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第六章
彼の女王である日々⑯
軽快な演奏が流れていた。なんと生演奏だ。奏者の方々も招いていたとは。
見慣れた体育館も、ガラリと雰囲気を変えてきた。赤いドレープや絨毯に彩られ、立派なパーティ―会場と化していた。
着飾られた生徒たち。談笑していた彼らの視線は――一気に入口へ。
「「「きゃあああああ!」」」
華やかなフーゴさんの登場に、彼らは興奮していた。そのまま彼の方に注目を、って思っていたけれど。
「うう……」
視線が痛い。隣に立つ私までも見られていた……。
「ほら、深呼吸深呼吸」
「は、はい……」
私はフーゴさんの言われた通りにした。うん……緊張は緩んだかな?
「お、素直だな」
「もう……」
いつもの彼の笑い顔、それの効力も大きかったのかも。
「よろしくお願いします」
フーゴさんが近くの給仕さんにコートを預けていた。私も『お願いします』と、預かってもらうことにした。
「……へーえ」
「フーゴさん……?」
私のドレス姿、すごく見てくる……! レンタルしてきたの、私くらいなのかも。寮の人たちもピッタリだったし。
それこそフーゴさんこそ、オーダーメイドだよね? がっしりとした体格にフィットしているともいうか。洗練されたデザインも着こなせているともいうか。
「わあ……」
私の目を惹いたのは――胸元にある紫の花だった。
こちら、飾りなのかな? 本物の花ではないようで――。
「……あれ」
どこかで見たことあるような……。
「……うん、似合ってるんじゃねぇの?」
「あ、ありがとうございます……?」
フーゴさんは視線をそらしていた。あまりにもこっちを見ないから、気を遣ってるのかなって思った。
「……わりぃ。直視出来ないだけだ。慣れるように頑張る」
「は、はい……」
「時間くれ……」
「はい……」
よくわからないけれど、私は待つことにした。気になることもあったから、それで良いと思た。
私は周囲を見渡した。リッカとエミルさんが来ていないか、それを確認したかった。
……あ、いた。制服姿のいつものエミルさん、つまり美しさもそう。彼は囲まれていた。腕の中のワンコも、可愛いねと。それも当然のこと。
「……」
リッカ、今はしっかり起きているようだった。緊張しているともいうか……人見知りな子だから。
エミルさんもそれをわかっているからか、失礼のないように離れていったようだ。壁際の方に行ってもいた。リッカは落ち着いたようだ。
……あ、目が合った。エミルさんも会釈して、リッカも舌を出して笑っていた。そっか、リッカ、大丈夫なのかな……? 私も笑顔で手を振った。
「……お、始まったな」
演奏が変わる。ワルツとなっていた。場にいた彼らはフーゴさんに視線を残しつつも、それぞれのパートナーと踊り出た。
優雅に踊る彼ら、音楽にも合っていた。皆さん、当たり前に踊れるんだ……そっか……。
「――フーゴ様! どうかお願いがあるんだ! 私達とも踊ってくれないだろうか!」
寮長さんを筆頭に、フーゴさんと踊りたい人たちがやってきた。先程口にしていた――賭けるということ。
「……一度だけでいい。もしかしたらって、可能性を芽生えさせてくれるだけでも……」
……彼女たちは本気だった。憧れ、とか。ミーハー気分とか。そういうものじゃないと。
「……ありがとうな。気持ちは嬉しい」
そんな彼女たちの真剣な思い、フーゴさんも真摯に受け止める。
「……本当にごめん。オレは他の子と踊る気にはなれない――シャーロットちゃんだけだ」
そうして、受け止めた上での答えだった。
「……それじゃあな。ほら、行こうぜ?」
「!」
私は彼に肩を抱かれ、そのまま踊りの場に連れてかれる。
「あのっ……」
私は戸惑ってしまう。まともに踊れないのもそう。彼女たちのこと、そのままにしておくのもって。
「……なんだよ。他の子と踊ってもいいのかよ」
「それは……」
私は想像してしまった。他の子と踊るあなた……そういえば、よく囲まれたりもしていて……。
「それはちょっと……」
「だろ?」
それみたことか、って。そんな顔を彼はしていた。その通りだけど……。
「それと、今更ですけど……」
私はもう一つの懸念材料も言うことにした。というか、もっと早くに言えばよかった。ダンス経験なんてないこと、そう伝えようとすると――。
「……っ! シャーロット君!」
「!?」
寮長さんの叫び声に、私は足を止めてしまった。フーゴさんも合わせて止まる。
