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第六章
先生
しおりを挟む「あれ……?」
先生の炎が揺らめくと、辺りが変わり始める。いつもの鳥籠になっていた。ここ、鳥籠の夢の中だったんだ……。
炎は消えていた。鳥籠越しにいるのは私と――先生だ。
「……先生?」
先生は強張った表情ではなくなった。いつもの優しい雰囲気だ。それなのに……こちらに近づこうとしない。不自然なままにだった。
「悪いな、あまり長居はしたくないんだ」
そう言って、鳥籠との距離を保とうとしている先生。
「……はい」
寂しくは思うも、私も強制はしたくなかった。先生に嫌な思いはさせたくなかった。
「……これもだな。ずっと隠したままですまなかった……皇」
不思議。声も姿もアインスト・モルゲンなのに。確かに片桐先生がいるんだ。
「……いいえ、片桐先生。ご事情があったのでしょうか」
言えないのも深いご事情があってと……それに。
「ずっと味方でいてくださった……私、片桐先生に疎まれたと思っていたから」
「そんなことはない!」
「っ!」
食い気味に返されてしまった。私は驚いてしまう。先生はすぐに『悪い……』と声を落としてはいた。
「そう思わせてきたんだな。そんなことはない。まったくないぞ」
先生は捲くし立ててきた。私は何度も頷いた。わかってます、わかってますからと。
「……私の方こそすみません。優しい先生に対して、でしたね」
「……優しいとかじゃない。俺がそうしたかっただけだ――お前を失いたくなかった」
「!」
先生は瞳を伏せて、俯いていた。とことん悔いるようだった。
「あんな……死に方をした。あんまりだろ。皇には未来があったんだ。それなのにだ」
「先生、それは……先生こそです。先生のような素晴らしい人が、あんな巻き添えのような……」
私のことを憂えてくださっていた。でも、先生こそが有望だってでしょうに。私は本音を伝えた。
「……まあ、そうだな。お互いにだな。あんまりだよな? あんな終わり方ないよなぁ?」
先生はゆっくりと顔を上げ、苦笑していた。
「そんな、あっけらかんに言われましても……」
こっちはなんとも言えない表情になってしまう。先生はそれにも苦笑いしていた。
「……まあ、悔やんでも悔やみきれなかった。死に際に強く願ったんだ――今度こそ失わないで済むように。守れるようにってな」
「……あ」
先生はそう願っていたのに……私はなんて勝手だったんだろう。
「私は……」
先生の、琥珀色の瞳が透き通るように綺麗だった。黄色が混ざった茶色の瞳は私を優しく見つめる。私はそんな資格なんてないのに――。
「皇」
先生が、私を呼ぶ。
「先生はわかっているからな。俺のこと考えてくれたって」
「いえ……」
そんな柔らかな眼差し、向けられることも。私には相応しくないのに……。
「……いや、それだけじゃないよな。不安にさせて悪かったな――なあ、皇」
先生は一歩踏み出そうとするも、そこで立ち止まった。
「……ああ、この距離を保つんだ」
それ以上、近づくことはなかった。『心の均衡を保つ』とも口にしていた。先生……?
「そうだ。皇……シャーロット・ジェム。これも白状させてもらおうか――鳥籠は、俺が創り出したものだ」
この鉄製の大型の鳥籠。オーソドックスな形のもの。きっと大型の錠前も、先生によるものだったと。
「……」
衝撃的でもあるのに、私は納得がいく気持ちの方が強かった。そうだ、先生のことだから。
「はい、先生。私を守る為に、だったんですよね?」
すんなりと言葉に出てきた。何も疑問になって思わない。だって、先生だから。それが片桐先生でもあって。
「……ああ」
退廃的な見た目で、穏やかに笑んでいるのはモルゲン先生。薬指にある指輪も光る。
片桐先生。先生はどこまでも優しくて、そして責任を感じていたと思うの。私を守ろうとしたのも、償いの気持ちもあったって。
「お気持ちは有り難いんです。でもね、先生が責任を感じるの、すごく申し訳ないんです」
そう、先生が償うことじゃない。私は悪意を向けられてきた。何度も転生を繰り返してきた。それは先生のせいじゃないんだ。
「今まで守ってくださって、ありがとうございました」
私は深々とお辞儀をした。顔を上げ、見据えた先はもう一つの錠前――中型の、昔からあったもの。
「執着には色々な種類がありますから……」
……日向ちゃん――ロルフ君。君は私を恨んでいるのかな。だから、何度も生まれ変わって。ついにはシャーロット・ジェムの時に、最終的に追い詰めてもきた。
……恨まれること。そうだね、私は君をないがしろにしてきたんだ。疎遠になったことを、当たり前のように受け入れていた。
ストーカー行為は私に対してだった。どのようなことをされたのかの詳細、それはもうわからないままなのだと思う。私もさすがに擁護はできない。
「忘れていたよね、砂時計のこと……」
そっか、砂時計……あれ、どこにやったかも忘れていた。大事に机の引き出しの奥にしまっていた。宝物だった。でも、ずっとしまいっぱなし。その存在も放置したままだった。
放置していたんだ。高校生の頃とか、まさにそうだ。どれだけ君のこと、記憶にあったのかな……。
「……向き合わないと」
ここで諦めるわけにはいかないんだ。あの凍てつく世界が来るまでに、私は君に立ち向かいたい。
「――片桐先生。そうした先に、残すはあなたのものになったら」
先生のも執着? いいえ、私はそう思わないの。フーゴさん同様、守る為のものだったと。
片桐先生の思いって、結局はわからないままだ。思いは告げられたものの、彼には婚約者がいたという。
なのに責任を感じて。生まれ変わりの度に私のことを守ろうとしてくださった。それって……重かったんじゃないかな。先生にとって、とらなくてもいい責任だったんじゃないかな。
……重荷、だったよね。
「脅威が去ったのなら。先生は重荷から解放されるから」
そうは口にしていても、やはり気になってしまうものがある。先生の薬指にある指輪だ。
そうだよ。私がシャーロット・ジェムとして生きているように。
先生もアインスト・モルゲンとして生きているのだから。彼には将来を誓った相手だっているのでしょう?
「……」
心は痛むけれど、温かくもあった。先生は私のこと、大切には思ってくださっていた。ごめんなさい、責任といった理由でもあってもね? 私、気にしてくれたことが嬉しかったんです。
……出逢わなくて済みますようにって、願っておいてね。本当はどれだけ逢いたかったことか。
はい、もう充分です。私の心は満たされていますから……。
「……。そうだな、解放しないとだな」
――『更木日向さえどうにか出来れば』、と。先生は真剣な表情になった。
「ですよね……なんとかあの終わりを迎えるまでに」
……日向ちゃんを救えたとしても、終わりは変わらない。もう、意地とか気持ちの問題だった。
「いや、シャーロット。それなんだがな?」
シャーロット、と。彼はもうモルゲン先生としての振る舞いになっていた。そうですね、切り替えていきましょう。
「全員が全員、諦めが悪くてな? ――手段はあるんだ。アルト達にも動いてもらっていた」
「え」
「ちなみにな、お前は三日間寝込んでいた。あいつらに――覚悟を決める猶予もあった」
「え……」
「まあ、起きてから話すな?」
「!?」
気になるところで、先生は話さないという。続きが気になるのに、強制的な眠りには抗えずだった。
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