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第六章
彼の女王である日々⑦
リナさん。彼女も文字となってどこかに留まっているはずだ。彼女が大事な話をしそうな場所、だよね? 名犬リッカのお鼻もどうだろう?
「……すんすん、あっちだ!」
リッカが指した方角を頼りに移動しよう。それと。
「その方角だと鈴の鳴る木があるよね……告白のメッカだけど」
エミルさんが微妙な顔をしていた。うん、あの木々が醸し出す良い雰囲気感、それは味わったことがあった……トラウマとなる事件もあったけれど。
「うん、そこで間違いない。行きましょう」
「え、いいの?」
「その奥にある――泉なら」
エミルさんもそれで『あ!』となった。私たちは顔を見合わせると、駆け出していく。というか、リッカが先頭をきっていた。
鈴の鳴る木々を通り抜けると、そこには綺麗な泉があった。春の女神とゆかりがある伝説の場所とも。それもそう。
――リナさんが一人になりたい時、訪れる場所でもあった。
辺りに照明となるものもなく、夜の暗さの中にある。なのに、不思議だった――泉は光を発していた。優しく淡い光を。
「……リナさん、見当たらないな」
「灯り、つけようか」
「うん、お願い」
エミルさんが携帯していたランプにより、視界は見やすくなった。私たちは周囲を見渡したり、泉周辺を探っていても――リナさんはいない。
私は不安な気持ちを抱えながら、それでも信じようとする。彼女はきっと、消えてないのだと。
「ね、リッカ――」
私は足元の子犬を見た――ヨダレ垂れ流し状態のワンコを。
そうだった。この泉の水、リッカが愛飲していたんだ。でも、この泉は飲用禁止だったという。この子はずっと我慢していたんだ……。
「リッカ様、飲みたい? どうぞ、御心のままに」
「エミルさん!?」
リッカに立膝をついている彼は、リッカに飲むことを勧めていた……!
「……くーん」
リッカは前に注意されたことを覚えていた。躊躇っていた。
「そうだった、飲んじゃいけないんだったね」
「……エミルさん、知ってたんじゃない」
「あはは?」
とぼけた笑いをする彼。わかっていて、彼は提案しているだろうね。リッカの思いを優先したいが故に。
「確かに禁止はされているけどね? リッカ様だよ? 許されると思わない?」
エミルさん、ついには悪びれもしなくなった。ああ、リッカも体がプルプルし始めている……!
「やんごとなき方なのもそう……何より。日頃頑張っておられる、今もこうして耐えてもいらっしゃる。そんなリッカ様なのに……」
エミルさん、何が何でも飲んでほしいようだった。ああ、リッカもその場でジタバタし始めている……!
「ねえ、シャーロット?」
「くーん、くーん……」
……ああ!
「……リッカ、今の内だよ? 君がいつもいい子だからね? だから、今回だけだよ?」
私はその場でしゃがみ、リッカにこっそりと耳打ちした。リッカは尻尾を高速で振った。
「――がぶがぶがぶがぶがぶがぶ!」
――リッカは泉の水を飲んでいる。勢いよく飲んでいる! 泉に顔面突っ伏したままだ!
