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第六章
彼の女王である日々⑤
下校時刻はとっくに過ぎているのに、咎める教師はいなかった。日が落ちる前、灯りもまだ。そんな静かな廊下を私たちは歩いていた。
「リッカ様、ご安心ください。僕が御身を守るからね?」
「?」
エミルさんはリッカを抱えていた。そこで首を傾けているのがリッカ。ピンと来てないんだね。可愛いね。
「もちろん、シャーロットのことだって。貴女のことも守りたいんだ、心の底から」
「ええと、ありがとう?」
「……本当なんだけどな」
私もピンときていなかったのか、エミルさんにジト目で見られてしまった。うん……?
「怪しきものが出ようものなら――」
――それはフラグだったのだろうか。
「!」
私たちの前に飛び出してきたのは――赤く蠢く『ナニか』。あまりにも急に飛び出してきたものだから、視界にとらえきれなかった。
「何奴!」
エミルさんはリッカを私に手早く託すと、そのまま剣を構えた。どこから出したとか、突っ込んでいる暇もなく、彼は臨戦態勢に入っていた。
「……?」
……なんでかな? 赤っぽい存在からの視線を感じる。すごく見られているような……情に訴えかけられているような。
「……ちょっと待って?」
不思議な感覚だった。私はこの赤っぽいのがね、危惧するようなものではないと。そう思えてならなかった。私はゆっくりと近づいていく。
「シャーロット!? ……いや」
エミルさんもそのようだった。最初は警戒していたけれど、彼は剣を収めていた。
「くんくん」
リッカが決定打だった。迷いなく近づいた彼は、匂いを嗅ぐとぺろぺろ舐めだした。赤い何かは大人しくなった。ワンコにされるがままだった。
「……ええと?」
私は落ち着いて確認してみた。ようやく相手を捉えることが出来たともいうか。
「……文字?」
この国の言語で構成されていた、存在。赤い文字が連なっているのだと……赤い。
「……アルト?」
そんな気がした。
――突如、赤文字が高速で回転し始めていた。なんか、すごく興奮しているような? それもあって読めない、速すぎて読めないよ!?
「……えっと――『さすシャ! これって愛の力じゃん!? 俺だって絶対気づいてくれると思っていた! ああ、逢いたかったぁ! リッカもわかってくれるとか、神じゃん!? なんか誰かさんもわかったみたいだけど? 斬ろうとしたところで、まだまだというか――』……ごめん、割愛していいかな?」
エミルさんは速読をしてくれたのに、げんなりしていた。うっすら青筋も立てているというか。アルト……。
「……アルト、落ち着こう? とりあえず、君は無事なんだよね?」
赤文字の動きが止まった――確かにアルトなんだ。謎ではあるけれど……。
『無事無事! そこは愛の力でね、なんとかなったというか! ……こんなん、なっちゃったけどね』
次々と表示される文字。私でも読めるようになった。文字化してしまったけれど、無事だったってことだよね……私は胸を撫で下ろした。
「わんっ! わんわんっ」
リッカは明後日の方向を見て吠えだした。尻尾を右に振っているから、危険が迫っているようではなさそうだった。
「あっ……」
赤文字に続いて、やってきたのは金色の文字だった。ギラギラしているものではなく、落ち着いた色合いのもの……そうだ。
リヒターさんだ。間違っていないと思う。
『ご無沙汰しております。皆様、ご無事で何よりでございます。このような失態、誠に申し訳ございません』
畏まった書体だった。うん、リヒターさんだ。
「ううん? 無事だったのなら、それで……」
アルトもリヒターさんも、状態はどうあれど無事だった。とはいえ……失態、と。彼は確かにそう言っていた。
『……うん、失態だわ。俺達、油断しきっていたのかも』
アルトは大人しくなっていた。項垂れた様子ながらも、説明してくれるようだ。
『一応、警戒してさ? ……リヒターと話をつけにいったんだよ。あの人、悪い人じゃないけど、怪しいには変わりないからさ』
「それは……うん」
