493 / 557
第六章
彼の女王である日々⑪
人に聞かれたくない話。密室が考えうる。私はどちらかの自室も覚悟していた。
……いえ。今はモルゲン先生のお部屋、キャンドルが焚かれたあの部屋くらい。他は――監視の目が届いているようだったから。互いの部屋でも、そうなると……。
それもあって、私は会話の内容に気を配ろうとしていたところだった。
どこで話すのか、それをフーゴさんは教えてくれなかった。都を歩く中、こうやって学園に戻ってからもだった。
どちらの寮にも戻らず、私たちは本校舎へ入っていく。夜の学校はあまりにも静かで、足音も響く。正直怖い。私は意識してリッカをぎゅっと抱きしめた。『ふがっ』って返事が返ってきた……寝てるね、リッカ。
「――ここで話すとすっか」
「図書室……?」
「ああ、オレの勝手だけどな。ここにしてくれ」
「はい……」
意外な選択ともいうか。ここは確かに静かだと思う。
「……ここならまだ、どうにか」
フーゴさんの言葉と同時に。
「……!?」
視界が揺らいだのは一瞬、すぐに戻ったけれど……。
――より静寂となった。空気も研ぎ澄まされている。
「――今日、楽しかったな。付き合ってくれて、ありがとな」
「それは私もです……楽しかった」
「はは、そうかよ」
あなたといるの、すごく楽しい。
困ったところがあっても、芯がある人。懸命な人……それは私に対しても。
「――ねえ、フーゴさん。本当に覚えてないのですか? アルトたちのこと」
私は問うた。フーゴさん、この場所を選んだこと、察しがついてしまったの。
ここは文字の多い場所、あなたが力を奮いやすいのでしょう?
彼らを文字にしたのは、あなたなのでしょう? でも、それは理由があって――。
「……」
「……」
フーゴさんは黙るも。
「……わりぃ。わかんねぇわ」
彼の答えは変わらない――今ならシラを切っているとわかるのに。
「……なんて人」
私の不満が言葉に出ていた。そのことにフーゴさんは申し訳ない顔をするでしょう? 教えてくれないのにね。
なんて人なんだろうね、本当に。
このような人なのに……なのに、私は。
「そんな人なのにね……」
『フーゴさん』と過ごしてきたことを思い返す。
フーゴ・メーディウムとして。突然学園に現れたあなた。
私をパートナーにしたいとも。
それによって嫌がらせもあって。
それを解決してくれたのはあなただった。真摯な対応で。
あなたをそうして信頼したところで――クラーラさんが現れた。彼女が本来在るべき、いられる場所を奪ったのは――フーゴ・メーディウムだと。
アルトたちのことも教えてくれない。本当のことを言ってくれない。
フーゴ・メーディウムはそのような男。突然やってきておいて――。
「……ううん」
私は首を振った。
違う、違うの。突然なんかじゃない。
『あなた』と過ごしてきたことを思い出す。
学園案内中にお昼に誘われて。怪しげな雰囲気を醸し出していて。
夜遊びに繰り出そうとするのも、必死に止めたりもして。控えるようにもなってくれた。
水の王子の幻想を壊そうとした。
「そう、あなたが……」
――それにね、思い出したの。
獣人たちが奉っていた、彼らの女神像。
それを――半壊にしたのも。
ようやく思い出したの。そうだよ、あなたが。
「――フーゴ・メーディウム。私が見てきたのは、共に過ごしてきたのは『あなた』だったの」
「……」
彼は何も言わない。私を見ているだけだ。
「彼らのこと、知らないなんて言わせない――そうだよ、エドワード君のことも」
あなたに手を下そうとした相手。忘れることなんてないでしょう――。
「……」
「……フーゴさん?」
まだ黙ったまま。私は彼を呼んでみた。
「――見つけてくれた」
「……え?」
何をなのか、それがわからない。そう呟く彼は――紫の瞳が色濃くなっているようで。
「……っと。なあ、シャーロットちゃ――」
彼が私の名を呼ぶ。すると――図書室にある本の一部が。
「ひっ!?」
きゅ、急に飛び出してきた!? それらが乱暴に床に叩きつけられるようで……。
「がるるるるるるる……!」
あれだけ熟睡していたリッカが、起きて警戒していた。この子が唸り続けていると――ひとまずは収まったようだ。本は散らばったまま……。
「うー……がるるるる」
リッカは警戒をやめない。図書室内をぐるぐる見渡していた。