「……ああ、フーゴ様もさ。それならせめて、認めさせてくれないか! こちらを納得させてほしい……完膚なきまでに!」
彼女たち。大半が諦めでありつつも、それでも気持ちは残されていた。私に対する挑戦状でもあり――。
「……受けて立ちます」
そう、彼女たちの思いに恥じないようにって。私、心に決めていたんだ。
「……ありがとな」
フーゴさんが小さくお礼を言った。私の肩から、私の手へ。中心へと参ずる。
「それで、だ。さっきまでカッコよかったシャーロットちゃーん? 踊りのご経験は?」
「うっ……」
フーゴさんは意地悪そうに笑った。私は正直に答えるしか……。
「……ないです」
「ま、それを言いたそうだったしな。だろうなァ?」
「ちょっ……なら、どうして言わせたんですか……!」
「お? 言うようになったじゃねぇか」
顔を真っ赤にして抗議する私を、これまた彼は面白そうに見ている。
「もう……」
ただでさえ、注目されているんだ。私は、彼女たちの真剣な思いに応えたい。自分の頬の感触が固く感じた。ああ、緊張しているんだって……実感してしまった。
「ガッチガチだなぁ……なーあ、シャーロットちゃん? 楽しめばいいんだよ」
悪そうな笑顔はそのままに、彼は私の腰を抱き寄せた。
「心のままに。好きに踊ればいい――オレがついてる」
「わっ!?」
会場内に大きな声が上がった。悲鳴とか、歓声とか。私の大きな声もそう――私は彼に高く抱え上げられていたから。
そのまま彼のペースで、踊るというか、踊らされるというか。私はただただ、ついていく。
「め、めちゃくちゃだ……!」
「ははっ。でもさ、やれてんじゃねぇか!」
必死な私に対し、彼から笑いが降ってきた。どこまでも余裕だ……!
フーゴさんは社交ダンスから外れた踊りをしていた。その場で思いつきの踊り。どちらにせよ、私はついていくので精一杯。笑いっぱなしのフーゴさん。私にそんな余裕なんて――。
「……?」
体が変わっていくようだった。あれだけ息切れを起こしていたのに、今は違う。肩の力が抜けきっているのもそうだった。
周りの音も聞こえてきた。音楽もそうだ。いつのまに、こんなスイングのきいたものになっていたとは……。
「そうそう、リラックスな」
「フーゴさん……」
そして――彼の優しい顔。てっきり、さっきまでの悪い笑みのままだと思っていたから。こんな表情をしているとか、思ってなかったから……。
「……ふふ」
心が弾んだ。ご機嫌な音楽、踊りにも余裕が出来た。正統な踊りでもない、格式ばったものでもない。でも、体が音楽に合わせて乗っていく。
「……可愛い顔して笑うのな」
「……え」
「いんや、なんでもねぇよ?」
音楽に混ざっていたとはいえ、聞こえなくはなかったけど……そっか、空耳か。空耳だよね。
うん、細かいことは考えない。今は踊りが楽しい、それで充分。フーゴさんだって笑っている。
「な、楽しいだろ?」
「はいっ!」
ただ楽しいだけ。ひたすら笑い合っているだけ。
「オレもだ」
「ふふ、良かった」
――お互いがいるだけ。
音楽が止まった。一曲が終わったんだ。
「……」
「……」
静寂が訪れる。曲が終わったのに、私たちは離れることはない。見つめ合ったままだった。
ワァっと、会場内が沸き立った。歓声と共に拍手まで。
「……皆さん」
寮長さんたちもだった。微かに笑った彼女たちも手を叩いていた。『そんなに楽しそうにされたらね……』と、そんな声まで聞こえてきた。
「……本当にオモシレー女だよな、オマエは」
「またそれ――」
弄りの常套句になっているようで、納得がいかないともいうか。私、漫画で見た時はシーン込みでキュンキュンしていたのに。抗議しようとしたけれど。
「……一緒にいるとな、楽しいんだよ。本当にな、思うんだよ」
――手放したくないって。
「……フーゴさん?」
さっきまで笑っていたのに、彼はどうしたというの?
こんなにも憂いを帯びた表情、それでいて――必死な表情。
より濃くなっていくのは、彼の瞳の色――濁ったような紫の瞳。
「……あ」
次の曲が演奏され始める。再び差し出されるのは、フーゴさんの手。
「まだまだ踊るだろ?」
「……!」
そうだ。そうだよ。周りからも期待の目を向けられている。何より――フーゴさんが望んでくれている。
「……」
私だってそう。その瞳に吸い寄せられるように――。
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