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第六章
残った方が巫女よ
鳥籠の夢から覚めて、日付を自室のカレンダーで確認する。
――一月下旬の連休、最終日。朝だった。この時に戻っていた。
今ならアルトたちもいる。それなら心強いと思っていたけれど。
「……くーん」
急いで螺旋階段を駆け下りて、居間に向かった先。そこにいたのは――項垂れたリッカだけ。本来いるはずのアルトとエドワード君の姿はなかった。
「ああ……」
こう思うしかなかった。彼らは――文字化されたままだと。学園内に留まったままなのだと。ループによって直ってもいいはずなのに、そうはいかないようだった。
思い知らされてしまう。選び取った道、それはどれだけ困難なことかを。
「……諦めない」
「わんっ!」
私の言葉に、リッカも力強く吠えた。うん、心強いよ。
たとえ茨の道だとしても、希望だって残されていると信じて。
まずは現状把握だと思った。私とリッカは朝食を食べ終え、学園に向かうことにした。
「……まだそうなんだ」
学園へ歩きながら向かう。見上げるは空――黒いままだった。
「でも、クラーラさんをどうにかすれば――」
そう結論づけようとするも、私は言いやめる。それはどこか――違う気がして。
自分でもどうしてか、わからなかった。
「あ……」
「ぐるるるるるる……!」
いざ学園の門前に着いたものの、学園は異様な姿に化していた。リッカも一気に警戒を高めていた。
毒々しい紫の霧に包まれ、行く手を阻む。それでも、と一歩踏み出そうとするも。
「――シャーリー、だめ!」
「!」
リッカにズボンの裾をくわえられた。私はそのまま後退した。
『――あら、子犬さん? 何も心配することはないのよ?』
「あなたは……!」
この声はクラーラさんだ! どこからともなくの声、私は顔を上げた。
『そんな怖い顔しないでほしいわね? 学園に残っている皆さん、丁重に扱ってますから』
「……」
信じていいものかな。容易に扱って、操っていたあなたのことを。
ただ、殺めたりとか傷を負わせたりとか。それを意図していないようだった。操られて、意思も奪われて……それでも。命があるのなら。生きているのなら。
「くっ……」
私は拳を握った。そう思うしかなかった。そう思い込むしか……!
『それにね、あなたなら歓迎してあげるわ――そうだわ、お仲間さんたちも解放してあげる』
「!」
甘やかすような声だ。それでいて、なんて魅惑的な提案なのでしょう……でもね。
私は思うの。アルトたちを文字化していたのは、やっぱりフーゴさんだって。それも古代の巫女から守る為と。うん、そう信じている。だから、無事だと。
『……はあ、すっかり信じてくれなくなったのね。あの男に傾倒してしまっているものね』
「はい」
『……はあ、正直なことね。そう、あなたは彼を選んだの。この私ではなくね?』
声は冷徹に突きつける――『その選択、後悔させてあげる』と。
「……」
私は……私は首を振った。
「後悔したくないから、足掻くんです」
あなたの言葉を否定したかった。
『……ふふ、なるほどね? でもそれってあなた達に限ったことではないの――私だって消えたくないわ。勝手に呼び戻されたとしてもよ』
「!」
『――かつての私、一方的に封印されたの。色々やりたいこと、やり直したいこともあった。それが潰えてしまったって。そんなところにね、私に道が開けてきたのよ?』
「……」
クラーラさんは吐露していた。そこに偽りなんてない。この人は稀代の悪女といわれていた。封印されるだけのことをして、散々非道なことをしてきたと。
――それはどこまでが真実で。どこまでが闇に葬られた事実なのか。
「……あなたには悪いとは思っている。もしかしたら、何らかの事情だってあったのかも」
たとえそうだとしても。
「私が選んだのは。いてほしいと願ったのは、フーゴさんだから」
あなたの事情をあえて知ることはしない。私はそうした。
『……それでいいわ。私は私で抗う。ねえ、シャーロットさん? ――残った方が巫女よ』
そう彼女が伝えてきた。
「はい、クラーラさん」
私も頷いた。
『こちらもね、抵抗させてもらうわ――』
切羽詰まった声、それから聞こえなくなっていた――。
一度、家に戻ることにした。こちらは無策だ。このままでは――。
「さて、どうしたものかな……」
「くーん……」
私はカウンター席に座り、考え込んでいた。リッカも隣の席で落ち込んでいた。
「――はっ! わんわんっ」
「リッカ?」
リッカは椅子から飛んで着地。その後、玄関に向かっていた。何事かと、私も彼に続く。
「……?」
呼び鈴は無し。でもリッカの様子からして、誰かはいるようだった。それも警戒をすることもない相手。この子の尻尾の振りようからして、それが推察出来た。
