496 / 557
第六章
彼の女王である日々⑭
甘い香りがした。香水の香りだ。私が好きな香り、彼の――。
「……ん?」
いつものベッドとは違う。沈むような感触のもの、サイズだって大きい。何より。
「おう、起きたか。おはよう」
「……」
眼前に迫るは。
「んだよ、寝ぼけてんのか。起きるには早い時間だぜ? 寝てな?」
「……」
彼の精悍な顔。凛々しくて、格好良い――。
「……フーゴさん!?」
私の眠気は一気に吹き飛んだ。そ、それに、なんて顔が近いの!? 耐えられない、後ろに下がりたい……!
「……っとぉ、ぶつかるだろうが」
「……!」
私の行動を読んでいたのか、フーゴさんが私の頭部を支え……そのまま、抱き寄せるまで。
「……昨夜はあんだけ甘えてきたのになァ? 可愛かったのになァ?」
「昨夜……はっ!」
昨日の私ときたら、普通にフーゴさんの腕の中で眠って。し、しかも……自分から行ってなかった!?
「言ったろ? まだ夜も明けてない。二度寝でもしておこうぜ?」
私はその言葉を受けて、窓の方をちらっと見た。室内は暗くて、カーテンも閉まったまま。外も日が昇っていないのは確か。まだ寝てもいられる時間ではあるけれど。
「眠れません」
私、覚醒しきっているから。過度の緊張状態でもあるし、顔は火照ったままだし……!
「おいおい、興奮してんのなァ」
「こ、興奮って……!」
図星を突かれて、私はさらに興奮してしまった。これでは彼の思うツボだ。ほら、愉快に笑っているし……!
「ほら、寝かしつけるからよ」
「あれ……」
紫のモヤが周囲を取り巻く。この不思議な感覚、昨夜も体感したものだ。気持ちが落ち着く。
呼吸が整ってきた。眠気も訪れてきた。ああ、眠れそう――。
「おやすみ、シャーロットちゃん。今日が本番だからな、休んでおけよ?」
優しい声だなぁ……心地良いなぁ……。
「すうすう……」
瞼が落ちきった。私はもう眠る寸前だった。はい、おやすみなさい……。
「――運命の日だからな」
きっと、穏やかな顔をして言っているんだろうな――。
朝を迎えた。今日は二月十四日。学園の休日、そしてダンスパーティーの開催日だ。
ロルフ君主導で準備が行われていた。前みたく手伝いたかったけれど、『主役はダンスに専念してよー』って返されてしまった。
お店も出店するっていう話、盛り上がりそう。
「――さて」
私は今、女子寮の自分の部屋に戻っていた。あの後、私は夜明けと共に自力で起きた。
『まだ寝てようぜ?』
すごく睡眠を催促してくるフーゴさんに断りを入れ、彼の部屋を退室した。
人の目がない内に抜け出したかった。何としてもだった。これはいわば……朝帰りな状態だった。まずいと思っていた。とはいっても、朝から活動する生徒たち、男子寮の人たちにも見られていたよね……。
朝食も部屋ので済ませた。買い込んでいたもので、しっかりと摂ることが出来た。腹八分目も心がけた。
「……はぁ」
事前に用意したドレスに着替え、髪型もセットした。あとはメイクだけ。鏡台の前に座ってとりかかろうとするも、こう、手が震えてしまっていて……。
「うう……ダンスパーティー……ダンス……それも大注目されて……」
私は目の前が真っ暗になりそうになった。今日この日まで考えてこなかったのだろう……!? ダンスとか習ったことがない、経験もないのに……!