アルトとリヒターさん、二人で行動していたようだった。
『ほら、ちょうどそこの歴史資料室。兄貴の管轄だし、人もそんなに来ないから。二人だからって、何とかなるとも思っていた』
示しているのは、歴史資料室。そこで話し合っていたんだ。
『……でもかっこ悪い話さ、あまり記憶になくて。俺達は話をしている内に……感覚がなくなっていたというか』
――姿形も消えてしまったと。
『自我を取り戻したのも、つい先程でございます。文字とはいえ、動くことも可能となりました』
リヒターさんも説明を加えた。そっか、ようやく自我を……。
『がちでやばかったけどさ……消えたくなかったからさ。もう執念だったと思う。こうして残れたのも』
近づいてきた赤文字が、私の体に寄り添ってきた。
「……そっか、二人の強い気持ちがあった。だから、まだよかったものの……」
私の顔は青くなった。二人が執念深くなければ――フェードアウトもあり得たと。
『……そ、強く願ったから。君と離れたくない、このまま消えたくないって』
「そう、そうだよね……」
赤文字体からも、ほんわかとしたぬくもりは伝わってきた。それを感じ取れず、消えていく可能性もあったとなると。
……フーゴ・メーディウム。あなたは。
あなたは……なんて人なの。
『油断、それはそう。そこは申し訳ない。でも……君達にも注意してほしくて――知ってほしくて』
彼らをこうしたのは――フーゴ・メーディウムなのだと。
背筋が凍るようだった。あの鳥籠も呪文――文字で構成されているもの。ここまで関連づくだなんて。
『……彼の人間性とも申しましょうか。我々の警戒をも解く程のものでございます。それだけではなく――我らをこちらに留まらせているのですから』
「……移動できないってこと?」
『さようでございます。制限をかけられているようです』
私が尋ねると、リヒターさんも答えてくれた。アルトは『俺が答えたかったのにぃ!』と、赤文字から悔しさが伝わってきた。アルト……。
「……うん、わかったよ。失態っていってもね? それもあって知ることができた。二人をそうしたのは――あの人。それは間違いないんだ……」
私は口にしては、気持ちが沈むばかりだった。何を考えてかはわからない。とはいえ、色々と掴むことは出来たんだ。
「それじゃ、リナさんやエドワード君も……二人も助かってる可能性もあるんだ」
「うん、そうだろうね。アルトやリヒトの例からして」
希望が見えてきた。エミルさんも同意してくれている。アルトは『それも俺が答えようと思ったのにぃぃ』と相変わらずだった。リヒターさんは大人しい。リッカは目がキラキラしていて可愛い。
「へっへっへっへっ!」
リッカの気合の入りようもいいね、自分が捜し当てて見せると張り切っていた。
『……はあ、行っちゃうんだ。うん、仕方ないのはわかっているんだ……』
赤文字が私にまとわりついてきた。文字となっているからか、遠慮がない距離感ともいうか……!
『僭越ながら、失礼させていただきます』
すっと入り込んできたのが、金色文字だった。赤文字がブーイングをしている……していたけれど。
『……ごめんね? 今はこんなんで。元に戻ったら今度こそ守るから』
『歯痒くも思います……皆様方に委ねるしかない状況を』
彼らが滅入っていること、それが文字からもわかった……。
「――アルト、リヒト。今は僕がついている。それだけじゃない。皆が戻れるよう、僕も尽力するよ」
エミルさんははっきりと口にしていた。彼はこうとも。
「……貴方達の力にもなりたいんだ」
一礼したエミルさんは、匂いをかいだままのリッカを抱き上げた。そう、『あの二人』も捜索しないと。私も二人に手を振って、立ち去ることにした。
『……わかった。今はよろしく、としか』
エミルさんに対して距離があるアルト。でも今はと受け入れているようだった。
『……ええ、よろしくお願い申し上げます』
理路整然とした金色文字も、どこか戸惑いを滲ませているようだった。
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