「どちら様でしょうか――」
「――ごめん、入るねっ」
「!?」
誰かが部屋になだれ込んできた。この声は、エミルさん? ううん、彼一人だけじゃなかった。
「……ここまで、ありがとな……助かった……」
「……!」
エミルさんが連れてきた人。肩を貸して担いでいたのは――フーゴさんだった。それもこんなにも傷だらけで、息も絶え絶えで……。
「ああ……」
私は目を背けたくなった……いえ、背けてはいけない――石の手錠がはめられたままの、その事実から。
「そういうのいいから。シャーロット、ソファ借りるね」
「ど、どうぞ……」
エミルさんはぶっきらぼうに言った。それでも相手はけが人、フーゴさんを丁寧にソファに寝かせていた。汚れないようにと、自前の布を敷くまでしていた。そんな、いいのに……。
「僕がしたのは応急処置ぐらい。薬とかもらってもいいかな」
「もちろん。今、用意するから」
適切な応急処置に感謝したい。私はカウンター後方の薬品棚から数個見繕い、ソファへ。
「十分だ……こっちは、問題ない……」
「そういうのもいいから。大人しく手当されてて」
「……へーい」
気遣うフーゴさんも、エミルさんはそっけなく返した。そこは、はい。私もエミルさんに同感だったので。
「その通りです。休める時は休んでおいてください」
「……はいよ。わりぃな」
エミルさんと私だけじゃない、足元のリッカからも圧を感じたからか。フーゴさんは大人しくなった。彼は仰向けになり、瞳を閉じた。
私たちは協力して手当を行っていく。私は思った――鳥籠の夢で負った傷もあるのだと。
そして、それだけじゃない。器用に手当しながら、エミルさんが経緯を語る。
「僕と彼が目覚めたのが、夜中だった。もちろん……女神像は壊された後だった。しかも、彼がボロボロの状態で近くにいたものだから……」
――金糸雀隊も狙いを定めたと。もう放送が鳴ることはなくても、状況証拠から判断したのでしょう。
「そっか……」
エミルさんが仲裁に入り、待ったをかけたんだ。それからフーゴさんをこちらまで連れてきたと。
「私の方からも。学園の様子ですが――」
私も説明することにした。学園は今、クラーラさんの支配下にあること。文字化で難を逃れたであろう彼ら、生存でもしていたらと信じるしかない学園の人々――。
「……急ぎたいよね。冷静に考えないと、なのに」
「うん……」
焦れるエミルさん、私も頷いた。冷静でいようにも、刻一刻と進んでいくのだから。こうしている間にも……。
「くっ……」
フーゴさんの声が上がった。薬品が身に染みているようだ。すみません、耐えてください。
「……こんな状態で、しかも治癒力が無くなったんでしょ?」
『あったらとっくに治しているか』と、エミルさんは呟いてもいた。
「なのにね、立ち向かうだとか。待っていられないとか。メーディウム君は無謀だよ」
エミルさんは道中にある程度は聞かされたようだ。それを聞いた上での感想だった。それもそうだ。いたって自然な考えだ。
「……ああ、無謀も承知だぜ……はっ、諦めも悪いときたもんだ」
痛みにうちのめされた状態でも、フーゴさんは変わらない。彼は諦めないんだ。
「はあ、本当にね……はあ」
エミルさんは何度も溜息をつくも。
「……もういいやって、なってきた。そういう人なんだなって」
それに、と彼は言う。
「諦めが悪いの、人のこと言えないから」
呆れ交じりの笑顔だった。フーゴさんに対して手厳しかった彼が、初めてみせた柔らかさだったのかも。
「はは、だよなぁ……って、いってぇ……」
フーゴさんも笑っていた。笑ったからか、口の端が痛くなったようだ。エミルさんはジト目で見ていた……軟化しているんだよね?
「まあ、無謀であっても無策ではないようで。メーディウム君、対策があるらしいよ」
「!」
そうだ――古代の巫女をいかに捕らえるか。抑え込み、封印させるか。
「……ああ、そうだな」
フーゴさんは遅れて反応していた。彼は曇った表情を見せたのに。
「おう、心配すんな? ちゃんと考えはあるからよ? ――何が何でもやり遂げてみせる」
今度は力強い笑顔を見せた。
「フーゴさん……?」
私の心はざわついてならなかった。フーゴさんは断言してくるけれど、私は得も知れない不安に駆られてしまっていた。
これまでは石の手錠が担っていた。けれど、それをも超越する存在になったと。それなのに、フーゴさんは何かお考えがあるようだった。
「……ううん」
私は不安を心の中に押し込めた。こっそりフーゴさんを見た。私はあの選択をした――フーゴさんが残る未来を選んだんだ。ならその選択を取った上で、この道を進んでみせるんだ。
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