春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第六章

フーゴ・メーディウムは――



 食堂内に入った。いつもなら賑やかなテーブル席、今は静まり返っている。そのまま、湖を見渡せるテラス席の方へ――。

「……しつこいわね」
「!」

 本当にやっとだった。やっと――クラーラ・メーディウムの姿を捉えた。やっと捕えられると。

「……フーゴ。あなた、どうしてなの。あなたがしようとしていること、それは――」

 ……? 古代の巫女は戸惑っているようだった。彼女は迷っていた、その一瞬のことが。

「――そこまでだ!」

 ――その声と共に、湖が。
 背後にある湖が一気に吹き上がった。水の膜となって辺りを覆う。

「なっ……!」

 逃走を図ろうとする古代の巫女も、それが阻まれていた――水の魔力によって。
 ……エドワード君だ!

「ほんの助力よ。あとは頼むぞ、フーゴ殿」

 背後から駆け寄ってきたエドワード君、フーゴさんに発破をかけていた。

「……ああ、助かった」

 それを受けたフーゴさんも、深く頷いていた。

「……オマエら、ありがとうな」

 フーゴさんは感慨深そうだった。穏やかな笑みも浮かべていた。

「ここまで力になってくれたんだ。もう迷ってもいられねぇな――オレの最期の役目だ」

 ――償いでもある、と。彼から笑顔が消えていた。

「……フーゴさん?」

 あなたは何を言っているのか。そうだ、様子からしておかしい。そんな悲壮感溢れるような――。

「……っ!」

 最悪の想像が頭をよぎった。

「待って、フーゴさ――」

 私は駈け寄り、彼の名を呼ぶも。

「これでおしまいだ。オマエも――オレもなっ!」

 間に合わなかった。すでに彼は古代の巫女目がけて駆け出していて、体当たりまで。

「――」

 聞き取れない言語を、短く。それを囁くと。

 ――倒れていく。二人がゆっくり倒れていく。

 呪いのようなソレを受けた古代の巫女も。

「あ……」

 呪いをかけた……フーゴさんまでも。

 瞳を閉じた二人が。

 その場に横たわっていて……。


「いや、なんだよこれ……」
「そなた、何をしたというのだ……!」

 唖然としているアルトと、エドワード君も。

「フーゴ、クラーラ……?」

 近づいて匂いをかいでいるリッカ。でも、首を振っていて……。

 ねえ、何が起こったというの。私たち、誰一人として事態を飲み込めていないし、納得もいってない……!

「何かの間違い、嘘でしょう……?」

 私はふらつきながらも、倒れた二人に近寄っていく。しゃがむと、そっと触れる。
 ……ああ。なんて冷たいんだろう。これではまるで――。

「どうして……ねえ、フーゴさん……? 気を失っているだけなんでしょう? ねえ、嘘なんでしょう?」

 認めたくない。これは嘘だ。何かの間違いだ。まるで。まるで――。
 ――死んでいるかのような。

「嘘だって……いや、嘘でしょ? だってあなた、諦めないって。悪あがきするって。クラーラさんを抑え込んだ上で、生きてみせるって!」

 そう言ってくれたのに、そう笑ってくれたのに! そんなあなたが、すごく眩しくて……。

「……」

 あれだけ諦めないって、言ってくれたのに。でも……そうも言ってられなくなったの? それだけ道がなかったというの……? そうするしかなかったと……。

「なら、あなたはもう――」

 絶望していた私の目に映ったのは。

「……ん」
「!」

 指がぴくりと動いた、彼の姿。瞳だってゆっくりと開かれて。

「フーゴさん……!」

 私は感極まった。そうだ、彼は諦めないんだ――。

「……わりぃ、時間ねぇから。大事なことだけ」
「……え」

 私はそれ以上、言葉が出なかった。時間がない? 大事なことだけ?

