510 / 557
第六章
フーゴ・メーディウムは――
食堂内に入った。いつもなら賑やかなテーブル席、今は静まり返っている。そのまま、湖を見渡せるテラス席の方へ――。
「……しつこいわね」
「!」
本当にやっとだった。やっと――クラーラ・メーディウムの姿を捉えた。やっと捕えられると。
「……フーゴ。あなた、どうしてなの。あなたがしようとしていること、それは――」
……? 古代の巫女は戸惑っているようだった。彼女は迷っていた、その一瞬のことが。
「――そこまでだ!」
――その声と共に、湖が。
背後にある湖が一気に吹き上がった。水の膜となって辺りを覆う。
「なっ……!」
逃走を図ろうとする古代の巫女も、それが阻まれていた――水の魔力によって。
……エドワード君だ!
「ほんの助力よ。あとは頼むぞ、フーゴ殿」
背後から駆け寄ってきたエドワード君、フーゴさんに発破をかけていた。
「……ああ、助かった」
それを受けたフーゴさんも、深く頷いていた。
「……オマエら、ありがとうな」
フーゴさんは感慨深そうだった。穏やかな笑みも浮かべていた。
「ここまで力になってくれたんだ。もう迷ってもいられねぇな――オレの最期の役目だ」
――償いでもある、と。彼から笑顔が消えていた。
「……フーゴさん?」
あなたは何を言っているのか。そうだ、様子からしておかしい。そんな悲壮感溢れるような――。
「……っ!」
最悪の想像が頭をよぎった。
「待って、フーゴさ――」
私は駈け寄り、彼の名を呼ぶも。
「これでおしまいだ。オマエも――オレもなっ!」
間に合わなかった。すでに彼は古代の巫女目がけて駆け出していて、体当たりまで。
「――」
聞き取れない言語を、短く。それを囁くと。
――倒れていく。二人がゆっくり倒れていく。
呪いのようなソレを受けた古代の巫女も。
「あ……」
呪いをかけた……フーゴさんまでも。
瞳を閉じた二人が。
その場に横たわっていて……。
「いや、なんだよこれ……」
「そなた、何をしたというのだ……!」
唖然としているアルトと、エドワード君も。
「フーゴ、クラーラ……?」
近づいて匂いをかいでいるリッカ。でも、首を振っていて……。
ねえ、何が起こったというの。私たち、誰一人として事態を飲み込めていないし、納得もいってない……!
「何かの間違い、嘘でしょう……?」
私はふらつきながらも、倒れた二人に近寄っていく。しゃがむと、そっと触れる。
……ああ。なんて冷たいんだろう。これではまるで――。
「どうして……ねえ、フーゴさん……? 気を失っているだけなんでしょう? ねえ、嘘なんでしょう?」
認めたくない。これは嘘だ。何かの間違いだ。まるで。まるで――。
――死んでいるかのような。
「嘘だって……いや、嘘でしょ? だってあなた、諦めないって。悪あがきするって。クラーラさんを抑え込んだ上で、生きてみせるって!」
そう言ってくれたのに、そう笑ってくれたのに! そんなあなたが、すごく眩しくて……。
「……」
あれだけ諦めないって、言ってくれたのに。でも……そうも言ってられなくなったの? それだけ道がなかったというの……? そうするしかなかったと……。
「なら、あなたはもう――」
絶望していた私の目に映ったのは。
「……ん」
「!」
指がぴくりと動いた、彼の姿。瞳だってゆっくりと開かれて。
「フーゴさん……!」
私は感極まった。そうだ、彼は諦めないんだ――。
「……わりぃ、時間ねぇから。大事なことだけ」
「……え」
私はそれ以上、言葉が出なかった。時間がない? 大事なことだけ?
