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第六章
名もなき男
「ん……」
ひんやりとした空間だ。それでも体を凍えさせるもの、命を奪うほどのものではない。
「……戻ったんだ」
ここは、鳥籠の夢の中。私はゆっくりと体を起こし、立ち上がった。
「フーゴさん……」
ここはまだ、彼の鳥籠だ。目まぐるしい呪文の羅列もそのまま、錠前もアンティークのもの。
「うん、そうだ……」
私は思った。フーゴさんのこと――まだ思い出してないことがあるって。何か大事なことを忘れてしまっていると。
「……無断でごめんなさい」
これも思い出したこと。エミルさんの時、花のような錠前に触れたことがあった。意図せずだったけれど、それで記憶を取り戻したりもしていた。だから今回もって、試みたくなった。
私は錠前に触れる。正直、すえ怖ろしくもあった。それでも今のフーゴさんのことを考えたら……きっと大丈夫な気がして。
私は隙間から手を出し、錠前に触れた。
「……」
……何も起こらない。そう上手い話もないかと、手を離そうとしたところ。
「……!?」
私の頭に雪崩れ込むような記憶たち。そうだよ、そうだった……!
その人は突然、夢に現れた。敗れた服を纏い、鎖を引きずる。石の手錠をはめた男性――フーゴさんだった。
クラーラさんから守る為ということで、彼も錠前を作り出していた。そうした上で、例の『オモシレー女』発言まで……。
「そうだ……あの人はそうだったのに。私、なんて肝心なことを……」
それに獣人族の女神像を壊した時のこともそうだ。
そう、犯人の名前も教えてもらっていた――『名もなき男』、と。
「……」
私の胸は痛くなっていた。彼が抱えていたこと、それを痛感してしまう。
彼には『フーゴ』という名があったのに、それが無かったことにされたら。
「……フーゴさん」
私は彼の名を呼びたくなった。呼ぶと嬉しそうにする、そんな彼の顔を浮かべながら。
「……うん」
鳥籠の中で眠り、現実で目覚めよう。私は横になろうとしていた。
――鎖の音がした。ジャラジャラと重く引きずる音が。
「これって……」
私には覚えがある音だった。そうだ、彼が……かつてのフーゴさんがそうだった。そうなると、彼の今現在の姿は……初めて目にした時のものに?
そう、彼は紫の花飾りを壊した。それがループ後にも影響を及ぼしているんだ。
そう考えている内に、私は足音が一つでないことに気がつく。今更だった。今になって気づいたのは――ヒールの音。
「あ……」
来訪者はフーゴさんだけじゃない。もう一人いる。
「――ほら、さっさと歩きなさい」
暗闇から現れたのは――クラーラさん。彼女が鎖で手綱をとっているようだった。
「くっ……」
……引きずられていたのは、フーゴさん。彼は――。
「!?」
元々損傷の激しかった服はさらにズタボロに……体のあちこちに嬲られた形跡があった。 痛みに顔を歪ませる彼、それだけじゃない。
「うふふ、無様ね!」
「うっ……」
彼女により、フーゴさんは乱暴に床に叩きつけられてしまった。その衝撃に呻く彼……。
「フーゴさん!」
私は駆け寄るも、阻むのは鳥籠。隙間から手を伸ばすのが精一杯で。
「そうよ、フーゴだけじゃない……あなたもよくもやってくれたわね?」
古代の巫女は鬼のような形相になっていた。彼女にも記憶があるのは確かのようで――こちらによって殺められたことも、覚えているようだ。
「……その腕、切り落としてやろうかしら」
「!」
凄まじい殺気を向けられた。彼女の目は本気だ。
「……やめろ、彼女、に、手を出す……な」
喋るのも辛そうなのに、フーゴさんは止めようとしていた。彼は這いずりながらも、古代の巫女の足を掴む。鎖で繋がれた両手で……。
「……あら? あなた、おかしいのね?」
「ぐはっ!」
彼女は掴まれた足を払い、さらには踏みつけた。鋭利なヒールの先で……。
「ふふ、ふふふふ。いやね?――何も出来ないくせに」
古代の巫女が嘲り笑うと、フーゴさんを見下した。いえ、何も出来ないって……。
「あら、痛そうね? あなた、治さないのかしら? どうして放っておいているの?」
「……」
彼女は心配なんて微塵もしていない。それに、治癒術に長けているはずの彼がそうしないことも。
「ふふ、誤算だったのかしら? あなたが扱えたのも――私の肉体だったから」
――あなたの力じゃなかった、と。フーゴさんに残酷に語っていた。
「……わかってんだよ、そんなことは」
フーゴさんは頭を垂れていてた。彼はどうしたのかな、わかっているようだった。わかっていた、身をもって知っていたともいうか。
「……フーゴさん」
あなたは語らないだろうから。私も聞き出せることじゃないだろうから。これは私の想像でしかない。憶測に過ぎないことかも。
あなたに巫女の素質があったのは確か。でも、もしかしたら――うまく力が発現しなかったのかと。赤子の段階で判断するのもどうかと思うけれど。
私の想像に過ぎない。そうだったらとしたら、なんということでしょう……。
「ふふふ、本当に無様で滑稽! ――『秘道具』がないのに、どうして抗えると思ったのかしら!?」
古代の巫女は愉快でたまらないようだった。床に伏したフーゴさんをどこまでも嘲笑していた。
「……ふふん、どうせこの鳥籠もそうよ。私の魔力を使えたからでしょう――」
「……違う」
フーゴさんは言葉を発した。それからゆっくりと立ち上がる。
「ちげぇよ……オレが創ったんだ。創り出したのは、オレの力、だ……」
「……は? あなたが?」
「ぐっ……」
ようやく立ち上がった彼を、蹴り倒したのは古代の巫女で……!
「なんてことを!」
脅しに怯んでなんていられない! 私は柵の合間から腕を伸ばし、古代の巫女に狙いを定める。凍らせて動きを止めようとしていた。
「見くびられたものね……」
冷めた目をした彼女に、いとも容易く弾き返されてしまった。
「!」
私が放った力が、氷の刃となって襲ってくる……!
「シャーロットちゃん!」
フーゴさんの叫ぶ声がする。彼はゆらゆらと立ち上がりながら、こちらに向かおうとする。
「私は大丈夫……!」
お願いフーゴさん。私よりあなたの方が大変なことになっているから。だから、私はとっさに構える。自分の身は自分で守ってみせると――。
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