「もう、そいつのことは、大丈夫、だ……。言ったろ、秘策があるって……そいつすら知らねぇ……オレだけが授かっていた、もの……」 

 フーゴさんは語ろうとする。いえ、それはいい。

「いい、いいの。喋らなくていい、手当するから……!」
「……古代の巫女、を、いざって時に消す『呪文』……代償は……」
「フーゴさん……?」

 私の言葉を遮るほど急いでいるのか。それほど伝えたいことなのか……いいえ。

「代償……オレ、だ……。オレごと……消えてくれれば、と……」
「……!」

 彼はもう、耳が聞こえてないのかもしれない。目だってそう、焦点が合わなくなってきていた……。

「心配する、な……オレがいなくても……巫女は、他にもいる……」

 ねえ、フーゴさん。こんな時にも気を遣わないで。こんな時まで笑わなくていい。

「女神の巫女は……オレじゃなくても……だから、オレはいなくても……消えてもいい」

 ねえ、フーゴさん。そんなこと言わないで。

「ううん、フーゴさん……」

 私は彼に伝えたかった。

「フーゴ・メーディウムはあなたしかいないのに……」

 他の誰も代わりになんてなれないのに……。

「……シャーロット、ちゃん」

 ようやく目が合った。彼は手錠をしたまま、それでも私の頬に触れようとしていて――。

「ありがとうな――」

 けれども。

 その腕はだらりと下がってしまっていた。私の頬に触れることもなく。

「あ……」

 彼の瞳は完全に閉じられた。息遣いももう、感じられない。

「ああ……」

 白い光が、彼を包み込む。やがて――その姿は消えていく。

「……」


 跡形もなく、消えていて。

 まるで。

 元々、存在していなかったかのように。そう思い知らされるように。

 ――『フーゴ・メーディウム』はいなかったのだと。

「……っ」

 胸が苦しい。呼吸だってままならない。こみあげてくるのは嗚咽だ。

「やだよぉ……フーゴ、フーゴぉ……!」

 リッカからも大粒の涙が零れてしまっていた。ぽたぽたと、涙が地面に落ちていく……。

「……まだ激詰めしてないのに。なに勝手にいなくなってんだよ……!」
「何故なのだ……何故……優しきそなたが……」

 私たちから喪失感は消えてくれない。いつまでも留まり続けていそうでもあって。

「……行こう。次こそ、こうはならないようにさ」

 いつまでも悲しみに囚われそうな中、アルトが言った。そう……次。

「……うむ。この思い、無駄にはせぬ」

 涙ぐむエドワード君も顔を上げていた。そうだ、無駄にしたりはしない。

「……うん」

 そうだ、次こそは。散々悩まされ、苦しんでもきた『繰り返しの日々』。今は悲しみを胸に秘めて、立ち向かわないとなんだ。

「……」

 心が重い。体も鉛のようだ。私は、私たちはそれでも諦めるわけにはいかないんだ。

「……」 
 諦める。そういうわけには……いかないんだ。


 
 遠くで生徒たちの笑い声がする。殺伐とした雰囲気もなくなっていた。
 これは元の学園に戻ったということだろうか。平和を取り戻したと。
 遠くのことに感じる。




 その後の私たちはというと……やりきれない思いの中、解散となった。今は話し合いとか、建設的なことをする気にもなれなくて。

 私とリッカは家に戻ろうとも考えたけれど……うん、そこまでの気力もなかった。女子寮で休むことにした。

 自室のベッド。泣きじゃくっているリッカも、ようやく落ち着いたようだ。今はベッドの上で寝ている。私もこの子を抱えながら、横になっていた。

 何事もなく日常が戻ってきていた? ――それは違っていた。

「……」 

 私は机の上にある号外新聞に目をやった――『クラーラ・メーディウムの訃報』が見出しだった。
 ……亡くなったとされたのは。存在していたとされるのは、クラーラ・メーディウムの方だと……。

「……巫女様たちが」

 並んで掲示されていたこと、それは――女神の巫女が全員、いなくなってしまったこと。

 資格を持つ皆様が――流行り病によって亡くなられた、と。それは昨日今日の話ではないものの、最近であること……皆様が。
 明日には国葬が行われるという。国民全員が喪に服すことになると。

「……」

 身震いした。もう春の女神の巫女は誰もいなくて――。

「……ううん、やり直すんだ」

 今度こそ。今度こそは、フーゴさんを失わなくて済むように。

 たとえ、また凍える冬を迎えることになっても――繰り返せるのだから。



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