「ふふふ」
エミルさんは満足そうにしていた。そう、それは私もなんだ……。
「良かったねぇ、リッカ……」
私まで満たされる思いだった。何気にずっとモヤモヤしていたのかも。リッカに泉の水、人の目を盗んで飲ませても良かったかもって――。
『――いや、飲ませるんかーい!』
って、突っ込みが入ってしまった――桃色の文字が、こう、ビシッと。
「「……」」
私とエミルさんは、その文字体の方を見た。
「……っ! わんわん!」
少し遅れてリッカも。彼は水面から顔を上げて、桃色の文字に突撃していった。
『……ちょっと、くすぐったい! あははは、ちょっと待ってって!』
桃色の文字が小刻みに揺れていた。リッカがすごく舐めているからだ。相当くすぐったそうで。水飲み直後だから、すごくベタベタダラダラだとも思われる。
「……って、リナさんだよね?」
……信じてた。彼女も残ろうとしたこと、そういった強い意志があったことを。
『そ、そう、わ、わたし……ひゃはははははは!』
リッカはまだ舐めていた。再会出来たのが、よっぽど嬉しかったんだ。リナさんも笑いが止まらないようだった。
「リッカ、一旦そのへんでね?」
「はっ!」
私はリッカを担ぎ上げた。リッカも夢中になっていたのを、今になって気づいたようだ。エミルさんは『リッカ様が楽しそうで、つい』と気まずそうにしていた。エミルさん……。
『……ふう。無事で良かった』
「うん、リナさんも……」
リナさんは落ち着いたようだった。文字の姿であっても無事には変わりない。本当に良かった……。
『……実は私ね? こうして前に出るかどうか、迷っていたの。合わせる顔なんてなくて……私、あの人が完全に良い人だと思っちゃって……』
桃色の文字は地面に下り、小さくなっていた。リナさんも負い目を感じているんだ……。
『……なのにさ? 泉の水飲むのかよ! ってなって。なんなのよ、こんな状況なのにって……ふふ』
リナさんは微かに笑っていた。きっかけになった、そういうことかな……?
『――今はごめん、あんた達任せになってしまう』
泉のほとりで、リナさんは佇んでいる。彼女も移動出来ない制約があるようだった。
「……あの、リナさん」
彼女はここから離れられない。だから――今、この場で。一緒に確認したいものがあったの。
「リナさん、あなたが提案してくれたことです」
『あんた、それ……』
「うん、持ち歩いていたの」
私がポーチから取り出したのは、記録媒体。キューブ状のそれだった。小型の再生機器もセットで持ち歩いておいて良かった。私は文字体のリナさんが見やすいようにした。エミルさんもリッカを抱えたまま、背後に回った。ありがとう。
映像が映し出される。画像は荒いまま。色が映えるのは紫の花飾り。それでも――以前とは違っていた。
「……クラーラさん」
人物の特徴を捉えることが、ようやく出来た。華奢な女性の体つき。生来の美しさ。そうだ。私が見てきた彼女の姿。
「クラーラって……そうか、メーディウムさんのことか」
一瞬、頭痛がしたようだったエミルさん。彼はすぐに思い出したようだ。リナさんも文字で呟いては呼んでいた――『クラーラ先輩』、と。
「……あのフーゴ・メーディウムと彼女。似ても似つかないよね」
エミルさんは目を凝らして、じっくり見ていた。
「あの男は式典のことまで騙っていたと。度し難いな……」
エミルさんは完全に怒っていた。今はフーゴの方がそうなっているから。本来クラーラさんがやっていたとなると、彼はさらに嘘つきだということになる。
「……ふう。僕達は彼女のことを忘れていたんだ。本当は彼女の功績だった。編入生としてやってきたのもそうだ」
苛つきながらも、エミルさんは要約してくれた。
「じゃあ、あちらの婦人の方が被害者と。奴がやったことによって。とはいえ、まだ確定する段階でもないか」
よく思ってない人相手でも、エミルさんはまだ断定はしていないようだった。
「……」
映像がわかるようになった。紫の花飾りの持ち主、その姿はどう見てもクラーラさんだ。ガタイがいい『彼』ではない、と。
……フーゴさん。あなたが乗っ取ったのは――本当にそうなの?
クラーラさん、彼女が正しいってことなの? ――居場所を奪われたと?
「……ごめんね、僕もわからない」
リッカは画像を通して匂いを嗅ごうとするも、首を振った。
「ううん」
私はリッカの胸元を撫でた。この映像だけじゃ、まだ判断は厳しいよね……。
クラーラさんのことを彼らも思い出した。私はその流れで――鳥籠のことも話した。
あとの三人には明日、改めて共有しよう。
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