「あああ……」
私は羞恥に悶え、悶絶しきった……うん、顔を上げよう。
「……腹をくくろう。笑われたっていい」
今日が目途にしていた日だ――何かが動く日なんだ。
今日さえ、乗り切れば。
今日さえ、越せれば。
私は不思議とそう思えていた。
今日が終われば――『女王』でなくてもいいと。
「……うん、今日で最後だから」
気合入れてメイクをしよう。自分を全力で彩るんだ。
――準備完了した。私の方はこれで良いけれど……。
「……リッカ」
私はベッドの上で眠る子犬を見た。リッカはずっと眠そうだった。早朝の散歩も動く気がなくて、朝食の時に辛うじて起きたくらい。量は普段通りだったなので、そこは安心したいところだけれど……。
「……うん、行こっか」
私はコートを羽織ると、リッカを抱えた。目的はエミルさんにお願いする為だった。リッカを託したくて、男子寮に向かおうとしていた。
「リッカ……?」
そんなに眠そうなのに、今もうつらうつらって……。
「ねえ、リッカ……? すごく眠そうだよ?」
今日になって、すごく眠そうにしていた……。今日になるまでは、普段通りだったのに……? フーゴさんといた時は熟睡していたけれど、それも安心しきっているからで――。
「病院かオーナーさんのところ、行こう? 本当はエミルさんのところだったけれど、時間もまだまだ余裕あるから」
「……ううん、僕、一緒に行きたい。シャーリーと一緒にいたいの」
リッカがうっすら目を開けながら、私に訴えてきた。『お願い』……って。
「……私もね、一緒にいたい」
私は一旦リッカを下ろした。ああ、また眠ろうとしている。その度に、寝ないって首をぷるぷる振っていて……。
……リッカ。そうだね、一緒がいいよね。だから待っててね?
私はクローゼットの前に立った。リッカ専用の衣装箱を取り出した。フーゴさんと店巡りをする度に……つい、衝動買いをしてしまっていて。その中の一つを手にとった。
「お待たせ、リッカ」
「……?」
リッカは私が近くにきたので、体を起こした。いつものように、首をかしげていた。可愛いね……というには、あまりにも眠そうで。大丈夫かなって心配の気持ちが勝ってしまう。
「僕、起きてるの……」
「……うん、そうだね――はい」
舟をこいでいるワンコに装着したのは――黄色の蝶ネクタイだった。首輪を外して、代わりにつけたんだ。
「一緒にパーティー、行こうね?」
私は再び抱っこして、一緒に鏡に映した。素敵だよ、リッカ?
「えへへ……」
眠そうながらも、リッカは笑ってくれた――。
どのみち、エミルさんの協力は仰ぎたかった。彼はパーティーに参加する気はないと、話に聞いていた。『表立って参加はしないよ。見張らせてもらうから』といった理由だった。
今はリッカが来たことにより、堂々と参加してもらうことになる。リッカの為なら、引き受けてくれるとは思う。思いたい。
女子寮を歩く。朝から彼女たちは気合が入っていた。ドレスが様になってもいるし、綺麗な人たちばかりだと、改めて実感した。
私が挨拶をすると、最低限の挨拶は返ってくる。以前のように、にこやかとはいかないよね……。
「――やあ、シャーロット君」
「寮長さん……」
寮長さんも見事なものだった。うっとり見とれそうになるほど、綺麗だった。
「前に言ったこと、忘れてないよね? ――女王の座を奪い取ってみせると」
「!」
寮長さんだけじゃない。寮生の皆さんからも戦意が伝わってきた。
「まあ、情けない話。ここまではまったく相手にもされなかった。ならば、今日に賭けようと思ってね?」
「……はい」
彼女たちは誰一人として、諦めてない。フーゴさんに選ばれようとしている。私は固唾をのんだ。
「では、私たちは先に行かせてもらうよ。それじゃあね」
寮長さんを筆頭に歩いて行こうとしていた、その時。
「……ん? おや、リッカ君? 君も素敵じゃないか!」
「……わふっ?」
寮長さんはわざわざ立ち止まって、リッカを褒めていた。言われたワンコは目をぱちくりとしていた。
「……」
私も密かに驚いていた。ここ最近、リッカに興味をもったりしなかったのに……。
「……今のは気にしないでくれ。ワンコより、フーゴ様のことだ、フーゴ様の……」
それっきりこちらを見ることはなくなった。彼女たちは去っていく。
「……笑われてもいい、どころじゃないよね」
彼女たちは真剣なんだ。私のダンスの腕前じゃ結果は見えている。それでも、こっちもちゃんと応えないと。私は一人、頷いた。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。