない。

「リナ……さん……」

 叩いていた腕も、力をなくしていく。だらりと下がってしまう。

 私は受け入れるしかなかった。

 そこはネームプレートのない部屋。誰もいない部屋。

 リナさんの部屋――だった場所。


 私は女子寮の中を駆け抜けていた。すれ違う女子寮の人たち、彼女たちの冷ややかな目。今、それどころじゃないの……!

「……」

 頭の中に声が巡る。鳥籠の夢で会った、クラーラさんの言葉が。

『――元凶はあの男。フーゴと名乗る男よ』

 彼女の冷徹な声が。

『……何もかも、あの男のせい。私がこうやって追い込められたのも。あなたの大切な子たちが……消えていってしまったのも。そうでしょう?』

 フーゴ・メーディウムによるもの……彼のせいで。

「フーゴさん……」

 私は彼が怪しいと思いつつも。

『それとだ、無断で抱き上げて悪かったな。あの場を抜け出したくてよ』
『オマエと一緒にいたい。けどな、それで辛い思いをさせるのは本意じゃねぇ』
『なに落ち込んでんだよ。オマエが楽しかったならいいんだよ』

 ……彼の優しさにも触れてきた。
 そんな風に考えてしまう。考えずにはいられない。そんな私を――。

「っ!」

 私自身の両頬を叩いた。かなり音がした。周りの人たちも仰天した目で見ていた。
 これは自分にしっかりするように。叱咤するために。しっかりしないと。

 アルト。リヒターさん。エドワード君……ついにはリナさんまで。
 私の大切な人たちが……いなくなってしまっている。そうやって、しまいには……。

『えへへ、シャーリー!』

「……っ!」

 浮かんだのは、白くてモフモフな子。リッカまで……あの子まで……!