「もう、そいつのことは、大丈夫、だ……。言ったろ、秘策があるって……そいつすら知らねぇ……オレだけが授かっていた、もの……」
フーゴさんは語ろうとする。いえ、それはいい。
「いい、いいの。喋らなくていい、手当するから……!」
「……古代の巫女、を、いざって時に消す『呪文』……代償は……」
「フーゴさん……?」
私の言葉を遮るほど急いでいるのか。それほど伝えたいことなのか……いいえ。
「代償……オレ、だ……。オレごと……消えてくれれば、と……」
「……!」
彼はもう、耳が聞こえてないのかもしれない。目だってそう、焦点が合わなくなってきていた……。
「心配する、な……オレがいなくても……巫女は、他にもいる……」
ねえ、フーゴさん。こんな時にも気を遣わないで。こんな時まで笑わなくていい。
「女神の巫女は……オレじゃなくても……だから、オレはいなくても……消えてもいい」
ねえ、フーゴさん。そんなこと言わないで。
「ううん、フーゴさん……」
私は彼に伝えたかった。
「フーゴ・メーディウムはあなたしかいないのに……」
他の誰も代わりになんてなれないのに……。
「……シャーロット、ちゃん」
ようやく目が合った。彼は手錠をしたまま、それでも私の頬に触れようとしていて――。
「ありがとうな――」
けれども。
その腕はだらりと下がってしまっていた。私の頬に触れることもなく。
「あ……」
彼の瞳は完全に閉じられた。息遣いももう、感じられない。
「ああ……」
白い光が、彼を包み込む。やがて――その姿は消えていく。
「……」
跡形もなく、消えていて。
まるで。
元々、存在していなかったかのように。そう思い知らされるように。
――『フーゴ・メーディウム』はいなかったのだと。
「……っ」
胸が苦しい。呼吸だってままならない。こみあげてくるのは嗚咽だ。
「やだよぉ……フーゴ、フーゴぉ……!」
リッカからも大粒の涙が零れてしまっていた。ぽたぽたと、涙が地面に落ちていく……。
「……まだ激詰めしてないのに。なに勝手にいなくなってんだよ……!」
「何故なのだ……何故……優しきそなたが……」
私たちから喪失感は消えてくれない。いつまでも留まり続けていそうでもあって。
「……行こう。次こそ、こうはならないようにさ」
いつまでも悲しみに囚われそうな中、アルトが言った。そう……次。
「……うむ。この思い、無駄にはせぬ」
涙ぐむエドワード君も顔を上げていた。そうだ、無駄にしたりはしない。
「……うん」
そうだ、次こそは。散々悩まされ、苦しんでもきた『繰り返しの日々』。今は悲しみを胸に秘めて、立ち向かわないとなんだ。
「……」
心が重い。体も鉛のようだ。私は、私たちはそれでも諦めるわけにはいかないんだ。
「……」
諦める。そういうわけには……いかないんだ。
遠くで生徒たちの笑い声がする。殺伐とした雰囲気もなくなっていた。
これは元の学園に戻ったということだろうか。平和を取り戻したと。
遠くのことに感じる。
その後の私たちはというと……やりきれない思いの中、解散となった。今は話し合いとか、建設的なことをする気にもなれなくて。
私とリッカは家に戻ろうとも考えたけれど……うん、そこまでの気力もなかった。女子寮で休むことにした。
自室のベッド。泣きじゃくっているリッカも、ようやく落ち着いたようだ。今はベッドの上で寝ている。私もこの子を抱えながら、横になっていた。
何事もなく日常が戻ってきていた? ――それは違っていた。
「……」
私は机の上にある号外新聞に目をやった――『クラーラ・メーディウムの訃報』が見出しだった。
……亡くなったとされたのは。存在していたとされるのは、クラーラ・メーディウムの方だと……。
「……巫女様たちが」
並んで掲示されていたこと、それは――女神の巫女が全員、いなくなってしまったこと。
資格を持つ皆様が――流行り病によって亡くなられた、と。それは昨日今日の話ではないものの、最近であること……皆様が。
明日には国葬が行われるという。国民全員が喪に服すことになると。
「……」
身震いした。もう春の女神の巫女は誰もいなくて――。
「……ううん、やり直すんだ」
今度こそ。今度こそは、フーゴさんを失わなくて済むように。
たとえ、また凍える冬を迎えることになっても――繰り返せるのだから。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。