春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第六章

彼の女王である日々⑭



 甘い香りがした。香水の香りだ。私が好きな香り、彼の――。

「……ん?」

 いつものベッドとは違う。沈むような感触のもの、サイズだって大きい。何より。

「おう、起きたか。おはよう」
「……」

 眼前に迫るは。

「んだよ、寝ぼけてんのか。起きるには早い時間だぜ? 寝てな?」
「……」

 彼の精悍な顔。凛々しくて、格好良い――。

「……フーゴさん!?」

 私の眠気は一気に吹き飛んだ。そ、それに、なんて顔が近いの!? 耐えられない、後ろに下がりたい……!

「……っとぉ、ぶつかるだろうが」
「……!」

 私の行動を読んでいたのか、フーゴさんが私の頭部を支え……そのまま、抱き寄せるまで。

「……昨夜はあんだけ甘えてきたのになァ? 可愛かったのになァ?」
「昨夜……はっ!」

 昨日の私ときたら、普通にフーゴさんの腕の中で眠って。し、しかも……自分から行ってなかった!?

「言ったろ? まだ夜も明けてない。二度寝でもしておこうぜ?」

 私はその言葉を受けて、窓の方をちらっと見た。室内は暗くて、カーテンも閉まったまま。外も日が昇っていないのは確か。まだ寝てもいられる時間ではあるけれど。

「眠れません」

 私、覚醒しきっているから。過度の緊張状態でもあるし、顔は火照ったままだし……!

「おいおい、興奮してんのなァ」
「こ、興奮って……!」

 図星を突かれて、私はさらに興奮してしまった。これでは彼の思うツボだ。ほら、愉快に笑っているし……!

「ほら、寝かしつけるからよ」
「あれ……」

 紫のモヤが周囲を取り巻く。この不思議な感覚、昨夜も体感したものだ。気持ちが落ち着く。
呼吸が整ってきた。眠気も訪れてきた。ああ、眠れそう――。

「おやすみ、シャーロットちゃん。今日が本番だからな、休んでおけよ?」

 優しい声だなぁ……心地良いなぁ……。

「すうすう……」

 瞼が落ちきった。私はもう眠る寸前だった。はい、おやすみなさい……。

「――運命の日だからな」

 きっと、穏やかな顔をして言っているんだろうな――。




 朝を迎えた。今日は二月十四日。学園の休日、そしてダンスパーティーの開催日だ。

 ロルフ君主導で準備が行われていた。前みたく手伝いたかったけれど、『主役はダンスに専念してよー』って返されてしまった。
 お店も出店するっていう話、盛り上がりそう。

「――さて」

 私は今、女子寮の自分の部屋に戻っていた。あの後、私は夜明けと共に自力で起きた。

『まだ寝てようぜ?』

 すごく睡眠を催促してくるフーゴさんに断りを入れ、彼の部屋を退室した。

 人の目がない内に抜け出したかった。何としてもだった。これはいわば……朝帰りな状態だった。まずいと思っていた。とはいっても、朝から活動する生徒たち、男子寮の人たちにも見られていたよね……。

 朝食も部屋ので済ませた。買い込んでいたもので、しっかりと摂ることが出来た。腹八分目も心がけた。

「……はぁ」 

 事前に用意したドレスに着替え、髪型もセットした。あとはメイクだけ。鏡台の前に座ってとりかかろうとするも、こう、手が震えてしまっていて……。

「うう……ダンスパーティー……ダンス……それも大注目されて……」

 私は目の前が真っ暗になりそうになった。今日この日まで考えてこなかったのだろう……!? ダンスとか習ったことがない、経験もないのに……!