「――よう、シャーロットちゃん」
「!」

 私はいつの間にか、寮の玄関を出ていたのか。待っていたのは――フーゴさん。

「昨日はどうもな? それでよ、まだ時間あるだろ? ほら、これな?」

 小さめなお弁当箱だった。私たちが食べるサイズじゃない。子犬向けのような。

「レストランの味、寄せてみたんだよ。リッカのとこに届けにいきたくて」
「……」

 彼は笑顔だった。いつも通りに笑顔で話しかけている。
 そうだ。私は彼と笑顔で別れた。昨日は楽しかったと。私だって笑うところなんだ。

「……シャーロットちゃん?」

 やはりというか、私の様子のおかしさには気づいたようだ。彼は私のことを見ている――そう、観察するように。

「……何かあったろ」
「……!」

 彼は言い当てた。私がわかりやすいのもあるけれど。

「また嫌がらせ……いや、違うな。他のことだ」

 彼は……周囲と私の関係性を見て、そう判断したようだった。それは確かにといえた。今の私は彼女たちどころではない。

「すげぇ目して、こっち見てくるのな――オレに対してか」
「……フーゴさん」

 そう、あなたのこと。バレてしまっているんだ。私の目にある、困惑、疑惑――決して良い感情のものではないと。

「……なあ、なんか怒らせたか? オレ、やらかしたのか?」

 彼が不安そうにしながら、私に近づいてくる。一歩、一歩と。

「あ……」

 紫の瞳が、私を見つめてくる。そうだ、私は体感してきたじゃない。

 この国の瞳の色は基本、茶色――紫色ではない。

 染められた色――欲望のままに。欲望を叶える為に。
 今も濃くなっていく、その瞳の色は――。

「なあ、シャーロットちゃん――」

 私の肩を掴もうとしている――彼の手。

「……っ!」

 ――それを勢いよく振り払ってしまったのは、私で。

「……すみません」

 そうしてしまったことは悪いとは思っている。だからって、私は彼と距離をとるのを止めなかった。

「……いや、まじで何なんだよ。どうしたっていうんだよ……?」

 呆然とした彼は、振り払われた手はそのままで。私を責めることもない。怒りもしない。
 ただ……彼だけが悲しそうで。

「……私は」

 私だって胸が痛まないわけがない。彼を悲しませたくない、そんな思いだってあるのに……。

「……ごめんなさい。しばらく頭を冷やさせてください」

 今の私はきっと冷静ではない……クラーラさんの言葉ばかり、気になってしまっている。

「……」

 フーゴさんはしばらく黙っていたけれど。

「……わかった。それが必要なことなら」

 彼はそう言うと、私に背を向けた。

「メシは無駄にしたくねぇ。エミル・ジュッツェに渡しておく」
「……お願いします」
「ん……あのさ」

 フーゴさんは去ろうとする前に、足を止めた。彼は告げる。

「――パートナーはオマエだ。それは変わりない」
「……フーゴさん」
「じゃ、またな」

 今度こそ彼は歩き出す。私を見ることもない。

 成り行きを見守っていた周囲がざわつき始める。倦怠期か、はては破局とか。そうやってはやし立てていた。

「……」

 いずれにせよ、私は彼と向き合わなくてはならない。クラーラさんの仰る通り、私は彼のことをよく知らないまま。距離をとった今だからこそ、知ることが出来るのかも――。






 それとなく噂話に耳を澄ませたり。放課後になると、無人の図書室で調べものをしたりしていた。春の女神の文献を調べている内に、下校時刻になった。校舎に残れるのもここまでか……。

「……そうなんだ」

 生徒たちは変わらずフーゴさんのことばかり。伴うは春の女神の巫女として、そのこと。私は見知った内容だった。『クラーラ・メーディウム』の情報が――『フーゴ』に置き換えられているのだと。

 ルイ・ゼンガーの代わりを務めたのも……ええと、クラーラさんだったよね?

「そう、そうだよ……」

 寮長さんから借りた映像、式典の様子が残されたもの。映像が乱れていた。あれは、クラーラさんのことを思い出した今なら、また違って見えるのかな? いただいたものがあったよね。もう一度見てみようかな。

「……!」

 こちらに近づく足音がした。その人物は図書室に入るっぽい。帰らないといけないよね。その人に挨拶をして、それから退室しようとしたところ。

「――へっへっへっへっ」
「……へ」

 とても聞き覚えのある声だった。嬉しさが滲み出ている声。いえ、待って? 足音は人間のものでしょう?

「――ちょっ、リッカ様、もうすぐ、もうすぐですからっ」

 この声……エミルさん? 声か焦りを感じた。それでいて、私にも既視感があった。そう、『抱っこしている時にジタバタ』されているような――。

「やあ、シャーロットって……あっ!」
「わふっ!」

 リッカを抱っこしたエミルさんがやってきた。でも、もがくワンコは彼の腕から飛び出し、私の足元に着地。回りをくるくる走っていた。

「恐れ多くも抱っこさせていただいてたんだ。途中までは、じっとしていたのに……はは」
 ノーリード派の彼も、校内はリッカを抱えて移動していたようだ。

「あはは……」

 エミルさんの苦笑に私もつられた。リッカは喜びきったのか、舌を出しながらお座り待機していた。可愛いからいいか。

「……うん、大丈夫そうだね」
「エミルさん?」
「こっちもね、様子を見に来たんだ。あの三人もだけど、おそらくリナも――」
「……はい」 
 
 険しい顔つきになるエミルさんに、しょげるリッカ。きっとそうだ。リナさんまで消えてしまったこと、気づいているんだね。

「貴女と奴のことも噂になってたよ。やれ別れる寸前だの、いや別れただの。こっちにお弁当届けたときは普通だったんだけどね?」
「そう……」

 すごい広まりっぷりだった。そして、お弁当も届けには行っていたようだった。エミルさん曰く、普通の様子だったと? 

「……シャーロット」

 ねえ、とエミルさんは私に問いかける。

「貴女の態度が変わったって――何かを知ってしまったんだよね?」
「……うん」

 鋭い眼差し、私も誤魔化すことはしなかった。そうだ、話をしなくちゃ。

「今日、話が出来ればと思っていた」
「そうだね。そうしよう」

 頷くエミルさんに、『わんっ!』とリッカも力強く吠えた。

感想 0

あなたにおすすめの小説

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

男女の友人関係は成立する?……無理です。

しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。 ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。 ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。 それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。 その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした

影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。 若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。 そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。 ……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。