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第六章
共犯者である日々②
波の音がする。そして、潮の香りも。
ふかふかの感触、ここはベッドの中? いつものベッドではないようだった。
「――お。起きたか」
誰かが、私の頭を優しく撫でている。私はゆっくりと瞳を開いた。
私たちは海の上、ここは客船の個室だった。
「……フーゴ、さん?」
ベッドに腰かけてきたのは、パーティー衣装の彼。私が起きるまで見守って側についててくれたのかな。
「おう」
私と目が合うと、彼は目元が笑んだ。ああ、この笑顔好きだな――。
「……ううん」
違う。そうじゃない。この人はとんでもないことをしでかした。
「……ちょっといいかな」
私は顔を青くなりながらも、体を起こす。それから、彼を押しのけて下りようとした。この人から早く離れたかった。
「……逃がさねぇよ」
「……!」
彼の大きな体で覆い隠される。そのまま抱きしめられてしまった。
「逃がさねぇし、離さねぇ」
とても強く抱きしめられていた。私をたやすくも拘束してくる……ううん、フーゴさん。
「フーゴさん、私は逃げない。このままでいいから、聞いてほしいんです」
こんな状態でも、私は話したかった。それでいて、説得もしたかった。
「……自首しましょう」
この声が震えようと。それでもお願い、わかってほしいんです。
「私たち、とんでもないことをしてしまった。人を……殺めてしまった。殺して……しまって……」
ああ、体の震えも止まらない。今まで命を奪われる側だった私。死ぬことの恐怖、辛さ、悲しさ、やりきれなさ……絶望。それを身をもって知ってきたのに。
償わなくてはならない。許されないことをした。それだけのことをした。
「……ふう」
彼から返ってきたのは、溜息だった。それから私の背中も撫でて、トントンと叩いてもきて……?
「あやされている場合じゃなくて……!」
それはあんまりだと、私は怒りを覚えた。こんなことされるなら、私は離れたくなった。彼の腕の中でもがくも。
「お? 逃げんのか? ――いっそ凍らせるか?」
「それはっ……」
そう、凍らせでもすれば離れられる。でも、今凍らせてどうするというの。このまま逃走するには、何も解決して無さ過ぎて。
「私は……」
それだけじゃなかった。いつもの力が。回復だってしているのに。使い慣れた魔力を使おうとすると。
「……」
心と体が拒否してしまっていた。『彼女』を凍らせた感触が……消えてくれない。
「……シャーロットちゃん、あのな?」
彼はもう、私をあやすことはなくなった。さらに体を寄せるように抱きしめる。
「ふざけたわけじゃねぇ。オマエの言っていることももっともだ」
それでも、と強く。
「誰も消えてない。元々いなかった人間が消えた。それだけだ」
「フーゴさん……?」
「……いなかった存在なんだ……名もなき、な」
不思議だった。私の方が抱きしめられているはずなのに。彼の方が体格も大きいはずなのに……小さくなったように思えて。
「……前に話したこと、あったろ。自分がわからなくなるって」
「……はい」
フーゴさんが指すのは、鳥籠の夢の中で言っていたことだと思った。
『オレは古代の巫女と同化するように、混ざりあうように生きてきた。自分がわからなくなりながら』
……そう言っていた。私が接してきたであろう、彼も。もしかしたら。
「……オレな、思うんだよ。実際、オマエが接してきたのは――古代の巫女の方じゃないかって」
「何を言って……」
「……そうじゃないって、自分で否定してきたけどな。オレは『フーゴ』として接してきたと。関わってきたんだって。見た目がああなだけってな。そう思っていた……思い込み続けていた」
なんて弱弱しいんだろう。腕の力はこんなにも強いのに。
「……『どっち』が名もなき存在、なんだよ」
なんて小さくて、迷える人なんだろう。
「じきに『クラーラ』に飲まれて……消える存在だろうにな」
なんて――。
「あいつが消えない限り――オレは消えていくだけだ」
――『名もなき男』だから、と。
「……あなたは」
この人は罪を犯した。罪人だ。それは私と同じ。
「……このままいたい」
古代の巫女の存在があるから。だから、自分がいられないからと。
この人は罪人。それなのに。
「……」
私も彼を抱き返した――弱く、小さく、迷える彼を。
「……それはね、フーゴさん」
この人がどんな思いで生きてきたのか、推し量れない。
望まれた生誕ではなかったと。
別の人間として生きることになったと。
家族とも引き離されてしまった。
どんな思いで生きてきたのか。抱いた思いも、芽生えた感情も。
――自分のものではないかもしれない。
「……フーゴ・メーディウム、さん」
ようやくだった。彼は本来の彼として、生きられるようになった。自分の思いで、自分の感情を伴って。
――彼は生きられる。今なら生きられる。彼自身が望み続けていたことなんだ。
「フーゴさん……」
私は彼を呼ぶ。この人は古代の巫女じゃない。クラーラさんじゃない、と。
私が今抱きしめているこの人は――フーゴさんであると。
「私、私は……」
知らない振りをすればいい。何もなかったことにすればいい。
ただ、私の中の罪の意識は消えることはない。それはなかったから。
このまま――共犯者として生きていけばいい。
そうすれば、彼は――。
溶けない雪のようだと。そう言っていたのは誰だったか。
なら、溶けないままでもいいのかな。終わりを、結末を迎えなくてもいいのかな。
『彼』を選べばいいのだと。私は彼を選んで――。
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