「あああ……」

 私は羞恥に悶え、悶絶しきった……うん、顔を上げよう。

「……腹をくくろう。笑われたっていい」

 今日が目途にしていた日だ――何かが動く日なんだ。
 今日さえ、乗り切れば。
 今日さえ、越せれば。 
 私は不思議とそう思えていた。

 今日が終われば――『女王』でなくてもいいと。

「……うん、今日で最後だから」

 気合入れてメイクをしよう。自分を全力で彩るんだ。


 
 
 ――準備完了した。私の方はこれで良いけれど……。

「……リッカ」

 私はベッドの上で眠る子犬を見た。リッカはずっと眠そうだった。早朝の散歩も動く気がなくて、朝食の時に辛うじて起きたくらい。量は普段通りだったなので、そこは安心したいところだけれど……。

「……うん、行こっか」

 私はコートを羽織ると、リッカを抱えた。目的はエミルさんにお願いする為だった。リッカを託したくて、男子寮に向かおうとしていた。

「リッカ……?」

 そんなに眠そうなのに、今もうつらうつらって……。

「ねえ、リッカ……? すごく眠そうだよ?」

 今日になって、すごく眠そうにしていた……。今日になるまでは、普段通りだったのに……? フーゴさんといた時は熟睡していたけれど、それも安心しきっているからで――。

「病院かオーナーさんのところ、行こう? 本当はエミルさんのところだったけれど、時間もまだまだ余裕あるから」
「……ううん、僕、一緒に行きたい。シャーリーと一緒にいたいの」

 リッカがうっすら目を開けながら、私に訴えてきた。『お願い』……って。

「……私もね、一緒にいたい」

 私は一旦リッカを下ろした。ああ、また眠ろうとしている。その度に、寝ないって首をぷるぷる振っていて……。

 ……リッカ。そうだね、一緒がいいよね。だから待っててね?
 私はクローゼットの前に立った。リッカ専用の衣装箱を取り出した。フーゴさんと店巡りをする度に……つい、衝動買いをしてしまっていて。その中の一つを手にとった。

「お待たせ、リッカ」
「……?」

 リッカは私が近くにきたので、体を起こした。いつものように、首をかしげていた。可愛いね……というには、あまりにも眠そうで。大丈夫かなって心配の気持ちが勝ってしまう。

「僕、起きてるの……」
「……うん、そうだね――はい」

 舟をこいでいるワンコに装着したのは――黄色の蝶ネクタイだった。首輪を外して、代わりにつけたんだ。

「一緒にパーティー、行こうね?」

 私は再び抱っこして、一緒に鏡に映した。素敵だよ、リッカ?

「えへへ……」

 眠そうながらも、リッカは笑ってくれた――。



 どのみち、エミルさんの協力は仰ぎたかった。彼はパーティーに参加する気はないと、話に聞いていた。『表立って参加はしないよ。見張らせてもらうから』といった理由だった。

 今はリッカが来たことにより、堂々と参加してもらうことになる。リッカの為なら、引き受けてくれるとは思う。思いたい。


 女子寮を歩く。朝から彼女たちは気合が入っていた。ドレスが様になってもいるし、綺麗な人たちばかりだと、改めて実感した。
 私が挨拶をすると、最低限の挨拶は返ってくる。以前のように、にこやかとはいかないよね……。

「――やあ、シャーロット君」
「寮長さん……」

 寮長さんも見事なものだった。うっとり見とれそうになるほど、綺麗だった。

「前に言ったこと、忘れてないよね? ――女王の座を奪い取ってみせると」
「!」

 寮長さんだけじゃない。寮生の皆さんからも戦意が伝わってきた。

「まあ、情けない話。ここまではまったく相手にもされなかった。ならば、今日に賭けようと思ってね?」
「……はい」

 彼女たちは誰一人として、諦めてない。フーゴさんに選ばれようとしている。私は固唾をのんだ。

「では、私たちは先に行かせてもらうよ。それじゃあね」

 寮長さんを筆頭に歩いて行こうとしていた、その時。

「……ん? おや、リッカ君? 君も素敵じゃないか!」
「……わふっ?」

 寮長さんはわざわざ立ち止まって、リッカを褒めていた。言われたワンコは目をぱちくりとしていた。

「……」

 私も密かに驚いていた。ここ最近、リッカに興味をもったりしなかったのに……。

「……今のは気にしないでくれ。ワンコより、フーゴ様のことだ、フーゴ様の……」

 それっきりこちらを見ることはなくなった。彼女たちは去っていく。

「……笑われてもいい、どころじゃないよね」

 彼女たちは真剣なんだ。私のダンスの腕前じゃ結果は見えている。それでも、こっちもちゃんと応えないと。私は一人、頷いた。

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