春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第六章

黒幕



 光が差した。人物の怒り、どす黒さも薄らいでいくようだった。

『……うん、そう。この子、ここにいるの』

 雪が降っていた路地裏。この幼い子、さっきの子で――いえ、待って。

「……私?」

 記憶が明瞭になっていく。そうだ、路地裏に箱に入っていたのは……捨てられた子犬だった。 

 ――その日は雪が降っていた。私は傘を立てかけていたんだ。

 元は白かったでしょうに、汚れで灰色になっていた。衰弱しきっているのか、持ってきた食べ物を口にすることもなかった。

『どうしよう……』

 ただただ動揺するだけだった私に、人物は病院に連れて行こうと提案したのか。
 しばらくして車がやってきた。いつも乗せてもらった車、出てきてくれたのは面倒見の良い大人たち、彼の――。


 慌ただしい雰囲気のまま、捨て犬だった子を飼うことになったのも。

 子犬に振り回され、それでいて笑い合ったことも。

 目の前の幼い私も、笑い転げていた。

 あの頃は良かったな。楽しかったな。悩みも親にしつけのことで怒られた、とか。宿題が面倒だったとか。

 心が疲弊することもなくて。汚い感情を抱くこともなくて。

 あの頃は良かった。

『――ネエ、モドリタクナイ?』

 謎の声が聞こえてくる。確かにね、それもよかったりするのかな。

 お父さん、お母さんにももう一度会えたら。

 疎遠になってしまった『あの子』とも、また遊べるようになるのなら。あのワンコも、おじいちゃんになったりしてるよね。一緒にまったりしたいな。

 学生生活も今度こそ、後悔のないように。

 ……今度こそ、片桐先生に恋をしないように。関わらないようにって。

 でも、戻れないんだ。気持ちはあるし、揺らいだりもする。でもね、私は戻らない。たとえ、そういった道があったとしても。


 私は――シャーロット・ジェムだから。



 意識を取り戻した。そう、今の私は私。謎の人物ではない。
 辺り一面は真っ暗だった。私は目を細めて確認するも、実態は掴めない。

「うう……」

 なにか粘着質な、ドロドロとしたもの。それに纏わりつかれているようだった。

「くっ……」

 動こうと、もがこうにも……体が封じられてもいて。

『――アー、マダ? マダ、ガンバロウトシテルノ?』
「!」 

 この声……! この機械の合成音のような声、それは。私を得体の知れない世界に誘おうとするものだった。
 結局、狙いも真意もわからないままだ。私は警戒を解かずに、探ろうとしていた。

『ネーエ? ドウシタッテモウ――』

 ――詰んでるのに、と。人間の肉声となっていた。その声でせせら笑っていた。

「……待って」

 そう、前の時もそうだった。この声、覚えのあるものじゃないの?

『それ、口ぐせだよねー? 別に待ってあげてもいいけどさー? こっちで一方的に喋っておくから』

 この喋り方だって……?

『詰んでるの、わかるかなー? わからないかなー? えっと、繰り返しの日々、だっけ? それで頑張ってきたんだよね? ……やり直してきたんだよね?』
「それは……」

 そうだよ。繰り返してきたからこそ、やり直してきたから。そうやって、乗り越えてきたから――。

「――だからさ。そのせいで、詰んだんだよ?」
「!」

 眼前に迫る、その顔は――昔は女の子と見紛うほどの愛らしさで。成長して背が伸びて、中性的な美しさも伴われたままで。

「あ……」

 私の声が震えてしまう。だってあなたは。

「日向ちゃん……?」

 私がそう呼ぶと、目の前の彼は――口元を歪めて笑っていた。

 どうして。

 どうして、日向ちゃんがそこにいるの?

「どうしたっていうの……こんなことして……? しかも詰んでるって……?」

 頭も心も追いつかない。

「キミはさ? なんでループ時点が固定されてきたのか、考えたことなかった?」
「それは……」

 そうだ。ある時を境にだった。新年を明けてから。それから、一月の三連休からとなって。私たちの意思と関係なく、開始時点は固定されていた。それに意味があったのだと。

「……まー、親切に教えることもないけどさ。あ、でも? ヒントはあげないと可哀そうじゃんねー?」

 そう、一方的に話されていく。

「んじゃねー? 直近のやつ、いっとくー? ――もう、女神の巫女はいないじゃん?」
「!」

 ついさっきも同然だった。春の巫女の資格があった、彼が亡くなったのは……。彼だけじゃない、他の方々ももう……。

「あ……」

 もし、今のループで固定されてしまったら。春の巫女がいないとなると。毎年、当たり前のように行われていた祭典も、巫女不在となると。

「だから、だからなの……?」

 私は気づいてしまった。気づいてしまったからこそ、目の前が真っ暗になってしまう。

 固定されてしまったルート。そのいずれも――私たちは間違えてしまったの?

 だから――彼曰く、詰んでしまったのだと? 

 何が、何が間違ってしまったというの。大晦日にあったこと。それから、三連休にあったことで?


「……いいえ」

 それもだけれど、もっと根本的なことがあった。

「……日向ちゃん。ねえ、どうしてなの。君がどうしてそんなことを――」
「あー……」

 彼の表情が急変した。こんな顔を見たことない。こんな。

「……あー、駄目だわ。その姿で呼ばれるの、イラってくるなー?」
「え……?」

 えっと、確か? 君がそっちで呼んでって言ってなかった?

「……オレが会いたいのも、取り戻したいのも『お前』じゃない」

 お前? こんなにも憎悪と嫌悪を向けられてもいた。

「お前じゃないんだよ――シャーロット・ジェム」
 こんなにも……吐き捨てるかのように。

「……男の手垢まみれの、クソビッチが。お前なわけないだろ」
「……!」

 これはもう暴言だ。あまりの急変ぶりに、私は戸惑うばかりで。

「オレが取り戻したいのは――『冬ちゃん』だ。悪い大人に騙されたあの子を助けたかった。やり直したかったんだよ」

 私の前世の一つ、皇冬花。冬花を思ってしたということ? ……こんなにも嫌われて、疎まれて。拘束もきつくなっていて苦しい。それでも、私は知らないと。

 ああ、苦しい。でもね――彼が『黒幕』だとしたら。
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