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第六章
解放しとくからな
「……え?」
私は自分の目を疑った。呪文で構成された鳥籠から発せられたのは。
――炎だった。
炎が造作もなく――氷を溶かす。
「……」
ねえ、おかしいの。突然現れた炎、そう思っていたのに。
「どうして……」
どうしてこうも、懐かしく思えるの。
温かい炎だって、思ってしまえるの。
「なんだ、今の……」
フーゴさんの戸惑いの声。
「まあ……まあまあまあ! ふふふ、ふふふふふふふ!」
それを耳にしたからか、古代の巫女はおかしくて堪らないようだった。彼女の笑いが止まらない。
「オレが創った……オレの力、ですって? 元はあなたのじゃないでしょう」
『違うでしょう?』と、徹底的に蔑む彼女。
「それにどうせ――『秘道具』の力だったくせにね?」
……またしても、秘道具。『紫の花飾り』のことを指しているのだと思った。そう、フーゴさんのもだし、これまでの彼らのもそう。
それは――秘道具なるものだったんだ。
「私の芸術を……壊してもくれたわね? あれも返してもらおうと思っていたのに」
忌々しそうに言うクラーラさん、これもそう――彼女が作成者だったんだ。
その秘道具は私たちによって壊された。これにてフーゴさんが言っていた『元サヤに戻る』はずなのに……そうはならなくて。
私は脅威の存在である古代の巫女を見た。今の現状をもたしているのが――彼女の方なのだと。さらに力を得たとしたら、いよいよもってして……。
壊しておいて良かったと思う一方で、消沈するフーゴさんを見る。一言も喋らない彼のことを。
何かもが古代の巫女の力によるものだったと。その事実に沈むフーゴさんを、蔑んでいるのは彼女。彼女はそれがよくわかっているからこそ、ここまで侮辱出来るんだ……。
「いやね、あなた本当に……無力なのね。ここまで惨めだとは」
今度はわざとらしいまでに憐憫の表情になっていた。
「ふふ、みっともないわね?」
どこまで見下そうとするの。あなたは……。
「……ああ、だせぇな。カッコ悪いわな」
立っているのもやっとのようで、彼は下を向いたままだ。
「あら、理解が早いわね? ――ねえ、フーゴ? 楽しい思いはしたでしょう?」
古代の巫女は甘い声で囁く。
「もう、よいでしょう? 私に全て返しましょう? あなたのことはね? ――心の隅っこで飼い続けてあげるから。ね?」
飴を与えるかのようだった。ドロドロの。弱った彼に溶かしこむかのような。
「……はっ! そんなのお断りだっつの!」
だけど、フーゴさんは……受け入れなかった。彼は隙をついて、古代の巫女に体当たりを仕掛ける。
「……ふう、懲りないのね」
「っ!」
古代の巫女が創り出した障壁により、彼は弾き飛ばされてしまう。そのまま床に転がされてしまった。彼女は怒りにより、さらに力を得ているようだった。
一方のフーゴさんは――治癒の力が無くなってしまうという。満身創痍でもあり、相手に手も足も出せない状態だ。
「ねえ、無計画にも程があると思わない? どうして私を――どうこう出来ると思ったの?」
古代の巫女は――石の手錠を指さした。フーゴさんにはめられたものだ。
「ねえ、この状況にしたのはフーゴ、あなたよ? 手錠をしているのはあなた、というね?」
いやね、と彼女は口に手を当てた。
「それも些末なこと。私をここまでも怒らせたもの。その程度の『制御装置』、どうってこともないわよ」
そう……手錠が制御装置の役割をしていたと。でも、それはもう意味を成さない。古代の巫女の怒りが上回ったから。
「あなたに出来ることって、まだあるのかしら?」
「勝手に決めんじゃねぇよ」
「……呆れた」
古代の巫女が何を言おうと、フーゴさんは立ち上がる。それはそう。
フーゴさんは諦めないから。彼は何度だって立ち上がるから。
ねえ、フーゴさん。そんなあなたを見て、私はこう思うの。
「フーゴさんはかっこいいです」
私から自然と零れた言葉だった。
「……シャーロットさん?」
古代の巫女の目が物語っている――正気か、と。
「無様でもない。みっともなくない。彼はかっこいいままです」
どれだけ不利な状況でも、彼はそうなんだ。どこか格好悪いというの。
「……シャーロットちゃん」
フーゴさんがこちらを見ている。彼は揺れ惑う目をしていた。
「そんな心配しなくても……私、あなたを信じていますから」
困ったな、と私は小さく笑った。それは変わらないことなのにね。
「……はは」
フーゴさんは、はにかんだ。彼の表情は柔らかくなっていて――。
「あー……好きだわ」
そう呟いていて……?
「……へ?」
目が点になる私……いや、そういう深い意味とかじゃないのはわかってる。わかっているんだ。
「……ねえ、なんなのかしら? あなた、トチ狂ったのかしら?」
「ご心配なく、素面だっつの――あのさ」
傷だらけでボロボロの体。それなのに、フーゴさんは堂々としていた。傷一つない古代の巫女の方が狼狽えるほどに。
「――現実、向こうでケリつけようぜ? 夢の中じゃ殺せないようだろ? トドメもさせやしない。いくら痛めつけようとなァ?」
な? と、彼は挑戦的だった。
「……現金な男ね。あんなたわいのない言葉で、単純なこと」
「おう、現金で単純だよ。でもってな――大切な言葉だ」
「……なんなのかしらね」
釈然としないのは古代の巫女。そんな彼女は踵を返した。
「いいわ。あなた……いえ、あなた達の挑戦は受けて立ってあげる――女王として、ね?」
「クラーラさん……」
ヒールを鳴らし、古代の巫女は去っていく。私は鳥籠越しにその背中を見ていた。
「ここまで力がないもんか……」
フーゴさんは自身の手を見ていた。手錠をはめられた自身のものを。
「フーゴさん……」
私はそのようなフーゴさんを見ていた。彼が不安に揺れるのも無理のない話なんだ……。
「……それでもな」
フーゴさんは俯いていた顔を上げた。彼はまっすぐに私を見る。
「頼む、足掻かせてくれねぇか。こんなんでもな、引き下がりたくなんかねぇ」
「……はい!」
彼の瞳に諦めはない。私だって同じ思いだった。
「……そうだな、これもやっとかねぇと」
手錠のままで触れるのは――アンティークの錠前。
「――ちゃんと、解放しとくからな」
――パンって、弾き飛ぶようだった。
私を取り巻く、魔法の言葉たちが。
紙片と化して、散り散りになっていく。
そして瞬きを一つ、その後にはもう――鉄製の鳥籠に戻っていた。
「……よっと。おー、拾いづれぇの」
体を屈ませたフーゴさんは、紙片を拾い上げていた? その行動を疑問に思うも。
「ああ、守る為の鳥籠だった。それには変わりねぇ」
そうだった。古代の巫女の魔の手から守る為、先手を打ったって。
「……なんだけどな」
「……?」
フーゴさんは、それだけではないというの? 彼はずっとこちらを見つめたままだ。
「……いや、気にするな。これで心残りも――」
彼はすっと目を細めた。
「ああ、心残りもねぇわ――」
古代の巫女が生存し、力は保ったまま。そんな相手に立ち向かうは、私たち。
私は目の前のフーゴさんを選んだ。彼と共に戦うことを選択したんだ。
欲望の力にまみれた彼じゃない。ズタボロの姿でも抗い続ける彼と――。
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