「……くそっ。小手先じゃ……駄目だったか」
忌々しそうに言いつつ、フーゴさんは床に落ちた本を拾い上げていた。私も唸るリッカを片手に、拾っていく。
「……その体勢、辛えだろ。オレの方でやっておく」
「……ありがとうございます。本が可哀そうで」
「……だよな」
フーゴさんの方で手早く拾い上げて、本の状態を確認していた。問題ないと判断し、本棚に戻していく。丁寧に扱っている彼の姿を、私は目で追っていた。
「……わん」
力んでいたリッカも、いくらか落ち着いたようだった。眠ることなく、大人しくしていた。
「……遅くとも十三日。例の日を迎えるまでには話すつもりだ」
「フーゴさん?」
フーゴさんは片づけていて、こちらを見ることはない。
「その日まで待っててくれ……心の整理とか、色々準備もある。そういうこった」
「……」
その日まで無理に聞きだしてもいいものか。
「……頼む。約束する」
「……約束」
どこまで信じていいのか。アルトたちのことも煙に巻かれたまま。
「……お待ちしています」
それでも私は……彼の言葉を信じることにした。
日々は過ぎていく。
あの四人にも会いに行って、現状を把握しあって。
運命の日に近づいていく。
今宵も訪れるは、鳥籠の夢の中。
「……?」
目覚めると……なんだろう? 激しい音がする……!? 鳥籠もそれに振動している。私が音がする方向を見ると。
「――ああ、頑強なこと……!」
「!?」
クラーラさんはハンマーを手に――木製の錠前をたたき割ろうとしていた。それでも手ごたえがないと考えると、今度は斧でかち割ろうとしている。どこからともなく現れる武器たち。それも意味ないとすると、自身の手から光弾を発してはぶつけていく。
「あ……」
クラーラさんはそうだ――壊そうとしているんだ。錠前を破壊すれば、この鳥籠は壊れるのではないかって。この、フーゴさんが作った鳥籠を。
……フーゴさんによる鳥籠を壊す?
なんて、なんてことを……!
「――やめてください!」
私は叫んだ。すぐに立ち上がっては、駆けつけていく。
本当にやめてほしかった。これはフーゴさんが、私を思ってのもので……!
「……シャーロットさん」
クラーラさんは私を見ると、振りかざしていた手を下ろしていた。ひとまずは攻撃を止めてくれるようだった。
「……可哀そうに、毒されているのね」
さっきまでの攻撃性は潜み、向けられるのは憐れみの眼差し。
「私、あなたを解放してあげようと思っていたのよ? なのに、あなたときたら……鳥籠の中にいたいようね?」
――『あの男』に囚われたままでいたいの? ……って。
クラーラさんの仰る通りだ。私は『フーゴ・メーディウム』に囚われたまま。
それを望んでいるかのような……私の心は揺れる。
「――そういえば。あなたの騎士さん達、見ないわね?」
「……騎士?」
「……はぁ」
いまいちわかっていない私に対し、クラーラさんは溜息をついた。
「……ふう、アルトさん達のことよ。あの男が何かしたのでしょう?」
「……?」
「エミルさんはいるようでも? 他の皆さん、休学でもしているのかしら?」
クラーラさん、彼らのことを覚えていた。それでいて、彼らがどこかへ行ってしまったのだと。……文字化していること、ご存じないようだった。
「……それは」
私は返事に困っていた。アルト達が文字となってしまったのは、もうフーゴ・メーディウムによるものだと。
「ねえ、シャーロットさん? 隠し事があるようね?」
「……っ」
クラーラさんの鋭利な目つき。私は目をそらそうとするも。
「――こーら、目をそらさないの。そう……こちらを見て」
拒もうとしていても、強制的に語りかけてきて――。
「――いえ」
私の頭は明瞭だった――紫のモヤが辺りを取り囲み始めていたから。モヤがかったから、頭がはっきりりするのも不思議な話。
「あなたが気にすることではありません」
守られているようだった。だからかな、私もはっきりと告げられた。
「くっ……調子に乗って……!」
クラーラさんは明らかに苛立っているようだった。
「……よくも、この私をコケにしてくれたわね――」
そんな彼女の声も姿もそう。紫のモヤに覆われ、消えていく――。
ここは鳥籠の夢の中。
濃くなっていく紫の世界。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。